小説というと恋愛が出てくる。新人作家のデビュー作というと、恋愛して望まぬ妊娠をしてしまったというのがお定まりのパターンだったりする。ヒット曲もだいたい恋愛感情を歌っている。テレビドラマもマンガも恋愛が出てくる。こういう環境に囲まれて、自ら恋愛を経験する機会に恵まれない男は不満を募らせていく。どうして自分には恋愛が訪れないのか?自分のような人間を描いた文学はないのか?
本書によると、二葉亭四迷とか田山花袋とかは恋愛に恵まれない男の悲哀を描いたらしい。煩悶を克服するには、恋愛は誰にも訪れうるものという幻想から脱し、「もてない男」であることにむしろ開き直るしかない。
本書には、「もてる男」と「もてない男」しか登場しないが、私の見るところ男にはもう一つのカテゴリーがあって、それは「もてても困る男」である。仕事もあるし、妻子もいるしで、恋愛する余裕や条件がない男。大人の男の大部分はこのジャンルに属するのではないか。彼にとっては、フィクションの世界の恋愛は程よい息抜きになる。
本書によると、二葉亭四迷とか田山花袋とかは恋愛に恵まれない男の悲哀を描いたらしい。煩悶を克服するには、恋愛は誰にも訪れうるものという幻想から脱し、「もてない男」であることにむしろ開き直るしかない。
本書には、「もてる男」と「もてない男」しか登場しないが、私の見るところ男にはもう一つのカテゴリーがあって、それは「もてても困る男」である。仕事もあるし、妻子もいるしで、恋愛する余裕や条件がない男。大人の男の大部分はこのジャンルに属するのではないか。彼にとっては、フィクションの世界の恋愛は程よい息抜きになる。