makoの喜怒哀楽

2016/12/25 伊坂ダムにて




犬の鳴き声

2016年04月20日 | 

ピンチヒッターで朝からの仕事だった。

夕食後は睡魔に襲われた。

むしろ心地良いので戦う必要もないし、

このまま眠りに落ちれば質の良い眠りになれそうな気がした。

TVは地震のこと。

色々な情報は明日は我が身に備えての知識になるかとも思えるが直視は出来ない。

重いドラマは観たくない、さりとてバラエティーも

やってる本人たちだけが楽しんでいるように思えて虚しい。

 

うつらうつらとしたのは二時間にも満たなかった。

犬の遠吠え?

この辺りに野犬がいるのを見かけたり聞いたりしたことはない。

悲痛な叫とも思える吠え方であった。

その間隔が段々途切れ途切れになってゆく。

喧嘩ではなさそう。

窓を開けるとどうやら信号機の辺り。

その田んぼの中なのだろうか。

車が信号で止まったのかと思いきやそうではなく

一旦止まったものの通過して行った。

その次の車は止まることもなく通過。

そのうち、段々鳴き声は弱くなりやがてピタリと止まった。

私の聞いたあの鳴き声は断末魔だったのだろうか。

 

ああ、今夜もまた眠れないのでこんなつまらないことを書いている始末。

明日は(もう今日だけど)晴れ予報、でも、木曜も金曜も雨と曇り予報。

「長島やすらぎパーク」の牡丹園の幟が先日なばなの里へ行くとき見えていた。

気になるところだけど駄目かなぁ~

画像は昨年4月30日のもの。

小規模ではあったが藤と牡丹の共演は見ごたえがあった。

 さぁもう寝ようかな、眠れるかな~^^;

ユーチューブ・こぶくろ・流星


 

コメント (8)

地震

2016年04月15日 | 

九州地方に地震。

お見舞い申し上げます。

せめて雨が降りませんように。

総理のコメントを聞きましたが全力で持って対応していただきたいこと。

私は地震が起きたらもう非難は出来ないだろうな。

心臓に毛が生えている、それも、ぼうぼうに、

そんな私でも臓器そのものがデリケートなんだから、

その機能は麻痺してしまうだろう。

 

さて、昨夜の句会の結果。

ブロ友さんの桜を拝見して感じたことを句にして先生から評価をいただいた^^v

妖艶、幽玄さを感じた桜。

実際に、自分が夜桜を観たときに感じたときのことが蘇ってきた。

今まで何度も夜桜を観ているのに句に出来なかったのにふつふつと湧いてきたのだった。

写真って不思議、撮る人によって全然違う。

でも妖艶な言葉そのものをズバリ使うのはどうかなと考えた。

・・・「幽霊」を登場させた^^♪

すみませ~ん、幽霊なんて・・^^;

季語は「夕桜」。

そこに「妖艶な幽霊」が立っているように感じたのです。

「枝垂れ桜」って、そんなイメージなんです^^♪

それも夕刻であれば尚更のこと。

入選句になればいいな~^^v

なったとしても今から3か月先のこと。

 

さて、桜もこの地方はもう花屑となってしまった。

でも老木さえもちゃんとふさわしい時期にはまた花を咲かせてくれる。

来年も観られたらいいなと。

週初から雨模様だったけど今日は晴天。

でも強風だな外は。

思案中・・・^^。

 

コメント (2)

遺児に幸あれと

2016年04月12日 | 

闘病生活およそ一年の末、今年、2月に旅立っていかれたのでした。

くも膜下出血だったそうです。

絶句しました。

両親を病で失ってしまった二人の遺児のこと思うと胸が張り裂けそうになって

帰りの車の中で泪がとまりませんでした。

 

私とオーナー美容師さんとの出会いは私にとってそれは衝撃的なものでした。

ある日いつもの美容室に行くと、いつもの女子が産休に入っているとのことでした。

じゃあ他のスタッフさんがやってくださるのかと思いきや

「代わりにこちらの先生がカットされます、男性ですが宜しいですか?」

と紹介されたのは長身で細身の若者でした。

一瞬躊躇しました。

男子に髪を触って貰うのは、ちょっと・・と言って、お店を後にする人もいるらしいのです。

そんなの失礼だと思うし覚悟をきめて椅子に座ったのだった。

黙黙と仕上げてゆくそのハサミさばきに見とれていました。

私が今まで見たことの無いカットの仕方。

何でも大先生についてTV出演もされた経験の持ち主だとか、

それはもっと後になって知ったこと。

仕上がりはいっぺんに気に入ってご機嫌だった私。

それから彼は独立し、更に、自分のお店を持つまでになられました。

その間、結婚もあり、二人のお子さんにも恵まれました。

どちらからともなくお互いの身の上話もするようになっていました。

まるっきりの他人だからサラっと話せることだってあります。

お母さんは早くに亡くなれており、お父さんと弟さんもいらしたようですが

自分は一人で生きてきたと。

美容師になって自分の技術さえあれば何処へでも行って生きていけると思ったそうです。

生まれ育った環境から早くに抜け出したいとそればかり思っていたそうです。

それ以上の詳しいことは聞かないし言われませんでしたが

ご自分の家族を持たれたことに幸福を感じている様子が伝わってきました。

奥様と奥様のお母さんもお店にいらしたことがあって二人とも存じていました。

奥様と私との出会いは自宅兼お店の前の歌壇の手入れをなさっていた時でした。

しかし、その時は奥様は余命幾ばくも無い時だったのです。

体格の良い、色白の美しい方でした。

ご自分のお店と自宅をも持つことは奥様の病気がきっかで早まったそうです。

体調が急変しても傍にいてあげることができるようにとのことでした。

 

