参院選 自民は歴史的大敗、民主は初の第一党に 【オーマイニュース】
第21回参議院議員選挙は29日、投開票され、自民党が改選の64議席から30議席台へと大幅に議席を減らした。公明党も改選の12議席から2けたに及ばず、非改選を含む与党の議席は過半数を割り込んだ。自民党にとっては歴史的大敗で、安倍政権に明確な「ノー」が突きつけられた格好だ。一方、民主党は改選議席の32に対して60台まで大きく議席を伸ばし、参議院第1党の座を奪った。
激戦・東京選挙区は、9年ぶりに候補2人を擁立した自民党の候補同士が最後の当確を争うという、血なまぐさい展開となった
改選議席は5席。そのうち3席を民主2人、無所属1人が早々に取り、さらに公明の現職が1議席を抑えた。残りは1議席。副経産相まで務めた大物議員・保坂三蔵氏と、元テレビ朝日アナウンサーの新人・丸川珠代氏が競り合い、最後は僅(きん)差で丸川氏が当確ラインに滑り込んだ。
午前0時半を回って、東京・新橋の事務所に真っ赤なスーツで現れた丸川氏。初当選にもかかわらず、迎える花束も、万歳三唱もない。当初66席用意されていた支援者席は44席に減らされたが、それでも空席が目についた。
選対本部長を務めた平沢勝栄・内閣府副大臣は横に立つ丸川氏に目もくれず、「この勝利を喜ぶわけにはいかない。われわれの中では、まずは保坂先生を絶対に確保する、その上で、丸川さんに滑り込んでもらうというつもりだった。本当に残念でならない。万歳三唱などする気になれない」とひたすら悔しさをにじませ“敗戦の弁”。
激戦を制した丸川氏も、「一緒に勝ち抜こうと誓い合った保坂先生が残念な結果になりそうだということ。先生の思いを受け止めて、しっかりと働かせていただきたい」と、述べるにとどめた。
丸川氏といえば、安倍首相から直々のオファーを受けて、テレビ朝日アナウンサーから政界への転身を表明。今選挙タレント候補第1号として注目を集めた。選挙戦は、石原都知事が事務所を構えたのと同じ場所に選挙事務所を設置。公示日には小池百合子・防衛相が、選挙戦最終日には石原都知事と安倍首相がそろって応援に駆けつけるなど、他候補と比べ、「どこの箱入り娘か」というような優遇ぶりが際立った。
だが、評判は総じて芳しくなかった。公示直後にはアナウンサー時代の不倫歴が週刊誌に曝露される。選挙期間中には、実は選挙権がないことが判明。3年前にニューヨーク駐在から帰国してから転入届を怠っており、今年4月まで住民登録がなかったためだが、今年4月の東京都知事選も、2005年の衆院選も投票には行っていなかったことがばれ、「その程度の政治意識で参議院議員か」と、さらに冷ややかな視線を浴びることになった。
思い出されるのが、12日の公示日、東京都庁での立候補届け出の場面だ。丸川氏は書類の不備があって取りに帰ったため、当初くじで引き当てた届け出番号よりも下の番号に繰り下がった。その際、丸川氏の代理人に報道陣がぶつけた言葉が、
「初々しさをアピールするための作戦ですか?」
これだけ同業者に嫌われる人も珍しいだろう。
大物議員を踏み台に、政治の世界に足を踏み入れた丸川氏。だが、後ろ盾となるべき安倍首相がこれだけダメ出しされている状態で、先は明るいのだろうか。
新党日本は田中康夫代表が当確を決め、課題の1議席をクリアした
公示直前に荒井広幸・参院議員と滝実・衆院議員の2議員に離党されたため、現職議員が不在となり、政党交付金も受けられない状況となっていた同党。ジャーナリストの有田芳生氏ら計3人を擁立してきたが、1議席確保で辛うじて政党としての体を成せることになった。
「数は少ない政党でも、おかしいことをおかしいと伝えていける触媒としての機能があると評価してくれたことに感謝したい。(今後の政局でどう動くか)白紙だが、議員であるということは、同様に信託を受けた人と組んで活動していくということをしたい」
と田中代表が語った。
今回の自民大敗・民主躍進という結果については、
「前回衆院選で小泉チルドレンに入れた人たちが、今回は民主党に入れたのかも知れない」と分析した。
お待たせいたしました… 選挙の関係者および(及び)立候補者一同、このたびはありがとうございました。
先述の記事や各テレビ・ラジオのニュース報道では番組の内容を変更して、2007年参議院選挙の出来事が伝えられています。
