おやままさおの部屋

阿蘇の大自然の中でゆっくりのんびりセカンドライフ

家族と犬

2011年03月26日 07時05分10秒 | 日記
今朝は一転抜けるような青空が広がっている。昨日のこの時間、雪が舞っていたので一夜で季節が変わったような感じだ。

さて近所にSOLAという雑種の雌犬がいる。白いスマートな小型犬で種はなにがベースになっているのか詳しくないのでわからない。

引っ越してきて知り合った同年輩の女性の飼い犬だ。この方は関西から早めに仕事を辞めて移って来られた。
アクティブで物知りだ。SOLAを連れて夕方散歩に出る。私達の住んでいる家は南外輪山の山麓にあるので、散歩は下って、登ってを繰り返す。

要するに山の中のだ。

もともと別荘地として開発された土地で未だに永住者と別荘が半々。一軒と一軒の距離が離れているし、山なのでなにが出てくるかわからない。九州なので熊はいないが、イノシシ、鹿、タヌキ、猿、兎・・・野外動物園でも開けそう?

だから犬はあちこちで飼われている。

犯罪予防もあるが、野生動物除けにも飼われているようだ。特に畑をしていると、作物はいろんな動物の好餌となって一晩でやられる。
私もトウモロコシを二年続きでやられた。最初の年はタヌキと思われるが去年はカラスだった。
ブルーベリーはヒヨドリにやられた。

犬を飼えば少しは予防できると思うのだが、いろいろ考えると決断ができない。15年飼ったシバ犬のランが死んでその時の悲しみを思い出すせいもある。

SOLAはなぜか私と妻にとても懐いている。うちに来ると我が家に着たようにデッキで寝そべっている。妻はSOLA専用のミズノミまで用意した。

私のウォーキングの時間と時々合致する。向こうにSOLAがいる。Nさんはリードをつけている。しかし、私とわかるとリードを手放す。すると一目散に駆けてくるのだ。頭を撫ぜ、顎の下、だらりと垂れた耳の裏を触ると喜ぶ。暫くそうしていて手を離すと、「もっとやって」と手を上げて催促する。
可愛くてたまらない。

いつかNさんにSOLAが子を産んだら育てたいのだがというと「残念ながら去勢してるのよ」とつれない返事。

東北の被災地で犬を飼っているからどうしても避難場所には行けない。犬だけを置いて行けない、家族だものー
あえて不便な傾いた自宅暮らしを選択したという。
気持ちは痛いほどわかる。

主を失った飼い犬が野良犬となって被災地をうろつきだしているという。これもまた悲劇だ。

いつになったら春が訪れるの?

2011年03月25日 09時28分35秒 | 日記
細かい雨が降っている。

いつものように6時前に目が覚めて、本を1時間寝床で読んで起き出した。

今朝は、藤原伊織の『てのひらの闇』、二度目だ。

「老い」症候群でまた古本屋で2冊目の藤原を買ってきた。失敗なきよう棚の前で数ページパラパラと捲って記憶の端っこに引っかかっていないか熟考したのだが・・・

おもしろかったという印象だけは残っている。内容が伴わないのは「老いー」重傷という事態か?その古本屋では15冊くらい買ってきたのだが、点検すると内藤原ともう一冊二度目があった。それもノンフィクションについて強い影響を受け、殆ど読んでいる柳田邦夫のものなのだ。もういかん

昨日、妻が不在の隙に近くの温泉に入りに行った。そこでいつものように湯船の端っこで藤原を読み始めた。50ページ位読んだだろうかー
田舎の温泉でいつも本を読んでいる「変わり者」がいると評判になっているのではないかと内心不安もあるが、この習性年季が入っている。もう何十年とこういうスタイルで入ってきたからショウガナイジャナイカ

藤原は面白い。推理サスペンスでも他を圧倒する。

7時にベッドを離れると、毎朝のルーティンが待っている。習慣とは恐ろしいものだ。苦にならないから不思議だ。
はじめ妻に頼まれてしぶしぶやり出したこと。無職徒食の今、立場が逆転している。生ゴミ捨ても7時半に週に2度車を走らせる。