奥様のお母さんとは確執があるとのことでした。

それは奥様の葬儀の時に明らかになって、以降、子供たちと強く生きていこうと

決意を新たにされたそうです。

彼の生き方はまさに・・私の父と全く似通ったものだと気がつくのに

そう時間はかかりませんでした。

言葉にこそしませんでしたが心の中でいつも応援をしていました。

カットをして貰っている間はとりとめのない話をしていました。

私はマドンナやマライアが好きなのですがいつも二人の曲がかかっていました。

たまにお洒落な曲が流れていると誰の曲なのかメモってきていました。

 

その後、3か月ぶりくらいにお店にゆくとクローズされていました。

それが昨年の4月頃だったと記憶。

 

畑仕事をしている方の話によると、

お婆さんが子供たちのお世話をなさっているとか。

確執があって、もう付き合いは出来ないと嘆いていたのでしたが・・・。

子供たちを託したのかどうかは判りませんし、

必然的にそうなったことかも知れませんがそのお義母さんは70代の方だそうです。

 

残された遺児お二人。

どうかこの先、強く生きて行って欲しいと願わずにはいられません。

大人になって家庭を持つまでどうか強く生きてほしい。

そしたら、亡きご両親への感謝に繋がることでしょう。

「耐えられない試練は与えられていない」って言うけど、

こんな試練なんて誰が何の権限があって与えるのだろうか・・・。

 

ああ、無情。

 

店舗の周りは以前に見かけたときは蛇口からの水漏れで水浸しになっていたが

綺麗に手入れもされていた。

お嬢さんのものと思われる赤い自転車がぽつんと玄関に置かれていたのが印象的だった。

こうして「美容室難民」に確定したmakoになりましたが

残された遺児にこの先どんなことがあっても

兄妹で強く強く生きていって欲しいと願うばかりである。

 

 

コメント (6)

ああ、無情

2016年04月11日 | 

昨日の俳句、二句作って二句とも先生の評価をいただいた。

一句は「北勢中央公園の皇太子のご成婚記念の石碑」と「桜」を一物仕立てで取り合わせた。

目にしたことだけを書いただけであって感慨にふけった感情など何も書いていない。

ただ「花がふぶいている」とだけ書いた。花とは「桜」を示す季語。

もう一句は車に乗っていて目にした景。

遠くに見える山には山桜が満開。

派手さはないが、ポッとそこに明かりを灯したように明るく成ると感じた。

「山桜」は咲いて初めて、その存在が明らかになる花だと思った。

それを学識あるように書いてしまっては理屈っぽくなる。

俳句は、理屈っぽいのは最もNG、まして私なんかは特に嫌いな表現。

仮に上手く纏めたとしても川柳すれすれの際どいものとなる。

なので、「羊の群れのような」と「比喩」を用いた。

比喩はその点、成功すれば作者の思いを代弁してくれる手法なので有難い。

また、こうしてブログを書いていれば自ずと十七文字が出てくるときもある。

但し、そのどちらも目に見えた益を生み出しているものではない。

特に、父が存命中なら嘆くかも知れないことと。

それでも「人はパンのみによって生きているのではない」のだということをいつも感じている。

 

さて、北勢中央公園で一杯写真を撮って満足しての帰りにあるところに寄ってみた。

 

その前に、ここ一年前くらいから私はヘアーカットを自分でしてきたことを書いておこう。

それは20年以上のお付き合いのある私の専属の美容師の方が

お店を突然クローズされていたことに始まったことだった。

今更美容室を変えるにも勇気がいること。

だって、黙って座るだけでいつも好みにカットしてくださるし

「やっぱり切らなかった方が良かった」なんて一度も経験したことのないくらい

相性がとっても良い美容師さん。

私はいつもそのカットの仕方を観て観察してきたのだった。

 

留守番電話の声はいつも年配の女性の声だった。

それがあるとき、それもなくなって、ただただコールしているだけになった。

以前に、気になって美容室の前を通りかかったら2階には沢山の洗濯ものが。

ちょっと安心したけど、一体何が・・・。

 

で、もう一度寄ってみたのだった。

店舗兼自宅には2台の車が停めてあったのにそれも見当たらない。

1台は奥様のもの。

と言っても、亡き奥様のものだった。

それらのいきさつは20年以上のお付き合いともなれば自ずと話の中に出てくることであった。

お二人の馴れ初めからどこにハネムーンにいらしたか

子供さんがいつ生まれたのか、現在の場所に引っ越したいきさつ、

その他諸々の歴史を観てきた。

私の歴史も然りで、話の途中でとめどなく涙が出てきた時もそっとティッシュを差し出して

くださったこともある。

 

で、帰りに自ずとそこに足が向いたのだった。

やはり営業をしている気配は全くないのだった。

近くの畑で鍬をふるっている方がみえたので車を近づけると聞いてみた。

・・・。

帰りには涙で道が見えなくなって農道に車を停めた。

・・・

続きはまたこの次にします・・・。

 

今からお仕事に。

さ、また涙をシャワーで洗いながすとしましょう。

 

コメント