今日も ぺこぺこ

ジョリ夫婦&ぺこ。3匹とも、今日も元気に「ぺこっ」てます。

コルマール旧市街観光ツアー (1)

2006-04-30 20:18:44 | Weblog

さて、ここでちょっとわたしたちと一緒に観光ツアーに参加してみませんか?
(所要時間約1時間の徒歩観光ツアーの再現です。長いので、時間のある時にどうぞ。)

旧市街の端っこに位置する観光案内所。ここにまず最初に行ったわたしたちは、
「観光ツアー」を発見。ガイドさんにくっついて歩いて要所要所の説明(仏語・独語のみ)
を受けながら1時間15分の旧市街観光をするらしく、料金は1人4ユーロ。
2人で参加してきました。(月に2~3度ほどのペースで実施されるようです。
夏場はほぼ毎日実施。)

ツアー開始地点は観光案内所前。
まずは目の前に見えるウンターリンデン美術館へ向かって歩きます。
美術館の前に集合し、フランス語の解説希望者を左側に、ドイツ語の解説希望者を
右側に分けられました。で、ガイドさんは最初左を向いてフランス語で解説をした後に
右を向いて似たような内容をドイツ語で言ってました。
↓美術館入り口の様子。

古い修道院を利用して作られた美術館だそうです。
中には、中世からルネッサンスに至るドイツ周辺の宗教絵画などが中心に収められているのだとか。
(ウンターリンデンとは、ドイツ語で「菩提樹の下」という意味だそうです。)

↑これは15世紀の画家、マルタン・ションガウエーの像(Martin Schongauer)です。
美術館の敷地内にありました。
このションガウエーの描いた絵画はここウンターリンデン美術館に多数収蔵されて
いるということでした。ちなみにこの像を制作したのは1860年生まれの彫刻家、
オーギュスト・バルトルディー(Auguste Bartholdi)です。←自由の女神像の制作者。
(バルトルディーはまた後ほど何度も説明が出てきます。)

↓美術館から少し歩いた場所の風景です。

このように、コルマール市の旧市街にはドイツ風のかわいらしい看板がかけられて
いるお店がけっこうあります。

上の二枚の写真で、白い丸で囲った部分にその看板たちが。
上のほうの写真では、左側のが豚肉屋さんで、右側のはパン屋さんのプレッツェル。
下の写真のは毛皮商のと床屋さん?でしょうか?

豚肉屋さんの前で止まり、看板の説明を受けました。↓

この看板のデザインは、コルマール生まれ(ドイツ時代)の画家ハンジ(Hansi)に
よるものだそうです。まずは一番上の、がちょうを追う女の子の絵を見て。これは
アルザスの民族衣装を着た女の子。ハンジがよく描いたモチーフだそうです。
なぜがちょうなのか?というと、アルザス地方が「がちょうのフォア・グラ」の
名産地だからだそうです。
先頭を行くがちょうの真下に見える二人の男性は、王様の命令でお城に豚肉を
抱えて行く豚肉屋兄弟の様子。高々と、豚の腿肉をかかげていますね。
豚肉屋兄弟の左側にいる老人と動物は、聖アントワーヌとイノシシだそうです。
なぜかあまりよく判らなかったんですが、「聖アントワーヌはイノシシを連れている」
=豚肉屋と関連がある ということではないかと。聖アントワーヌの座る切り株には
HANSI(ハンジ)の名が見えますね。
↓ハンジついでにもう一つ。

これもハンジの手によるデザインの看板だそうです。
こちらは薬局の看板。薬剤師さんが薬を調合している様子でしょうか。
フランスでは薬局の印として必ず「杖に絡まるヘビ」の絵が使われています。
だからここにもヘビが。白鳥は・・・薬局の店名でしょうか?

実はこれらの看板をじっくり見ると、コルマール市の紋章が隠されています。
(これについてはまた後ほど。)隅々までじっくり見れば見るほど面白い、ドイツ風の
看板。なんとなく、江戸の粋な文様のような感じに見えてきます。(「かまわぬ」とか。笑)

↓豚肉屋さんの向かい側に建つのがコレ、Maison des têtes (頭の家)です。
1609年に建てられた貴族の館、ルネッサンス様式だそうです。

じっくり見ると沢山の「頭像」がくっついてるんですが・・・(わかりにくいですね。汗)

頭像は全部で100ほどあるそうです。
ここはルネッサンス期の貴族の館だった場所を改装して作られたレストラン。
館のてっぺんに見える像は、バルトルディ作。(なので、この像だけ新しい
ものです。)

ここらでちょっと建築の話を。

この写真、先ほど説明した豚肉屋さんの看板のある建物です。
地上階が石造り、そして上が木造になっています。外観上木造とわかりにくい
ですが、アルザス建築の様式が出ているのでそれとわかります。
アルザスの特徴的な建築物は「地上階が石造り、それより上が木造」で、なぜ
上が木造なのかと言うと、かつての税法のせいだそうです。木造の階は税金が
安かったんだとかで。降水量の少ないアルザス地方では木造でも支障は無かった
ようなのですが、地下には豊富に水があるため、地上階まで木造にしてしまうと
木が朽ちる原因となったようです。それで地上階は石造り。
豚肉屋の看板がついてる部分は壁土が塗ってありますが、その隣の建物も実は
続きの建物。窓の周囲に木枠があるのですが、これがあると「この建物は木造」
だとわかるそうです。試しに壁を剥がしてみたとすると、右側の建物のように
木の梁が見えてくるそうです。
こういったアルザス建築のことを、colombage(コロンバージュ)と呼ぶそうです。
(ガイドさんがしきりにこう言ってました。)コロンバージュの建物にはカーヴ(地下倉庫)
が無いそうです。地下に水が豊富であり、地上階が石造りだからでしょうか。

他の建物でも説明してみます。

↑これなんか、わかりやすいですね。
石造りの地上階の上からすぐ、木の梁がむき出しになって突き出ています。
その上に複雑に組まれた梁の表面には、斧か何かで叩いた跡が。これは、かつて
ここがドイツだったのでもともとこのように梁をむき出しにする建築法がなされていた
ものを、フランス国が占領した際に「フランス風建築にするために」わざわざ壁土を
塗った時につけた傷です。つるつるの木の表面だと壁土が落ちやすいので、このように
傷をつけたんだそうで。そうして歴史上、国名が変わるたびに何度も土をつけられたり
剥がされたりして、現在も壁土が残ったままの建物もけっこうあるようでした。
しかし今現在たとえフランスの国土だとしても、現代フランス人はこの木の梁が美しい
ドイツ風の建物の外観も好みますから、わざわざ壁土を落とす作業をする家主も
多いらしいです。そこで、壁土をはがす前に見るポイントが、窓の外に木枠があるか
どうかということだそうで。

↑叩いて傷をつけられた梁と、窓(鎧戸)の外の木枠がわかる写真です。
「壁土」と何度も書いてきましたが、仏語では crépi で「しっくいなどの下地の粗面塗り」
のことです。

建築の説明を受けた後、すぐ目の前に見えてきた教会の説明を受けました。
ドミニコ会教会。外観しか見ませんでしたが、13世紀の建物で外観は質素、
鐘も一つだけしか下がっていないということ。(質素さを強調するのがドミニコ会
なのでしょうか。)
内側は木造なのだそうです。そして、中にはマルタン・ションガウエー作のマリアの絵
が飾られているそうです。(日本のガイドブックにも記述が載ってました。素晴らしい
絵だそうですが、見逃した・・・。汗)

さて、お次は、カテドラルです。といっても教会の中ではなく、外観。
コウノトリを発見したカテドラル、サン・マルタン教会です。
(こちらの教会の説明だったと思うのですが、フランシスコ会と言っていました。
コルマールの街には複数の修道会が混在していたようです。)
サン・マルタンとは日本語で聖マルティヌスと言われている聖人のことで、逸話が有名だそうです。
この教会の正面入り口の上に聖マルティヌス像があるんですが(写真が無くて
申し訳ない!)、馬にまたがるマルティヌスが剣を持った手でマントを切って
乞食に分け与えようとしている様子をあらわしています。キリスト教を信じている
若い軍人だったマルティヌスが、通りかかりに見つけた乞食。そのまま放っておく
ことができず、自分の持ち物で何か助けることができないか?と考えてみたところ、
軍人の彼には「自分の持ち物」と言えるものが無く、唯一「軍の支給品」の中で
マントだけが「半分は個人の所有」とされていたので(退役するまでは個人所有扱い
だったのでしょうか?)その自分の所有分を切り取り、寒さに凍える乞食に分け与え、
そして自分は用事を済ませた後で半分になったマントを軍に返し、退役を申し出た、
とのガイドさんの説明でした。
聖マルティヌスは病人や貧しい人たちの守護聖人だそうです。

