MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

La Valse ⑦ わたしのめまいを

2009-04-26 00:47:25 | その他の音楽記事

04/26      La Valse ⑦ わたしのめまいを




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     ラ・ヴァルス

   ① みんなでワルツを
   ② ふたりでワルツを
   ③ ひとりでワルツを
   ④ みんなにめまいを
   ⑤ なかまとワルツを
   ⑥ ワルツといったら
   ⑦ わたしのめまいを





 「わたしの心の中でこの曲と切り離せないのは、

        運命の幻想的な旋回です。」


                 ~ モーリス・ラヴェル




 ウィンナ・ワルツを讃える曲を作る構想を、早くから
抱いていたラヴェル。 その思いはディアギレフ
依頼によって、本格的な作曲へと動き始めました。

 しかし両者の間に様々な行き違いがあったことは、
②『ふたりでワルツを』に記しました。




 曲は (1) "ワルツの誕生" に始まります。 続く (2) "ワルツの
主部" では、様々な特徴を持つテーマたちが登場しました。



 しかし曲が (3) "アポテオーズ" に入ると、雰囲気は一変します。

 テーマは断片的になり、"安定した4小節" のフレーズ・パターン
は完全に崩れ、すべては目まぐるしく入れ替わります。 こうなると、
作曲者が記した "1855年頃の宮廷" という注釈を、全曲に亘って
信じることは出来なくなります。

 ハーモニー、オーケストレーション、複調、ヘミオーレなどに
ついては、④『みんなにめまいを』で見てきました。




 讃美であるはずの "アポテオーズ" は、収拾不能な混乱状態に
陥ってしまったようです。 「ウィーンの重苦しい歴史と、大戦後の
不安、焦燥感が表われている」と言われてしまうゆえんです。

 この曲を聴いて、もし私たちが "眩暈 (めまい)" を感じるとすれば、
それはラヴェルが周囲の社会状況に影響され、作曲の筆が本当
にコントロール不能に陥ってしまったからでしょうか。




 彼を "スイスの時計職人" と呼んだストラヴィンスキィは、
ディアギレフのロシア・バレェ団の委嘱を得て、数々の話題作
を初演していました。 1910年の『火の鳥』 (パリ・オペラ座)、
1911年の『ぺトルーシュカ』 (パリ・シャトレ座)、そしてあの
春の祭典』 (パリ・シャンゼリゼ劇場、1913年5月29日) です。

 二人のロシア人の評判はパリ中を席巻し、センセーショナル
な"時の人" として話題を賑わしました。



 この革新的な作品、『春の祭典』では、その不規則なリズム
が大きな特徴であることを、きっとご存じのことと思います。




 その前年の1912年には、ラヴェルの『ダフニスとクロエ』が
初演されています。

 1時間弱のこのバレェ曲、その最後の数分間は『全員の踊り』
と名付けられていますが、そこでは 5/4 という拍子が、初演を
控えた練習で大混乱を引き起こしていました。

 ロシアの踊り手たちは、この慣れない5拍子を踊ることが
出来ず、不平を洩らしたといいます。 彼らの唯一の頼りは
"掛け声" でした。 「セル、ゲィ、ヂャ、ギィ、レフ」、「セル、
ゲィ、ヂャ、ギィ、レフ… 」 (セルゲィ・ディアギレフ)。



 そして、同じバレェ団が翌年初演したのが、『春の祭典』です。
その不規則なリズムの難しさは、到底『ダフニスとクロエ』の比
ではありません。 踊り手にとっても、演奏家にとっても。

 この僅か1年足らずの状況の変化は、ラヴェルの心には一体
どう映ったことでしょうか。



 なお、『ダフニスとクロエ』と同じ、1909年に正式依頼された
『ラ・ヴァルス』の完成は、1920年のことでした。




 ディアギレフが『ラ・ヴァルス』の振付を拒否したことは、すでに
書きました。 古典的、保守的なその作風、かと言って軽快、
新鮮とも思われない曲の響きなどが、おそらく "興行師" の
気に入らなかったのではないかと考えられます。



 "古典的" と言えば、ラヴェルは題材においても古いものを好み
ました。 『ダフニスとクロエ』は古代ギリシアの恋愛物語で、その
成立年代は2世紀末~3世紀初め頃と言われます。

 小さな子供の世界や、おとぎ話を愛した彼の優しい心は、常に
過去の時代を向いていました。 宗教的対立や改心、自己変革、
生々しい同時代の事件を題材にしたものは、舞台作品において
さえ、一切見られません。




 しかし一方で、スペイン、バスク系の祖先を持つ彼の血には、
抑えることの出来ない、激しい気性が渦巻いていました。

 『ツィガーヌ』はその代表的な例で、曲は興奮と狂乱のうちに
終わります。 作曲年代は1922~24年ですから、『ラ・ヴァルス』
(1920年) 完成のすぐあとのことでした。