洗濯物を畳むのはすでに名人芸の域に達している。

先ず、神棚からそして仏さんから水とお茶を下げる。洗う。
湯を沸かす。
水をあげ、拍手(かしわで)をうって祈る。「どうか一日、幸せでありますように。山の神の怒りの雷が落ちませんように!」

湯が沸騰したら、急須に茶の葉を入れお茶を入れる。残りのお湯はポットにー

神棚と仏さんにお茶をあげ、リビングのストーブに火を入れ、カーテンを開け、テーブルに食事の用意。マットを敷き、箸立てのセット。
昨日の新聞を倉庫に直し、新聞を取ってくる。

これで終了。お湯の沸く間に、ダイニングストレッチ。アラカン肩をゆっくり回し、「回らなくなった」首を無理やりぐるりと回し、腰を韓流に可愛く振る。

体を温めてから手にお茶の入った湯飲みを持って離れの書斎に移動してこれを書いている。

これが一日のはじめり。

部屋は7度。ストーブを入れる。そしてパソコンのスウィッチをー

外は冷たい雨、冷気が足許から忍び寄る。
今、窓の外に白いものが流れた。見ると何と雪ではないか3月終わりの名残り雪、というときれい過ぎるか。積もるほどの雪ではなさそうだが寒い。

まだ南阿蘇は春とはとてもいえない。
そうだ、東北はもっともっと寒いだろう。

昨日、鎌田實医師の本を読み終えたが、久しぶりに感動した。いのち、生きること、死ぬこと、そして医療というものについての根本を再度学ぶことができた。鎌田の本音が書かれていた。感想はまたいつかー
その中で地域医療の先輩として強く影響を受けた人として増田進医師という東北の田老町病院長のことが出ていたので、心配になってネットで検索したら、被害は少なかったようなので一安心した。

原発内での昨日の事故は残念無念。東電の社員だろうか、会社はプライバシーと内容を明かさない。
もしかしたら緊急対応で働いている所は一番危険な場所、東電内部社員ではなく下請け、あるいは下請けの下請け=孫請け会社の労働者で、安全管理が行き届いていなかったのではないか?なぜ短靴?被爆された労働者は「日本を救済する」ためのミッションという誇りを持って、不眠不休の作業をしておられたのだ。

東電の副社長が被災地のお見舞いと謝罪に出向き、記者会見でも前面に出てくるようになった。社長はどこに行ったのだろう。心痛で倒れた???
菅さん、被災地に直接行った?避難場所に出向いて被災者の声を聞いた?天候不順で予定されていた巡察が延期になったことだけは聞いたが・・・

春よこい、早くこい

東北の春を世界中の人々が待ち望んでいる。

いつになったら春が訪れるの?

2011年03月25日 07時23分36秒 | 日記
細かい雨が降っている。

いつものように6時前に目が覚めて、本を1時間寝床で読んで起き出した。

今朝は、藤原伊織の『てのひらの闇』、二度目だ。

「老い」症候群でまた古本屋で2冊目の藤原を買ってきた。失敗なきよう棚の前で数ページパラパラと捲って記憶の端っこに引っかかっていないか熟考したのだが・・・

おもしろかったという印象だけは残っている。内容が伴わないのは「老いー」重傷という事態か?その古本屋では15冊くらい買ってきたのだが、点検すると内藤原ともう一冊二度目があった。それもノンフィクションについて強い影響を受け、殆ど読んでいる柳田邦夫のものなのだ。もういかん

昨日、妻が不在の隙に近くの温泉に入りに行った。そこでいつものように湯船の端っこで藤原を読み始めた。50ページ位読んだだろうかー
田舎の温泉でいつも本を読んでいる「変わり者」がいると評判になっているのではないかと内心不安もあるが、この習性年季が入っている。もう何十年とこういうスタイルで入ってきたからショウガナイジャナイカ

藤原は面白い。推理サスペンスでも他を圧倒する。

7時にベッドを離れると、毎朝のルーティンが待っている。習慣とは恐ろしいものだ。苦にならないから不思議だ。
はじめ妻に頼まれてしぶしぶやり出したこと。無職徒食の今、立場が逆転している。生ゴミ捨ても7時半に週に2度車を走らせる。

