昨日、17日(土)は6,434人が犠牲になった1994年の阪神・淡路大震災の被災地は発生から14年が経ちました。
あの日の傷跡を街に見つけるのは難しい。このたび、平成生まれが初めて成人となり、1996年以降に生まれた震災を知らない年齢層 世代も増えた。
その一方で、震災で後遺症を負った「震災障害者」の多くは十分な支援を受けられず、暮らしの不安を訴えている。隣国の中国に目を転じると、今年5月の四川大地震の被災地では、いまだに多くの被災者が仮設住宅で暮らす。本当の「復興」とは何か。国境や世代を超え、教訓をどう伝えるのか。
神戸市中央区の東遊園地では、同市などが主催する「阪神淡路大震災1・17のつどい」が開かれ、早朝から約5,500人が訪れました。週末で好天にも恵まれたためか、昨年 2007年度より約1000人多かった。
「1・17」の形に並べられた約7000本の竹灯籠(とうろう)に、公園内の震災モニュメント「1・17希望の灯(あか)り」の炎が移され、風に揺れる炎が夜明け前の空を赤く照らした。地震が発生した午前5時46分、参加者は静かに黙とう。犠牲者への祈りをささげました。
兵庫県などでつくる「ひょうご安全の日推進県民会議」も、正午前から神戸市中央区の「人と防災未来センター」で「1・17のつどい」を開催。「1・17ひょうご安全の日宣言」が読み上げられ、参加者は、さらなる教訓の発信と防災、減災の取り組みを誓った。
また、西宮市役所などから人と防災未来センターまで歩く「1・17ひょうごメモリアルウオーク」も県民会議主催であり、参加者は復興した街並みを眺めながら震災当時を思い返していた。
今年は5月12日に四川大地震、翌月6月14日は岩手・宮城内陸地震、7月23日には岩手内陸地震とマグニチュード7以上 震度6弱以上の大地震が3ヶ月連続で起こってしまいました。
ただし、今月4日は地震ではなく津波でした。
同日4時20分のインドネシアのニューギニア島からの地震によるもので、10時8分に津波注意報が発表されました。6時間後の15時28分に解除されました。
大地震と津波情報が両方発表されたほうがもっと恐ろしく、血が騒ぎます…