そのサン・マルタン教会にて。来た当初から気になっていたコレ。↓

日時計?にしては表示が???と思っていたらコレ、太陽月暦(太陽カレンダー)
なのだそうです。毎日午後12時半に、今が何月なのかがわかるようになっている
と説明を受けました。この写真を撮ったのは午前11時20分頃だったでしょうか、
まだ予定の時刻には早いので正確な位置を示してはいませんが、表示板の左側に
円盤状の陰が落ちているのがわかりますね。あと1時間もしたらこの陰がもっと右に
移動して、MAI(5月)と書かれた部分の上に重なるんだそうです。

↑カテドラルの続きです。(見えているのは側面入り口。)
瓦屋根で作られた模様がキレイでしょ?
そしてこの建材として用いられた石も、ちょっと変わっててキレイでしょ?
泥岩といった感じかな?と思って近寄って触ってみると、思いに反して表面が
ザラザラしてました。砂岩なのかも。やわらかい石なので加工しやすいとガイドさんが
説明していたそうですが、仏語で「grès」と言ってました。(辞書を引くと“砂岩”と出て
ました。)
そして、屋根のてっぺんに見えるのは、例のコウノトリの巣。
ガイドさんが説明の途中に「いつもならコウノトリがいるんですが、今日は日曜日
だから・・・来てませんね。」なんて、笑えない冗談を言っていた。
1人コーフンするわたし。「昨日の夜は居たんだよ!だから、多分夜になるとまた
来ると思うね。きっとここは寝る場所なんだよ。昼間はどこかで餌でも探して・・・」
こんな風に喋り出しかねない勢いだったので、早々に夫に口を塞がれました。。。

↓こちらは、 Ancien Corps de Garde (旧・衛兵所)と説明されているんですが、
ガイドさんは、昔、カテドラルから分割された教会(墓地)だったと言ってました。
ゴシック建築様式を思わせる、先の尖ったアーチが壁の中に塗り込められている
のがわかりますよね。実際に目の前にして見てみると、とっても不思議な感じです。

↑しかし、それにしてもヘンな位置にアーチ跡が・・・。

旧・衛兵所のアーチをくぐり抜けて裏の通りに出ると、バルトルディー美術館が。↓

このヒゲの人が、バルトルディーさんです。後半生に有名になり、NYに贈るための
「自由の女神像」の制作を依頼され、故郷コルマールに錦を飾った彫刻家。彼の家が
市に寄贈されて美術館になっています。
↓美術館の入り口。

↑入り口の上に鎮座するのは・・・カエル・・・?

↑バルトルディー美術館入り口前の彫刻。
故郷の生んだ偉大な作家とあって、コルマールの街中がバルトルディだらけ。
ガイドさんも頻繁に「これもバルトルディーです」って言ってました。
(今後もまだまだ出てきますよ~。)

↓バルトルディー美術館のすぐ後にあるのがこの立派な建物。

銀食器屋さんの家だそうです。富豪だったのでしょうね。
壁に絵も描かれており、豪華な家ですよね。
建物の一部に突き出たような、出窓のような部分があります。コルマール市内の
古い建物にこういった様式が多く用いられているのですが、コレをガイドさんは
「l'oreil」と説明してくれました。(わたしの手持ちの辞書に載ってないので、建築用語
と思われます。)仏語のGoogleで画像検索してみたら、出窓の写真がいくつか出て
きたので、やはり窓の様式の名称なのだと思います。
↓この写真はまた別の建物ですが、こちらにも出窓(oreil)が。 

教会風に色ガラスなんて入れてあるので、てっきり「祈りの場」かな?と思っていたら、
ガイドさんは「実は、祈ったりする場所ではなく、のぞき見をする場所なんです」
って説明してくれました!
この場所に日がな一日、奥様方が陣取っては下の道路を見下ろして、街の様子を
観察していたらしいのです。
「あら、今日はお魚が昨日よりも安いのね」とか、「あらま、○○さんの奥様、△△を
□個も買ってらっしゃるわ!」とか、「○○氏はこんな時間から△△しちゃって・・・」
なんて。昔は午後のワイドショーなんて無かったですからね。

(つづく)


コルマール旧市街観光ツアー (2)

2006-04-30 19:50:37 | Weblog

銀富豪の家のナナメ向かいに、今度はこんな建物が。↓

↑↓マルタン・ションガウエーの家です。

地上階がレストランになっていて、店名はそのまんま「LE SCHONGAUER」。

この辺りにも、ドイツ風の看板がいくつか。↓


左は豚肉屋、右はパン・ケーキ屋の看板。
(前もありましたが、パン屋の看板はプレッツェル。)

↑豚肉屋の看板をクローズアップ!
今度は、がちょうではなくブタを追うアルザス少女。
連なるソーセージがかわいいですね~。「ZIMMERLIN」というのが店名なのでしょう、
だから少女の右側に「Z」の文字が。
「Z」の文字のすぐ下に、流れ星のマークの入った紋章が、見えますか?
実は、コレがコルマール市の紋章なんです。街の至る所にこの流れ星のマーク
を見つけました。

↓こちらは、今はレストランですが、かつては・・・

赤い蹄鉄の看板が見えますか?
ここは、中世の「貸し馬屋」だったんだそうです。
今の時代ならば「レンタ・カー」なんて商売がありますが、かつては貸し馬だった
のですね。そういうことを商売にしようと考えた人、スゴイ!って思いました。

↓古い建物の扉。ここにも、コルマールの紋章「流れ星」が2つもついてます。

↓こちらは天使のレリーフと、双頭の鷲の紋章。

双頭の鷲って言うと、ドイツとかオーストリアとかの“あっちのへん”かな?って
漠然と思ってたんですが、今ちょっと検索してみると、ローマ帝国・東ローマ帝国
あたりが紋章としてよく使っていたそうです。
この建物はかつての税関所だった場所で、ここに双頭の鷲の紋章がついている
ことには歴史的意味が大きいと思われます。
さらにこの税関所跡のナナメ向かいにある建物には、フランス王家の紋章である
ユリの花が。コルマールが歴史上何度も国名を変えた、というこ話をガイドさんが
説明してました。

この辺りから急に旧市街のにぎやかさが静まり、店の数が減り、運河が近く
なってきます。

↑これは運河沿いに建つ常設マルシェ(今でも木曜だけ市が立つようです)の角に
ある噴水。またしても、バルトルディー作。少年が樽から直接ワインを飲んでいる
像なんですが、どこか外国の街ではこういった噴水から本当にワインを出したことが
あるとかで、ガイドさんが「でも、コルマールではいまだかつて一度も出したことが
無いんです・・・」と、わざと残念そうに言ってました。

↑マルシェの外観(運河側)。
かつては運河を使って船で荷を運んでいたので、運河めがけて階段が突き出て
いますね。
「小ヴェニス」と呼ばれるのはこの運河があるからなんですが、ヴェニスに倣ってか
どうか、一応、小船で観光もできます。(ただしこちらはゴンドラと言うほど豪華では
なく、船頭さんはモーターを操作してます・・・。)小船の船頭さんもがんばって
ガイドしてましたよ。
運河は思ったよりも底が浅くてビックリです。運河右側の3分の1程度が黄土色っぽい
水に見えますが、これは運河の底(コンクリートと思われる)が見えているせいです。
船は底面が平らで、水の量が少ない場所でも運行できるような形をしています。
かつては「運河の水の高さ」で税金が決められていたとかで、できるだけ水を浅く
させるため、このように船にも工夫を凝らしたようです。
水の高さが低い運河においては、大量に荷を積んだ船は船底が擦ってしまう
ので運行できない。だから、荷を減らしては何度も何度も行き来したそうです。

↓運河沿いにある、「革なめし職人(tanneur)通り」です。

道の両脇にスッキリした外観の建物が連なっています。
ここはかつて革なめしをしていた職人さんたちが住んでいた通りで、運河の水を
使って革を洗っていたそうです。
写真ではちょっとわかりづらいですが、鎧戸にそれぞれ、ハートやクローバー
のように、トランプの模様がくり抜かれていてかわいかったです。