また3年後 2009年も全員で協力しましょう
第21回参議院議員選挙は29日、投開票され、自民党が改選の64議席から30議席台へと大幅に議席を減らした。公明党も改選の12議席から2けたに及ばず、非改選を含む与党の議席は過半数を割り込んだ。自民党にとっては歴史的大敗で、安倍政権に明確な「ノー」が突きつけられた格好だ。一方、民主党は改選議席の32に対して60台まで大きく議席を伸ばし、参議院第1党の座を奪った。
激戦・東京選挙区は、9年ぶりに候補2人を擁立した自民党の候補同士が最後の当確を争うという、血なまぐさい展開となった
改選議席は5席。そのうち3席を民主2人、無所属1人が早々に取り、さらに公明の現職が1議席を抑えた。残りは1議席。副経産相まで務めた大物議員・保坂三蔵氏と、元テレビ朝日アナウンサーの新人・丸川珠代氏が競り合い、最後は僅(きん)差で丸川氏が当確ラインに滑り込んだ。
午前0時半を回って、東京・新橋の事務所に真っ赤なスーツで現れた丸川氏。初当選にもかかわらず、迎える花束も、万歳三唱もない。当初66席用意されていた支援者席は44席に減らされたが、それでも空席が目についた。
選対本部長を務めた平沢勝栄・内閣府副大臣は横に立つ丸川氏に目もくれず、「この勝利を喜ぶわけにはいかない。われわれの中では、まずは保坂先生を絶対に確保する、その上で、丸川さんに滑り込んでもらうというつもりだった。本当に残念でならない。万歳三唱などする気になれない」とひたすら悔しさをにじませ“敗戦の弁”。
激戦を制した丸川氏も、「一緒に勝ち抜こうと誓い合った保坂先生が残念な結果になりそうだということ。先生の思いを受け止めて、しっかりと働かせていただきたい」と、述べるにとどめた。
丸川氏といえば、安倍首相から直々のオファーを受けて、テレビ朝日アナウンサーから政界への転身を表明。今選挙タレント候補第1号として注目を集めた。選挙戦は、石原都知事が事務所を構えたのと同じ場所に選挙事務所を設置。公示日には小池百合子・防衛相が、選挙戦最終日には石原都知事と安倍首相がそろって応援に駆けつけるなど、他候補と比べ、「どこの箱入り娘か」というような優遇ぶりが際立った。
だが、評判は総じて芳しくなかった。公示直後にはアナウンサー時代の不倫歴が週刊誌に曝露される。選挙期間中には、実は選挙権がないことが判明。3年前にニューヨーク駐在から帰国してから転入届を怠っており、今年4月まで住民登録がなかったためだが、今年4月の東京都知事選も、2005年の衆院選も投票には行っていなかったことがばれ、「その程度の政治意識で参議院議員か」と、さらに冷ややかな視線を浴びることになった。
思い出されるのが、12日の公示日、東京都庁での立候補届け出の場面だ。丸川氏は書類の不備があって取りに帰ったため、当初くじで引き当てた届け出番号よりも下の番号に繰り下がった。その際、丸川氏の代理人に報道陣がぶつけた言葉が、
「初々しさをアピールするための作戦ですか?」
これだけ同業者に嫌われる人も珍しいだろう。
大物議員を踏み台に、政治の世界に足を踏み入れた丸川氏。だが、後ろ盾となるべき安倍首相がこれだけダメ出しされている状態で、先は明るいのだろうか。
新党日本は田中康夫代表が当確を決め、課題の1議席をクリアした
公示直前に荒井広幸・参院議員と滝実・衆院議員の2議員に離党されたため、現職議員が不在となり、政党交付金も受けられない状況となっていた同党。ジャーナリストの有田芳生氏ら計3人を擁立してきたが、1議席確保で辛うじて政党としての体を成せることになった。
「数は少ない政党でも、おかしいことをおかしいと伝えていける触媒としての機能があると評価してくれたことに感謝したい。(今後の政局でどう動くか)白紙だが、議員であるということは、同様に信託を受けた人と組んで活動していくということをしたい」
と田中代表が語った。
今回の自民大敗・民主躍進という結果については、
「前回衆院選で小泉チルドレンに入れた人たちが、今回は民主党に入れたのかも知れない」と分析した。
お待たせいたしました… 選挙の関係者および(及び)立候補者一同、このたびはありがとうございました。
先述の記事や各テレビ・ラジオのニュース報道では番組の内容を変更して、2007年参議院選挙の出来事が伝えられています。
また3年後 2009年も全員で協力しましょう