洗濯物を畳むのはすでに名人芸の域に達している。

先ず、神棚からそして仏さんから水とお茶を下げる。洗う。
湯を沸かす。
水をあげ、拍手(かしわで)をうって祈る。「どうか一日、幸せでありますように。山の神の怒りの雷が落ちませんように!」

湯が沸騰したら、急須に茶の葉を入れお茶を入れる。残りのお湯はポットにー

神棚と仏さんにお茶をあげ、リビングのストーブに火を入れ、カーテンを開け、テーブルに食事の用意。マットを敷き、箸立てのセット。
昨日の新聞を倉庫に直し、新聞を取ってくる。

これで終了。お湯の沸く間に、ダイニングストレッチ。アラカン肩をゆっくり回し、「回らなくなった」首を無理やりぐるりと回し、腰を韓流に可愛く振る。

体を温めてから手にお茶の入った湯飲みを持って離れの書斎に移動してこれを書いている。

これが一日のはじめり。

部屋は7度。ストーブを入れる。そしてパソコンのスウィッチをー

外は冷たい雨、冷気が足許から忍び寄る。
今、窓の外に白いものが流れた。見ると何と雪ではないか3月終わりの名残り雪、というときれい過ぎるか。積もるほどの雪ではなさそうだが寒い。

まだ南阿蘇は春とはとてもいえない。そうだ、東北はもっともっと寒いだろう。

昨日、鎌田医師の本を読み終えたが、久しぶりに感動した。鎌田の本音が書かれていた。感想はまたいつかー
その中で地域医療の先輩として強く影響を受けた人として増田医師という東北の田老町病院長のことが出ていたので、心配になってネットで検索したら、被害は少なかったようなので一安心した。

原発内での昨日の事故は残念無念。東電の社員だろうか、会社はプライバシーと内容を明かさない。
もしかしたら緊急対応で働いている所は一番危険な場所、東電内部社員ではなく下請け、あるいは下請けの下請け=孫請け会社の労働者で、安全管理が行き届いていなかったのではないか?なぜ短靴?被爆された労働者は「日本を救済する」ためのミッションという誇りを持って、不眠不休の作業をしておられたのだ。

東電の副社長が被災地のお見舞いと謝罪に出向き、記者会見でも前面に出てくるようになった。社長はどこに行ったのだろう。心痛で倒れた???
菅さん、被災地に直接行った?避難場所に出向いて被災者の声を聞いた?天候不順で予定されていた巡察が延期になったことだけは聞いたが・・・

春よこい、早くこい

東北の春を世界中の人々が待ち望んでいる。

アナウンサーと涙

2011年03月24日 07時25分47秒 | 日記
今朝は冷え込んでいる。畑を見ると霜が立っている。

何時までこの寒さが続くのだろう?避難所ではこの寒さもっと厳しいだろうし、寒さをしのぐための寝具だって揃っていない。

筆舌尽くし難い厳しさ、つらいだと思う。

生死の境を乗り越え、着の身着のまま逃げ延びてきた被災者を待っていたのは、厳しい寒さとひもじさ、喉の渇き、そして見えない放射能の恐怖だった。

昨夜のTV、すでに通常放送に戻っているTV局各社、新聞を見るとこれまでレコード・CDの売り上げでトップを飾った歌手達が歌で「ガンバロウ日本!」(被災者への激励と犠牲者への鎮魂?)と題してそれぞれがトップセールスを記録した曲を歌う・・・と番組表に出ていたので、普段は余り歌謡ショーを見ない私が「今夜は生の歌を聞こう」と妻に相談。チャンネルを合わせた。
ところが、昔のビデオのオンパレード、アイドルや歌手、バンドの震災支援の生コンサートではなかった。

がっかりー。

すぐチャンネルをテレ朝の池上彰の学べるニュースにした。

今夜で震災後2回目。池上は現地にも飛んでいた。

この番組は大地震の原理、震災の問題、原発の構造理論、放射能についてわかりやすく解説してくれる貴重な試みであった。
今回の地震の解説者に専門家で呼ばれる人々を見ると東大と東工大の研究者が他を圧倒している。特に昨夜は出てきた原発・原子力の専門家二人とも東工大だった。

菅の出身大学が東工大だから・・・?