↓ぐるりと回って戻って来たのがココ、昔の税関跡です。(双頭の鷲の紋章の建物。)

↑この写真左下の街頭の後ろあたりに、この看板↓があります。

噴水の説明をする立て看板です。
噴水は・・・↓こちら。(緑青に覆われた銅像が立ってる噴水です。)

その、緑の銅像は・・・↓こんな人です。

トケイ(tokay)という葡萄の品種を発見したと名乗るおじさん・・・いや、外交官さん
なのだそうです。しかし実際には、中世の昔から pinot gris として存在する品種
だったのだとか。今では tokay = pinot gris と言われているようなんですが、ワインの
ことはよく知らないので一体どのような場合に tokay という単語が使われるのか
イマイチよくわかりません。(ガイドさんもそこまでは説明していませんでした。)
ちなみにこの銅像、またしてもバルトルディーです。


みなさん、お疲れさまでした。
ご清聴ありがとうございました。
次回コルマールへお越しの際には、ぜひとも実際にこのガイド・ツアーを体験して
みてくださいねっ。

コルマール第二日目のお話に戻る方は こちらからどうぞ


(続)「かばんの中身」バトン

2006-04-28 17:49:47 | Weblog

昨日の続きです。

Q5.かばんは 何ですか?
↓これです。

黒の実用的なナイロンバッグ。とにかく収納部分が沢山あるので便利です。
写真上ではわかりませんが、内部にメッシュのポケットやマジックテープ式で封ができる
ポケット部分など、多数あり。フランスではお出かけの際にやたら物を持ち歩かなければ
ならないこともあるので、こういうかばんは重宝します。
そして何より、ファスナー付きであることもポイント。(メトロの中でガードしやすいです。)


こちらは、日本にいた時にずーっと使っていたかばんです。
これ、カメラバッグだそうです。(フリマで購入。)
きっと、わかる人にはわかるメーカーなのだろうと思います。
なぜこのかばんなのかと言うと、「かっちりしてる(中身が潰れない)」のと「底にクッション
がある(衝撃が和らぐ)」のが魅力で。もともとカメラ用なので当然なのですが、カメラを
入れて持ち歩くことが多いので重宝します。
上に座れるんじゃないかってくらい、丈夫なんですよ。

Q6.かばんの中身は?
↓こんな感じ・・・かな。設問7と混ぜて答えます。


Q7.持っていないとだめなものは?
持っていないとだめなものに「カギ」が入っているのは全員だろう、それは愚問だ、と
思っていたけど、考えてみたら、夫と外出することの多いわたしはカギを持たないことも
意外と多い。夫と出かけると手ぶらなこともあります。なかなか気楽ですね。
でも1人で出かける場合は、やはり「カギサイフ地図」は持って出ますね。
カギに矢印で示しているものは、フランスの郵便局に口座を持っている人に対する
サービスのキーホルダーなんです。これがついてるカギを拾った人は、手近なポストに
落とします。すると、郵便局の人が持ち主を探し出して届けてくれるというシステム。
キーホルダー裏面には「迷子になっちゃったから郵便局のポストに入れてね。」という
文章とともに、わたしを指し示す7桁の番号が刻まれています。
あとは、ペン。(もしくはペンケースまるごと。)メモ用紙はその辺の紙切れを代用でき
るけど、ペンが無くては書けませんから。
緑カルダモンは・・・わたしの体調を整えてくれます。(必需品です。)

そして最後に。↑の「薬入れ」も外出時にどうしても必要になるもの。
2時間以上外出する時は大体、薬を持参してます。かつては小さなポーチに入れてたり
したんですが、去年この「修道士の小銭入れ」を手に入れてからはずっとコレです。
慌ててかばんの中を手探りする時でも、この独特の形からすぐ発見でき、取り出すことが
できます。分厚く固い革製のケースで、バカッと開けると中には必須アイテムの薬が。
薬って言ってもね・・・「頭痛薬」とか「涙液」も含んでます。病人って感じじゃない
ですからね、わたし。(笑)←じゃあなんで薬持ち歩いてるんだ?とツッコまないで・・。

そんなかばんの中身たちを、カメラケースのかばんには↓このようにして収納。

全てタテに収納してます。これが好きなんです!!
とっても便利。かばんの中身が一目瞭然ですから。しかも収納スペースけっこうあるんです。
一番小さいペットボトルを入れて持ち歩くこともできます。しかも、ハードケースなので
沢山入れすぎてかばんが膨れちゃう!なんて心配はありません。(それ以上入らないのですから・・・。)
フランスでもこれを毎日のように使いたいのですが、モノが入りきらない時もあるし、
フタを開けると中身が全部見えてしまうのが防犯上よろしくないと思うし・・・。

こんな感じです。

最後に、
Q8.バトンを 回す人
とあるんですが、コレはバイアリーさん同様に、ココに置いておくことにします。
誰か、興味あったら拾ってやって~。

以上。(なんか・・・地味でしたね。苦笑)
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<ヲマケ>
↑一番最後の写真の中に写っている手帳をご紹介します。

日本でたまに買ってた手帳です。薄手なのにハードカバーなところがいかにも
「出先で書きやすい!」って感じで気に入って、購入。(実家の市内の文房具店にて。)
お店では、測量関係の人が使うノートらしき名称で売られていました。
これをわたしは「旅の手帳」として利用してました。

↑夫に初めて会うためにフランスに渡った時の記録です。
飛行機の搭乗ゲートや空港で換金した際のレート、離着陸した時間、機内食の出てきた
時間とその内容など、けっこうどうでもいいことまで細かく書き込んでました。
書いて保存することに意味があったのではなく、書く行為そのものに意味を持たせて
いたんです。なれない一人旅を始めた当初、意識をしっかり持つためにも、こうして
全てに気を付けて行動するようにしていました。(ま、それが空港の待ち時間での
暇つぶしにもなりましたしね。笑)

↑飛行機を降りた後も、旅の初日から毎日「日記状態」で記録をつけていました。
何か物を買った時には、その金額も。
これは、初めて夫と会った日の記録です。
午前7時、空港で(今の)夫と出会ってます。そして、それから部屋で休ませてもらい、
その後はさっそく「シテ島の鳥市場」に出かけてます・・(笑)←それがメインなんか?
この日の夕食は夫がわざわざお米を焚いてくれて、「どーだ!お米だよ!」と嬉しそうに
出してくれたんです。でもこのお米・・・お鍋でゆでて、ゆで汁を捨てたもの。そう、パスタを
ゆでる要領で・・・。(汗)←マズかったんですが、「ありがとう~、美味しいよ。やっぱりお米が
なくっちゃね♪」などと返答してました、ワタシ。そんな夫も今では「炊飯器のお米じゃ
ないと食べれない」って言ってます。人間の味覚って、進化するものなんですね。
夕食後、バルーンアートやゲームで遊ぶ。と書いてありますね。
これは、夫が細長い風船でプードルを作ってくれたり、作り方を教えてくれたり、カードの手品
を見せてくれたりしたんです。当時仏語は「ボンジュール」程度しか知らなかったわたし。
英語もそれぞれ訛りが強すぎて時々通じないことがあったので、こんなバカなことして遊んで
和んでました。(笑)そして1時には、しっかり別々のお布団で「じゃっ。おやすみ~。」と。
なんか子供の「お泊り会」って感じですねぇ(苦笑)

↑滞在12日目に、こんなモノが・・・。(左下のメモ紙を見て。)
テレビで見たアニメ monsieur chen et monsieur chat って書いてます・・・・
(chen って何やねん?苦笑)
日本語で言うなら「半猫半犬」でしょうか、体の途中で合体してる犬と猫が主人公のアニメ。
これがキョーレツに印象的だったので、テレビでこれを見た時に手近な紙にメモって
おいて、帰宅した彼に見せたんです。「こんなアニメがあるの、知ってる!?」って。
当然彼は知りませんでした。(←アニメよりニュースを見る人。)
そこでわたしは、このアニメがどんなにキョーレツで面白かったのかを細かく報告。
彼にとってはいい迷惑だったに違いありません・・・。
このアニメ、MICHAT-MICHIEN と仏語タイトルがついて吹き替えでいまだに放送が
繰り返されているんですが、元はアメリカのアニメのようです。