 しかしこの曲における彼の筆致は、曲の狂乱ぶりとは裏腹に
極めて冷静、精緻です。

 「テンポを煽れ」と指示する場合には、「どこから速くするか」
のみならず、「どの箇所まで速くするか」が、楽譜には極めて
厳格に指定されています。 また、辿り着いた興奮の頂点で、
「一旦テンポを落とせ」としか解釈出来ないような、メトロノーム
記号の数字も見られます。

 彼は、「自制心を失って、勝手に加速を続けてはならない」と、
予め釘を刺しているのです。 演奏者が夢中になっていると、
大変見落としやすい指示です。

 これは、いわば "計算、演出された興奮、狂気" と言えるで
しょう。 彼は常に "(スイスの時計) 職人" なのであり、決して
『狂った時計』 (Syncopated Clock) ではありません。




 今回の冒頭に掲げた彼の言葉、「運命の幻想的な旋回」が、
何を指しているのかは解りません。 ただ "運命" の語は、
同時代の一般的社会状況や、多人数に関わる普遍的な心理
などを指すものとは思われません。 むしろ彼自身の個人的、
内的なものです。



 彼は、周囲と自己との間に、いわゆるクッション、バリケードを
設けていた、あるいは "殻"、もっと悪い言葉を用いれば "仮面"
を被っていたのではないかと思えるフシがあります。

 言いかえれば、外的な社会状況は彼に影響を及ぼしにくいの
です。 それは、彼の扱う音楽的な題材を見ても明らかです。

 また一方で彼の表現は、第三者の名を借りて対象を客観的に
描写しているようでありながら、実は自己自身の一面を語って
いるとも言えます。 それらは、慈しみ、憐憫、恋愛、諧謔、皮肉、
気質、野性味、興奮、狂気…、様々な事象に及んでいます。




 「運命の幻想的な旋回」、それはあるいは人間関係かもしれず、
また音楽家としての喜び、自信、希望、悲しみ、幻滅、絶望など
に関わるものだったのかもしれません。



 彼の感じた "旋回" は、おそらく彼自身にも眩暈をもたらした
ことでしょう。 そのような状況下で "La Valse" を作曲すること
になったとすれば、自己の心理状態が "ワルツの旋回や眩暈"
と結び付き、その表現の機会を彼に与えてしまったと考えても
不思議ではありません。

 "ツィガーヌ" の興奮や狂乱を描写することなど朝飯前だった
彼には、聴く者の眩暈を演出することもまた、たやすいことでは
なかったのでしょうか。 彼は、ワルツの本質である "旋回" を
私たちにもたらすことにおいても、まんまと成功してしまったよう
に思われます。




 話は変わりますが、グリンカの『マドリ(ッド) の夏の夜の
思い出
を扱った際、この『ラ・ヴァルス』との関連について
触れました。 そこでは、テーマが曲の冒頭で断片的に
現れる、曖昧模糊とした様子について記しました。



 ロシア人グリンカの描いたスペイン民謡。 スペインの血を
ひくラヴェルがこの音楽に触れたとすれば、一体どう思ったで
しょうか。 これについては、残念ながら適当な資料には行き
当たりませんでした。

 1907年春、パリ・オペラ座でディアギレフが開催した、初めて
のロシア音楽祭。 この場に彼がいたのか、またグリンカの音楽
を耳にしたのかどうか…? 私には今後も興味を引く題材として
残りそうです。




   音源  ストラヴィンスキー 『春の祭典』

 (最終部分 『選ばれた生贄の乙女の踊り』など)



The Rite of Spring Part 3



BEJART SACRE DU PRINTEMPS



The Rite of Spring - Stravinsky



The rite of spring. Part 4



- Le Sacre du Printemps - (1970) Partie 4 (fin)



The Rite of Spring - The Sacrifice



Le Sacre du printemps - The Sacrifice Part 2




   音源  ラヴェル 『ダフニスとクロエ』 から

         (最終部分 『全員の踊り』)

   記してある数字 (分・秒) は、5/4拍子が現れる箇所です。



Ravel - Daphnis et Chloé suite n°2 - Karajan (3/3)
                   23"



Ravel - Vladimir Ashkenazy - Daphnis et Chloe (3/3)
                   28"



Charles Munch Conducts "La Mer"
               and "Daphnis Et Chloé" bits

   3'04" (曲の開始)    4'12"



Maurice Ravel - Daphnis et Chloé, Manuel Rosenthal
      (7/7)

                 2'01"



DAPHNIS ET CHLOE SUITE NO.2/Ravel/Bernstein
      /Part-2 (of 2)

                 3'56"



Youth Philharmonic Orchestra plays Daphnis & Chloe Pt3
                 0'00"



ダフニスとクロエより「全員の踊り」 (エレクトーン)
                 0'29"



4人のエレクトーンアンサンブル
                 0'00"




 (この項終わり)