原発の理論の解説をわかりやすくしてくれるものなのだが、頭の悪い私にはやはりよくわからない。
メルトダウン、臨界、核分裂、中性子、原子・・・
理科は難しいものとハナから受け付けず、勉強しないで寝てばかりいた学生時代のツケが出ている。

夕方のテレ朝のスーパーJチャンネルにチャンネルを合わせた時、被災現場から渡辺宜嗣アナが泣きながらレポートしていた。難についての報告なのかはわからないが、今回の震災の報道ではじめてアナウンサーの涙であった。
どんな報告をする時でもアナウンサーは客観性を失ってはならないという自戒と上からの訓えがあるのだろう。だれも決して泣かない。

古館アナはまるで冷静で淡々と喋る。まるで時に怒りの表情は如実に表すのだが、悲しみと同情の言葉はあっても表情に感情が現れない。優しそうな市川アナも泣かない。

阪神淡路の時、NHKのアナだった宮本隆二?(今民放!)はぼろぼろ泣きながらマイクを握り続けた。

機械が画面に文字でレポートを流すのではなく、生身の人間が報道する時、自分の内発的な感情衝動・表現を抑え込む必要はないと思う。

石原都知事の東京消防ハイパーレスキュー隊への慰労スピーチでの涙はとても違和感が残った。知事選前だしな・・・なんて

新しい人生の模索を

2011年03月23日 07時25分26秒 | 日記
先程朝のNHKニュースを見ていたら、また「緊急地震速報」が出た。そして程なくマグニチュード6、震度最大5強という福島浜通りと出た。

これでもかこれでもかと自然は被災地に鞭を打ち続ける。体に「揺れ」が入り込んでなかなか抜けなくなっているとも聞く。

一番心配なのはPTSD。こころの問題。

壊れた我が家を呆然と見ている家族をテレビカメラが映していた時、突然男の子が泣き出してしゃがみ込んだ。母親がそれを優しく宥め、肩を擦る姿が映ったけれど、あの子のことが目を離れない。
心配だ。それこそ離れていて、わが身は安全な場所にいて覚めた目で、客観的に突き放すように「頑張れ!」とは言えない様な気がする。

あの家族、遠い我が家に暫くでも緊急避難して来ないだろうかー田舎で不便な所だが、現今阿蘇は穏やかな日常をもたらしてくれている。

教育に身を捧げてきた者として、あの子が気になる。いろんな人と皆で一緒に暮らすことで、少しずつ心の恒常性、日常性を取り戻すべきだと思う。

東京で「放射能汚染」されていない野菜まで売れない現実がある。八百屋さんが嘆いていた。いつも大口の注文するお得意さんが東北の野菜というだけで放射能を浴びてもいない野菜を門前払いしたという。

誰に食べさせるために料理を作っているの!?セレブ対象の高級料理店を思い浮かべるけれど、料理って全ての人に味で幸せを提供することではないのかな?

一品が何千円もする高級料理店で、一度に何万円も使うセレブだけを相手にして儲けている店店があることはテレビで見ている。そんな経営者、料理人って単なる特権階級の料理専門の使用人になっていないかー

大袈裟に数値を明らかにして恐怖心を煽る政治家、踊らされる国民・・・

危険な原発を作らなければ社会が成り立たないという「戦後」を作ってきた我々自身が存在する。2度も原爆を受けてその恐さを世界でただ一国知っている国民であるはずなのに・・・

全てを失って途方にくれている被災者が明日が見えないという現実の中で、それでも不平不満よりもさきに口にするのは「応援していただいてありがとう」という労いなのだ。この優しさ強さ、苦難のなかで人のこころを持ち続けようと励まし続けている本当の地域リーダーの方々が見える。
住民と共に亡くなった町長さん、中心からお悔やみを申し上げます。そして九死に一生を得た佐藤町長さんなど・・・
すごいなあと心から感心し、畏敬している。

それに比べて、天候が怪しくなったので「視察」を取りやめたという首相。
あなた、飛行が危険だからといって自衛隊や病院(消防の救急)のへりは飛行取りやめていますか???
現地に行かなかったら避難所では食べる物がなくなってしまう現実があるのですよ。

ここで人間の生活の実相を学ばないでどこで学ぶのですか?権力をめぐる陰険なやり取り、画策だけが政治じゃない。