「かばんの中身」バトン

2006-04-27 23:35:12 | Weblog

バイアリーさんが恥ずかしがりながらも公開されていた「カバンの中身」バトン、最後に
“ここにおいて置きますので、どうか、どなたか、拾ってやってくださいませ。”と結ばれて
いましたので、「もらったぁ!」とばかりに威勢良く拾ってきました。(笑)

というワケで、わたしのかばんの中身です・・・。
恥ずかしげもなく見せちゃいますが、ロクなものは入ってませんので・・・期待せずに見てね。
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Q1.財布はどんなもの 持っていますか?
こんなのです。↓

値段は高く無いものなんですが、どちらも使い勝手が良いので気に入ってます。
赤いのは、もう10年以上も前になるかな?大阪で買ったシビラの財布。
実は同じ大学の友達、ヒロコさんもこれと全く同じで色違い(オリーブ色)のを持ってて
エッ!?と2人で顔を見合わせてビックリしたことがあります。
そのくらい、シビレるデザインなのです。(わたしたちにとっては。笑)
このサイフはいまだに日本帰国の際に「日本のサイフ」として活躍してます。
円とユーロを入れ替えるのが面倒なので、円はこちらで管理してるんです。

黒いのは夫から譲り受けたお財布で、我が家の生活費が入ってます。2人で生活
をはじめた当初からずーっと同じのを使ってます。
日本でも「がまぐち」ってオバサンなイメージですが、そっくりそのまんま、これが
フランスの典型的な「がまぐち」です。いまだに、市場に出ている革製品のお店で
これと全く同じのが売られていますよ。革の手触りが良く、使いやすく、安価です。

赤いお財布の説明。

札入れ2段、カード入れ6箇所。これでわたしには十分です。これ以上収納場所が
あっても、入れるものが無いので無用の長物です。(苦笑)


ここがコインケース部分。バカッと大口に開くのでとても使いやすいです。
中に入っているのは、お守り・・・として売られてました。特に意味は無いんですが、
四つ葉がかわいかったので。日本にて購入。使えないコインとしてここに常駐してます。

黒いお財布の説明。

がまぐち部分です。
あぁっ!?なんとしたことか・・・お札が全く入っていない・・・(笑)
でも、ウチではよくあることです。
日本ではあまり使ったことが無かったクレジットカード、フランスに来てからはこれを
お財布代わりに使うようになりましたから。でも小銭はやっぱり必要。バゲット1本買うのに
カード出してちゃ、嫌がられますからね・・・。


先ほどのがまぐち部分の仕切りに当たる場所が、反対側のファスナーを開くとポケットに
なってるんです。便利でしょ~?
そこに、カードがギリギリ入ります。カードのICチップを傷つけないようにするため、
わたしはカードをビニールケースに入れてからお財布に入れてます。
メトロのチケットや大事なメモなどもここに入れてます。

輪っかの部分が気になってる人がいるかと思いますが、これは多分・・・腰にくくりつけたり
カバンとくくりつけたりするための金具だと思われます。
スリにあわないように、お財布をチェーンや紐で腰やカバンとくくりつけてたら、安心ですね。
おば~ちゃんならそうするのかも。。。

Q2.携帯はどんなもの 使っていますか?
こんなのです。↓

SONYの、ストレートタイプの。画面白黒です。メッチャ旧式です。
でも、電話とショートメール(携帯間のみ利用可のメール)しか使わないからイイんです。
もっぱら、夫とのトランシーバーですから。
実はコレ、プリケーなので、しょっちゅうお金切れてて電話がかけられない待ち受け電話
なんです。だから友達だれにも番号教えてません。。。

Q3.携帯ストラップは?
上の写真見てください。そんなものついてません。
なぜかと言うと・・・
「つける場所が無いから」なんです!(驚)
わたしはてっきり、携帯というものには全て、ヒモがついてるもんだと思ってました。
フランスに来て、携帯の概念を覆されました・・・。
「電話に無用なヒモなど要らない」と、合理主義のフランス人は考えたのでしょうか。
まったくもって謎なのですが、ストラップがなくても一向に困らないので助かってます。

Q4.手帳持っていますか?
今現在は持っていません。(必要性が無いので。)

日本では「能率手帳」を愛用してました。
分厚いシステム手帳を使いこなすほどのことはしていないので、できるだけ薄く小さく、を
目指して探した結果、「能率手帳」に辿り着きました。
↓小さいんですよ!でも使い勝手は最高です。これで1000円ほどですから。値段もおてごろ。


中身のメインはこんな感じです。↓

デザイン違いでいくつか商品が出てます。
左側にタイムスケジュールが書けるようになっていて、右側はメモ・スペース。とっても便利。
これに加えて、年間スケジュール表、市外局番一覧表、大都市の地下鉄地図、など必要情報
が掲載されており、住所録は別冊子を挿入式にしてあるので、次年度に住所録のみ
持ち越すことも可能です。
この、実用から生まれたシンプルで使いやすいデザインがとっても好きです。
実はフランスにも、フランス版能率手帳っぽいのがあるのを発見しました。
でも手帳の必要性が無いので、買いませんでした・・・。


続いてまだあと4問あるんですが、それはまた明日~。
(つづく)


たんぽぽ、そしてオリーブ

2006-04-26 20:09:45 | Weblog

ウチにもちょくちょくコメントいただくマカロンさん(&フランさん)の作っておられるブログで
「たんぽぽのサラダ」の話が紹介されていました。
フランさんの旦那さまのお父様が直々に「たんぽぽ狩り」をなさって、たんぽぽのサラダ
を作るのだそうで。
ちょっと興味津々の、この野趣溢れるサラダ。
ウチの夫の実家ではそんなことは話題にならないので、多分誰も食べようと思ったことが
無いんだろうと思います。

で、フランさんのこの記事に出てきた「たんぽぽ隊長」って言葉がやたら気になったわたし。
コメント欄に「仏語にすると、響き悪いですね(苦笑)」などという書き込みをうっかりした
ものだから、そのみさんの脳内をかき乱してしまった様子。(すみません!苦笑)
いや・・・、「たんぽぽ」っていう日本語の響きが良いからこそ、なんだなぁと、しみじみ
思ったからなんです。

フランス語でたんぽぽのことを pissenlit と言います。
で、その発音は・・・実は、「寝小便する」という言葉にすご~く似てるんです。
寝小便する は、pisse au lit (ベッドでおしっこする)と言います。
ホラ、なんとなくアルファベットの並び方も似てるでしょう?
フランス人にたんぽぽを指差して「これ、仏語で何て言うの?」って聞くと、必ずこの
おねしょネタを教えてくれます。

実際、たんぽぽには利尿作用があるとされていますから、この2つの名前に関連性が
見られることも、ごく当然の成り行きなのかもしれません。

で、「たんぽぽ隊長」の仏語ですが・・・(笑)、
chef de pissenlit (たんぽぽ部隊の長)
capitaine pissenlit (たんぽぽ主将、たんぽぽ中隊長)
あたりを想像します。
(実際にフランさんのお義父様がどう呼ばれているのかは謎ですが。)
ここで、「たんぽぽ」 の部分を「おねしょ」に変えてみると・・・
「おねしょ部隊の長」
「おねしょ主将、おねしょ中隊長」

と、とてもじゃないけど尊敬できない呼び名になってしまいます。(笑)

いやぁ・・・こんな低次元な下ネタですみません(苦笑)

さて。
気を改めて。

話は全く変わるのですが、先日BIOのお店にて乾燥ハーブ(お茶用)のパック詰めを
見ていたら、大体の品はもう存在を知っていたけど、唯一初めて見たものが。
それは「オリーブの葉」でした。
オリーブ!!
実こそ食用に使うけど、葉をハーブティーにするなんて知らなかった~!
それで、効能が気になったんです。
一体何に効くお茶なんだろう?

先ほど、ネットで調べてみました。
オリーブで検索しても、ヒットするのは大体、食用油に関してです。
olive = オリーブの実 なのだろうな、と思っていたところ、ハーブティーとして olivier(オリーブ
の木、枝)を利用することがあるという記述を発見。(それ以上の内容は書いてありま
せんでした。)
「オリーブの葉」と限定されているのではなく、木・枝とどちらにも取れる単語です。
で、こちらで検索すると・・・あら不思議、すぐ出てきました

成分・効能の方はと言いますと、
葉にはフラボノイド(flavonoïde)とイリドイド(iridoïde)を含んでおり、低血圧の活性、
冠状動脈の拡張、鎮痙剤(けいれん止め)として使われるのだそうな。
飲用回数は医師の指示に従って、と書かれています。

なんだか・・・うっかり飲んだらどうなるの?って思っちゃうようなお茶ですねぇ。

ラベンダーのお茶で日本の販売サイトを検索してみたところ、効能書きなど全く記して
いない販売サイトがけっこう多かったんです。「香りの良いお茶」として紹介されていて、
注意点として「妊娠中の方は沢山飲まないでください」と書いてあるだけで。

義母が作ったカリンのような実「 coing 」のジュレは「便秘を引き起こす」と言う話なので
ベンピ症のわたしは食べないことにしている。
長い間、coing はカリンだと思っていたワタシ。でも先ほどあちこち調べてみたところ、
マルメロと言う名の、カリンと親戚筋に当たる実であることが判明。(どうりで姿形が似て
いるはずです。)りんごとも遠縁になるそうです。
カリンはノドに効くと言うけれど、マルメロは軟便に効くってことですね。フランスにて、
下痢症でお悩みの際にはぜひ coing のジャム(ジュレ)を!

あ・・・すみません。とりとめもなく書いていたら、話が関係の無いマルメロまでいっちゃい
ました。要するにですね、むやみやたら何でも飲み食いしてちゃイカンってことですね。
わたしのかかりつけ医師は、便秘には「トマト、アボカド、オレンジ」が効くと言ってました。
ということは、下痢症で悩んでいるトマト好きの人は、トマトを食べるのをしばらく
止めてみたら、体調が良くなるのかもしれません。

あ、キリが無くなるのでこの辺で。(笑)

皆様、健康にはくれぐれも注意しましょう~


フランスのホウレン草

2006-04-26 18:04:07 | Weblog

以前ちょこっと書いたことありましたが、フランスでは、ほうれん草はバラバラになって
売られてるんです。お店に置いてある状態は日本とはぜんぜん違って、束になんて
なってないんです。葉っぱの単体が山積みされてる状態。(株は残しておいて、
外側の葉っぱだけを切り取って出荷しているのか?)
日本のほうれん草を念頭に置いてフランスでほうれん草を食べようとすると、ちょっと
ビックリさせられますよ。

まず、お店でほうれん草を買う時。
わたしたちはいつも「1袋ちょうだい」って言います。
最初「何キロ?」って聞かれた時、そんなのわかんない!って思って、体積で要求を
示したんです。この場合の袋は、買い物用のビニール袋。八百屋の店が用意してる
袋をおじさんがパッと広げて、これ一杯?と確認してから、中へ葉っぱを詰め込み始めます。
そうして袋に満杯に入れた状態で重さを量ると、大体700gとかでしょうかね。
2人で2~3日食べるのに良い量です。

さて、その買ってきたほうれん草を、ウチではシンクに水を溜めてバサバサ洗ってます。
葉の一枚一枚にしっかり泥がついてる場合があるんです。泥がついてなく見える場合でも
見えない部分に砂などくっついてるので、通常2度は洗います。泥がこびりついている時は
3度洗うこともザラです。
そうして、シンクの横に上の写真の状態で、方向をそろえながら一枚ずつ並べていきます。
その際、茎の部分の位置をきれいに揃えてます。(茎を先に熱湯へ入れて火を少し
通してから葉の方を熱湯に落とし、均一に火を通すために。)

フランスのほうれん草は、日本のものと比べると葉の一枚一枚が巨大です。しかも分厚い。
葉を半分に折ろうものなら、バキッ!と割れるのがオチです。そのくらい分厚くて固い葉。
それでもゆでたら柔らかい普通のほうれん草と同じなんです。
写真で手前に置いてあるのは、葉先だけが割れて切れたものです。これはゆでる際に
一番最後に入れるので分けてます。

ちょうど良くゆであがったら、ざるに打ち上げて熱湯を捨て、その後で冷水にさらします。
で、冷水の中からまた一枚一枚葉っぱを取り出して・・・まな板の上に方向を揃えて並べて
いきます。これは「日本式」に切るためです。
そしてギュッと水を絞って、食べやすい長さに切ります。

多分ほぼ全てのフランス人が、こんな手間をかけずに全部ザッとゆで、そしてミキサーに
でもかけて料理に使うのでしょう。
わたしがこの、日本ではごく当たり前なやり方でほうれん草をゆでて食卓に出した時、
夫は「すごい!!」とビックリしてました。そしてそれをゴマドレッシングで食べた時・・・
「うまい!!」と。
夫よ・・・今までの人生の中で、生のほうれん草を買ってゆでて食べたことなかったの?
フランスでは「ゆでほうれん草」の冷凍品も売られていて、それを買う主婦も多いようです
から、仕方ないことなのかもしれません。(食文化の違い、ですねぇ。)

ほうれん草の味を楽しみたいから、やっぱりゆでただけで食べたい。白ごはんと一緒に。
(炒めたりすると味が変わってしまう気がする。)
そういう時に、葉の向きがバラバラのほうれん草を、そのままゆでてギュッと絞って切る
と、絶対に茎の方向が乱れてて、生理的にキモチワルイと感じるだろうと思うんですよね。
やったこと無いのでわかりませんが・・・。

そんなこんなで、わたしの日常生活において、「ほうれん草をゆでて食べる」という
至極当たり前かつ簡単にできるはずの料理が、実は大変な手間隙をかけるご馳走並み
の努力を要求する行為になってしまっているのです。
ほうれん草が食べたいな~と思ったら、日本だとスーパーで買ってきてすぐゆでてましたが、
こちらでは、覚悟がいります。「本当に、ほうれん草をゆでるだけの気力があるのか?」と
まず自分自身に問うてみる。
実は今回、土曜日に買ったこのほうれん草、週末はウチの冷蔵庫でおねんねしてまして、
なんと火曜日の夕方にゆでたのです(汗)
気力が無いとこういう結果になります。(傷んでなかったから良いようなものの。)

気力、気力、って書いてますけどね、ホントなのよ。
だって2度も3度も水洗いをしようと思ったら時間がかかって指もかじかんでくるし、大変なのよ~。
洗うだけで30分くらいかかってるかも?って気がします。(時間計ったこと無いけどね。)

で、ほうれん草の袋の中には、こんなものも入ってました。↓

わかる人にはわかる、この草。 そう、雑草です。
しかし、ただの雑草ではない。 これは鳥たちが喜んで食べる雑草で、ウチの母は「ヒヨコグサ」と
言ってました。昔からニワトリのエサに使われていたようですね。
それがなぜほうれん草と一緒に?
実は、畑で葉を切る際に、側に生えてた雑草も一緒に刈り取ってしまったらしいのです。
こんなの普通の話です。日本だったら文句言う人が出てきそうだけど、ここで冷静に
なって考えてみたら、「雑草が豊富ということは、除草剤を使っていないということ?」
ってなりますね。(農薬は少し使ってるかもしれないけど。)
というわけで、まぁ、両手で一掴みの混入程度なら(↑の写真の状態)許すべきかな、なんて。
(って言いながらこうして写真で公開しているのだから、多少の不満は隠しきれないのであった。)
雑草が入ってて「クソ~!わたしは雑草にまでお金を払った覚えはないぞ!」なんて言わな
いで済むのは、ひとえに「ぺこ」のおかげです。

この雑草、ぺこのサラダとなりました。(笑)


「ウィークエンド」

2006-04-25 23:49:31 | Weblog

大森さんの「パリ・スイーツ わたしが恋するパリのお菓子」の68ページに掲載されている
ダロワイヨのウイークエンドの写真。これメチャクチャ美味しそうなんです・・・。
以前から目をつけてたこのケーキ、なんとなくカンで作ってみました。

上の写真がワタクシのオリジナル・レシピによるウィークエンドで、
「レモン風味の(パウンド)ケーキ Cake aux citrons 」と名づけました。

断面にしっとり感があるの、この写真では判りづらいかもしれませんが、パウンドケーキ
と言うにはかなりきめ細かなしっとりした仕上がりになりました。
このケーキの元レシピは、本で発見した、シェフの手によるパウンドケーキです。
それをレモン風味に仕上げ、外側にレモン汁で作ったグラサージュをかけています。
焼き上がりも、予定した時間に一発でぴったり焼きあがり、レモンの香り豊かなケーキに
仕上がりました。早速夫と食べてみたら、もう・・・美味しいの、なんの!!
自分で作っておきながら、撃沈です。毎日食べても飽きそうにない美味しさ。
というワケで・・・写真を撮るのも忘れて食べてたのでこんな姿に。(悲)↓

ちゃんとパウンド型1台分作ったんですよ~。(笑)

グラサージュをかける際、本体のケーキの味がどの程度だか全く予想がつかなかったので
(初めて作った+創作レシピだから)、グラサージュをかけるパウンド型ケーキのレシピの
グラサージュの量を参考にして作ってみたところ、多すぎました。
その多すぎる砂糖液を、わたしが控えめにかけていたところ、夫が歩み寄ってきて
「もっとしっかりかけたほうがいいよ」と言ってわたしのスプーンを横取りし、さらに2度ほど
上塗りしてました。
もうね、刷毛で塗るとかじゃなくってね、スプーンでベタベタに塗りたくってたんです(苦笑)
でも、仕上がり的にはそんなに悪くないでしょ?
なんていうか、家庭的っていうか(笑)
ダロワイヨのウィークエンドは、仕上げ段階でも非常に力を入れて作られている様子。
そこまでがんばって気取ったケーキにする気はなくて、作る方も食べる方も気楽なのが
一番だな~と思うので。
そして・・・「お店で買ったレモンケーキだって、ここまで美味しいの、食べたことないよ!!」
って叫びたくなる美味しさ!(笑)
↑いやぁ~、高級品は買わない主義なので・・・。(←夫が。汗)

こんなワタクシの創作レシピ、ここに公開いたします。
作り方も材料もごく簡単なので、我こそは!と思われる方、ぜひお試しを。

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Cake aux citrons


<材料(ケーキ本体)>
グラニュー糖 100g
全卵(M) 2個
薄力粉 80g
無塩バター 90g
ベーキングパウダー 2g(小さじ半分程度かな。)
レモン(中) 1個
製菓用アーモンドスライス(お好みで) 少々

<材料(グラサージュ)>
粉糖 70g
レモンの絞り汁 10cc(上の分量外)

<下準備>
・バターを室温にもどす。
・卵を30℃くらいにしておく。
・オーブンを170℃にセットする。
・レモン1個分の皮を黄色い部分だけすりおろし、汁を絞って
 両者を混ぜておく。
   ☆卵を30℃に・・・というのは、わたしは、できあがって火を
    止めていたスープのお鍋のフタの上に、卵を割り入れた
    器を乗せてしばらく置いておき、器の底を持って「冷たくも
    温かくも無い」くらいにあたたまった所で使いました。

<注意事項>
このケーキを作る際の決め手は、バターと卵を混ぜる際に分離しないよう混ぜる
ことだそうです。そのため、バターを室温にし、卵を30℃程度にあたためておきます。
それでも作業中に分離してきた場合は、ボールをドライヤーの熱風で時々少し温めて
ください。わたしはコレで非常に上手くできました。

<作り方>
1:バターをポマード状にし、砂糖と混ぜる。
2:卵をほぐし、少量ずつ4回に分けて 1 に加え、木べらで混ぜる。
  この際に、分離しはじめてしまったらドライヤーを。
  分離してうまく混ざらなくなった場合は、小麦粉をひとつまみ
  加えて混ぜるか、ドライヤーで温めてやると良いそうです。
3:ふるい混ぜた小麦粉とベーキングパウダーを加え、練らないように
 気をつけながらゴムべらで混ぜる。粉が消える程度に混ざれば良い。
4:レモンの皮のすりおろし&レモン汁1個分を加えて混ぜる。
5:170℃のオーブンで40分焼く。
6:レモン汁10ccを用意し、粉糖と混ぜてグラサージュを作る。
7:焼きあがったケーキを型から外し、網の上でグラサージュを塗る。
8:グラサージュをかけたケーキを、170℃のオーブンに戻して2~3分焼いて
 グラサージュを乾かす。

できあがり!

翌日以降に食べたほうが美味しいです。ラップして保存しておいてください。
日持ちは・・・パウンドほど長持ちしないのではないかと思います。
(ケーキ本体にレモン汁1個分を入れているのでしっとりしているから。長いこと
常温で置いておくと腐る可能性があるかな?と。3日程なら十分大丈夫でしょう。)


短期貸しアパートについて(3)

2006-04-24 23:12:46 | Weblog

先日からブログ上で話していたウチのアパート貸し出しについてなんですが・・・、
ようやく夫が腹を決めた様子です。
「短期貸し出しにすると、人が出入りするごとに手続きやらで時間を取られることに
なるから、やはりなんとしてでも長期間借りてくれる人を探そう。見つかりそうになければ
業者に頼もう。」と言い出したのです。
(短期で貸すことになりそうだから、わたしの友人たちにも当たってくれ、と言ったのは
彼のほうなのに!これだから双子座は・・・。)

というわけで、大変お騒がせしましたが、短期貸し出しの案は無しになりました・・・。

  お知り合いに話をもちかけてくださったみなさん、
   すみません & どうもありがとうございました。


中庭の春の様子

2006-04-22 01:39:17 | Weblog

今日、うちの中庭(日陰)の気温が、日中20℃近くまで上がりました。
とっても春らしい陽気!
でも実家に電話したら、広島県北の方は雪が降ったんだとか・・・。

さて、以前ご紹介した、ウチの中庭。
あれからまたグッと成長しました。

上の写真はスズランです。
2004年10月に苗を植えて以来、まだ花を見ていません・・・。
スズランは5月頃に咲くので、フランスでは5月1日にスズランの花を贈り合います。
人にこの花を贈ると、(贈った人に)幸運が舞い込むとかナンとか?そんな話がある
ので皆がスズランを買い求めるそうですが・・・。
ウチのスズランは、5月1日めがけて咲いてくれるのでしょうか。
(でも、4月29日~5月1日まで留守するんですけどね、わたしたち。)

今年ようやく咲きました! タイツリソウです。

花はわずか2輪だけ・・・でも、いいんです。嬉しいから、許す。(笑)
花の色は、数日前はもっと濃かったです。もう花も終わりになってきたので色が
薄くなってきています。
フランス語の俗称は「マリアのハート」です。花の形がピンクだしハートに見えるから?
日本語の俗称は「鯛釣り草」です。鯛を2匹釣り上げた姿に見立てているらしいです。
花が開くと下に白い部分が見えてきますが、花が開く前はしっかりと閉じてます。
その状態で見ると、本当にきれいなハート型に見えます。(ホントですよ。)
で、ちょこっと先が開いたくらいの状態で見ると、いかにも鯛が2匹釣り上げられた
ように見えます。でもそんな風に人間が考えているだろうなんてこと、花はこれっぽっちも
気にしてないんでしょうね。


随分と、ジューン・ベリーの葉が開いてきました。
花は一体いつになったら咲くの???
あと数年待たないとダメなのかなぁ・・・。

↓相変わらずの、プリムラ。

でも、わずかに黄色を残してくれてる・・・。
「コレでガマンしとけ!」ってか?
我が家のスズメはピラニアのようです。(汗)

↓た・に・くぅ~。 多肉の花が沢山咲きました。

去年より花が増えててウレシイです。
一昨年、夫実家からもらってきたキンシバイ。去年あじさいの下に植えてしまったので
瀕死の状態でした。(ちょっと渇き気味が良いらしいですね。)
わずかに生き残ったのを鉢に取り、こうして冬越し。
しかし・・・花を見るのはもっとずっと先になりそうですね。
観賞用アスパラくんは、今年も新芽をにょきにょき出してくれています。この子は強い!


見知らぬ客人

2006-04-21 20:02:51 | Weblog

先ほど、玄関のベルが「ピンポーン♪」と鳴りました。
この時間に鳴るとしたら、大体は荷物を届けに来てくれた管理人さんか、郵便配達の人。
でも、覗き窓から見えたのは、一組の夫婦でした。

扉を開けてみました。
40代後半か、50代と見える夫婦。
一体何なんだろう?とドキドキしはじめたところへ、旦那さまのほうからいきなり質問された。
「このアパートに前に住んでた者なんですが・・・何人も住人が変わってますか?
お宅はこちらを売られることは無いですか?」
立て続けに質問。
奥さまの方は、旦那さまのせっかちな質問を悪く感じながら、「借りてらっしゃる方
かもしれないじゃないの・・・」と言っていた。
はぁ?と思いつつも、とりあえず「わたしたちは2年前にここを買い、前の住人は女性で
25年ほど住んでいたと言ってました。」と話してみた。
すると、「25年・・・」と計算しはじめて、どうやら彼が売った後に買ったのが前の住人さんか、
もしくは間に数年間住んだ人がいるかもしれない、と話し始めた。
そんなことはどうでもいいことじゃないか。どうしていきなり知らない人を訪ねてそんな
話をしてくるんだろう? と、不審に思うわたし。(これは新手の地上げ屋か?)
ちょこっと疑いの心も備えつつ、相手の質問に答えていった。

そのやり取りは、はじめはまるで尋問のようでもあったけれど、だんだんと彼らの状況が
わたしも把握できるようになってきた。
つまりだ、彼らは現在リヨン市にある100平米のアパートに住んでいて、たまたま今回
パリに来ることがあったので、かつて住んでた地域を懐かしく思って寄ってみたところ、
郷愁に駆られ、またこの辺りに住みたくなって、ついドアのベルを鳴らしてしまった・・・
とまぁ、こんな感じでした。

いろんな質問をされた。
まずはわたしたちが買った時の値段、ここの実質の広さ、そしてこの地域の現在の雰囲気。
この質問・・・いかにも「買う気満々」といった感じ。
わたしたちは、まだ「売る」と言ってないぞーーーー!!
この辺りの不動産価格の高騰について、ちょっと的外れなあいづちを打たれたので、
「この辺の不動産屋の広告をよく見てください。今じゃ、この値段でストゥディオ(ワンルーム)
ですよ・・・。」と言ってやった。それくらい、わずかここ2~3年での地価高騰が
激しいのです。(現在、ちょっと横這いかな?でも下がる気配ナシ・・・。)

はっきりと言いはしないが、彼らはこの辺りにまた住みたいという希望を持っている様子。
「今は100平米のアパートを持っていますが、リヨンですからね。まだ安いですよ。」と
旦那さまは言っていた。果たして彼らにこの辺りの物件を買うだけの気力は起きるのか。
(リヨンの100平米を売って、パリの50平米以下に住めるのか?)

旦那さまが、「暖炉はまだありますか?」と聞いてきた。「まだ」って?
わたしたちが越してきた時には、暖炉はすっかり壁になっていたのです。
その壁をブチ破って、夫はそこに棚を作ってビデオデッキなどを入れている。
(いつでも暖炉再開できる状態にあります。)
「暖炉が、あったんですか!?」わたしはビックリして詳細を聞いてみた。
旦那さまの話によると、昔は黒い大理石製の暖炉があったそうな。今は床板にはめ込ま
れた赤い大理石の板が残っているだけで、それでかろうじて「ここはかつて暖炉だった」
とわかるのです。

何も無い壁だった所を切り開いて、暖炉のように再現したくて棚を作ってみたことを話すと、
どうにも旦那さまは中を見たいといった感じでウズウズしはじめた。

困った・・・こうして簡単に、知らない人を家に上げてもいいものなんだろうか?
ちょっと迷ったものの、でも、なんとなく彼らが「10年後のわたしと夫」の姿にも見えたので、
とっちらかっていたけれど、上がってもらうことに。

部屋に入る前に、「このアパート、暗いでしょ?」って言っていたから、上がってもらったら
部屋の蛍光灯を点けてみた。ブーンと音がして、200Vの電源が入り、蛍光灯が明るく
室内を照らしてくれた。旦那さまはすかさず袋小路に面した窓へ歩み寄り、
「そう、ボクはこの窓をずっと閉めてたからね・・・暗かったんだよ。」と。
(窓を閉めてた、と言っていたけど、要は「鎧戸」を閉めていたのです。防犯のため。)
窓があるのに窓として使っていなかっただなんて!
でも、旦那さまが住んでた時はまだ窓の外に鉄格子も無く、無防備な状態だったらしいから
仕方なかったのでしょう。

請われるがままに、結局全部屋を見せることになった。
居間から台所、そして寝室も・・・。
スペースを確保するために義父に作ってもらったメザニンを褒めてもらった。
彼らもわたしたちとほぼ同じ身長のカップルなので、すごく良いアイデアだと思った様子。

散らかってる部分は目に入ったのかどうかわからないけど、彼らはしっかりとポイントを
おさえて見ては、感嘆の声を上げていた。
わたしたち、けっこう素人ながら、家の改装がんばったのね・・・と義父母に感謝!
(義父母が居なければ、自分たちで改装なんてムリだったからねぇ・・・。)

騒音はありますか?と聞かれて、無言で天井を見上げて答えの代わりにした。(笑)
エッと驚いて「文句を言わなきゃ!」って叱咤激励してくれたけど、わたしたちは
越してきてわずか2年の新参者。そうそう文句を言える立場ではないと思っておりますので。
「でも、上の人、最近窓を防音窓に変えたから、以来騒音は少なくなりましたよ」って話すと、
そんなに音がしてたの?とビックリされました。(苦笑)
なんせ、父親が娘の名前を怒鳴り散らしてるんですから、ね・・・。

そんなこんなで、突如の「お宅訪問」は約20~30分ほどかかりました。
「お時間取らせてしまって申し訳ありませんでした。」と丁寧に言って去ろうとした時、
旦那さまが「もう一度言いますけれど、ここは本当によく暖房が効いてますね!」と言った。
旦那さまが若かった頃には小さな電気式暖房機が一つだけで、冬場はガタガタ震えて
暮らしていたらしい。暗くて、寒い部屋。それが彼のイメージだったのだろう。
すっかり「明るくて暖かい部屋」に変わっていたので、よほど印象的だった様子。
去り行くご夫婦にわたしは答えました。
「暖房・・・鳥がいますからね。」
すると、旦那さま、
「えっ?? 鳥のため、ですか?(笑)」って。
ん~、鳥のためでもあり、寒がりなわたしのためでもあるけれど。(笑)
(↑半々です。)
☆ウチの居間の平均室温は21.5℃前後なのです。


さて。
こんな風にしていきなり訪れた「お宅拝見」、みんなだったらどうする?
部屋に入ってもらった?

わたしは・・・本当なら、そういうのはすごく嫌いなんだけど、このアパートに住み始めてからは
考え方がちょっと変わりました。
このアパートは築100年以上経っていて、わたしたちは5代目の住人くらいに当たると
思う。(そういう書類が、アパートの権利関係の中にありました。)
そう、このアパートはわたしたちよりもずっと年上で、長生きしてる。いろんな人たちの
生活を見てきたアパート。
わたしたちも、10年後にはもうこの部屋にいないかもしれない。
そう考えると、「このご夫婦は、わたしの部屋ではなく、このアパートを見に来たのだ」
と思える。そう、昔懐かしいアパートに会いに来たのです。
そう考えてしまうと、「どうぞ、上がってください。散らかってますけど。」ってつい言ってしまう。

旦那さまに、電話番号とメールアドレスを聞かれたので、夫のそれを答えておいた。
今夜夫が山から戻るので、報告しなければ。
さぁて・・・何と言われるかなぁ・・・(汗)
(怒られるかなぁ・・・・ うぅぅ・・・。)


短期貸しアパートについて(2)

2006-04-20 04:13:20 | Weblog
思いもかけず早々に多くの方に反応していただいて、ちょっとビックリしてます。
(みなさんありがとう~~~!)

でも実のところ・・・まだどうするか、夫も決断しきれていないんです。
まずは不動産屋さんと話し合いたい、と言っています。
それは多分来週のことになると思うので、何か決まってきたらまたこのブログに
書きますね。

そういう現状なので、まだネット上で広告を出したりはしていません。
今回お友達のみんなに声をかけているのは、「できれば知ってる人に貸したい」という
夫の希望を踏まえてなんです。一般に広告を出す前に、知人をまず当たってみよう、と。

そういうワケなので、有志の皆さんがた、宣伝活動は今しばらくお待ちください。
何か具体的に決まる段階になってきたら、ぜひともよろしくお願いします!

モンマルトル観光案内

2006-04-19 18:57:00 | Weblog

ウチの“夏季限定”短期貸しアパートについて書いたので、ついでにモンマルトルに
ついても少し書くことにします。
・・・と思ったところで、思い出しました。
昔、サイトを作っていたんです。
もう何年も更新してないので、とっくに消されてるだろうと思ったんですが・・・まだ入ることが
できたので、↑リンクを貼ってみました。
2001年、まだわたしがフランスに完全移住していない時期に作ったサイトです。
(夫と結婚する前・・・ ひぇ~! 笑)
その頃、まだ通貨はフランでした。

さてさて。
わたしの暴露話は上のリンク先で読んでもらうことにして・・・、
今回、モンマルトルにしか無いモノについて書きますね。
それは、モンマルトルの地ワインです。


モンマルトルの丘の上あたりに、いまだに現役のぶどう畑が残っています。
かつて、モンマルトルは「粉引き小屋(風車小屋)とぶどう畑」からなるパリ市郊外の
田舎町だったんです。丘(=風が強い)という立地を利用し、風車による粉引きが
盛んに行われていたそうで、だからこそ、丘の下に立つキャバレーが「ムーラン・ルージュ(赤い風車)」
という名前なのです。風車はこの丘のシンボルでもありますが、それは単にムーラン・ルージュ
から来ているのではなく、かつての粉引き産業からきているのだと思うわたし。

丘の上に向けルピック通りを歩いていくと、古い古い壊れかけの風車があります。
これは「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の風車。かつて本当に利用されていた、現存の、
ホンモノの丘の風車はこれ一つだけです。そしてそこにかつてのダンスホールがあり、
現在はレストランとして営業されています。(レストランの看板として、新しい風車が
作られています。)
かつてのダンスホールの様子はルノワールが描いています

丘の上にあるぶどう畑のすぐ横の建物に、かつて、ルノワールは住んでいたそうです。
そのぶどう畑の正面に、オ・ラパン・アジルがあります。こちらは現在もシャンソン酒場として
健在です。
丘の上のぶどう畑は、現在ではパリ18区の市役所職員さんたちの管理下にあり、
毎年職員さんたちの手でワインが作られます。
そう、実は、素人仕事なんです・・・。(とはいえ、作り方のイロハくらいは勉強してから
やってるだろうと思うけど・・・。)
そしてできあがったワインは瓶詰めされ、翌年以降に販売されます。
それがこの、モンマルトルの地ワインです。

これは2000年産のモンマルトル・ワインです。
えっと・・・1本35ユーロくらいしたかな?(汗)けっこうなお値段します。
(でも、値段が味に比例しているとは絶対に思わないでください。値段は純粋に希少価値に
比例してます。笑)
このラベルは2000年のものです。毎年違うデザインのラベルなんです。
それは、毎年行われる「モンマルトル ぶどうの収穫祭」のポスターをラベル・デザインに
利用しているからなんです。

ぶどうの収穫を祝って、モンマルトルでは毎年10月上旬に大々的な収穫祭が行われます。
「パリで唯一の」ぶどう畑ですから、テレビでも報道されて話題になります。
当日はパレードが行われ、期間中には沢山の催し物や屋台が並びます。
去年の屋台の様子は こちら(1) と こちら(2) で紹介してます。


このワイン、夫がウチの両親にプレゼントしたいと言って買ったものです。
わたしたちが結婚した年に買って、おみやげにあげたと思います。(随分前のことのように
感じますが、ほんの数年前なんですよね・・・。)
もともとわたしが「飲んでみたい!」と言ってたのに夫が反対していたんですが、
そのうちに今度は夫が「yacoのお父さんにプレゼントしたい!」って言い出したんです。。。
わたしたちはぶどうの収穫祭の時に買いましたが、それ以外の時に購入する場合は
たぶん、丘の上の観光案内所に問い合わせれば買えると思います。

モンマルトルの「ぶどうの収穫祭」での中心行事は「ぶどうを切る」儀式的行為です。
モンマルトルの地域会の主賓の方々がハサミを各自手に持ち、収穫祭用に残された
ぶどうの房をテープカットのように一斉に切るそうです。
(実は、まだコレを実際に見た事ないんです・・・。)
実際のぶどうの収穫は時期を見計らって行われるので、収穫祭に前後してしまいます。
そこで、こうして儀式用にいくつかの房を残しているようです。
収穫祭にはフランス各地のワイン・カーヴが来て自分とこのワインを宣伝したり、
地方の食べ物を売るスタンドが出たりします。ワイン好きの「のん兵衛さん」には
とっても嬉しいお祭りですよ!(笑)

で、わたしはこの地ワインの味を知らない・・・ハズなのですが、なぜか知ってる。
実は、グラスで飲んだんです。(うふっ♪)
モンマルトル(アベス駅地上)で毎年5月だったか6月だったかに、「さくらんぼの季節」
(確か Le temps de serises だったと思います)っていうヘンな名前の行事があります。
ただ単に市役所のブースが出てかつてのモンマルトルを偲ぶ写真を公開し、モンマルトルグッズ(!)
を売ったりするのがメインで、その脇にコバンザメ状態に屋台が少し出る程度です。
この行事にて、モンマルトル・ワインをグラスで売っているのを発見!
そして1杯買って味見しました。
お味は・・・ 「う~ん・・・マズイ!」←飲んだのは青汁ではない。
なんか・・・渋みがキツすぎるというか、料理用ワインを飲んだ気分でした。(ワインを知らない
素人のわたしの感想ですよ!)
このワインの風味、ぜひとも田崎信也氏にじっくり解説してもらいたいです。


モンマルトルって、パリの中にある「田舎」なんです。
わずかここ数年で地価高騰、個人商店が潰れて携帯屋や不動産屋になってたり、
チェーン店の支店ができたりして雰囲気が変わってきてますが、それでもかろうじて「田舎っぽさ」
は保っています。いや、地元の人たちが保とうと努力しているのでしょう。
首都における田舎。これがモンマルトルの魅力!
丘のてっぺんは高級住宅街だし、今わたしが住んでる場所も、夏季限定・短期貸しアパートの
ある場所も年々地価が上がることはあれど、下がることは無い場所です。それでも、何か
ホッとさせてくれるものがここにはあるのです。

丘の上からエッフェル塔を眺めてみると、「パリはあそこだ~」って気分になります。
そう、パリにいるけど、パリじゃない気分。

だって、ここは「モンマルトル」なのですから。


パリ 短期貸しアパート

2006-04-19 03:09:23 | Weblog

<追記>
結果的に、アパートの短期貸し出しはしないことになりました
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これ、わたしたちが前に住んでた部屋の写真です。
夫がすでに買い上げているアパートで、今は人に貸してるんですが、その人が来月中に
部屋を空けることが決まったと今日、連絡が入りました。
夫は慌てて次の借り手を見つけようとちょっと焦ったようですが、冷静に考えてみても、
今は「卒業時期で皆が部屋を出たがっている」のと続いてやってくるヴァカンスとで、
部屋貸しには向いてない。貸すとしたら9月・・・。
というワケで、思い切って「6月、7月、8月の3ヶ月間、部屋を貸します」ってしたほうが
良いかも?と思えてきたのです。
それで、これを読んでるお友達のみんな、もしくは知り合いに、「この夏パリに短期滞在
したいな~」って人がいたら、ちょっと声かけてみて欲しいんです。

キッチン

貸す単位は、もしくはです。
月だと720ユーロ(電気代、水道代込み)です。
(週貸しの料金はまだ決めていません。。。)
広さは22平米。日本式の3階、南側の部屋(景色見えません)。エレベータ付き。
(知り合い間の貸し借りなので、敷金とかそういう面倒なお金はナシです。)
場所はモンマルトル。パリ18区。サクレクール寺院近く。
最寄りメトロ「アベス駅 Abbesses(12番線)」まで徒歩5分。

メザニンからキッチンを見る

詳しいことは、もしこの内容に対してコメントかメールで反応があれば、また記事にするか
メールで直接お知らせします。

シャワー室・洗面所&トイレ

3ヶ月間の家賃収入が無くなると、けっこうイタイです・・・。
これをウチの今住んでるアパートのローン返済に充てていますから。
夏の間、煮干にならないようがんばって借り手をさがさなきゃ~。
みなさん、よろしくね~。

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<追記>
フランスで ストゥディオ と呼ばれる部屋タイプです。
(日本で言う「ワンルームマンション」の感覚。)
主室(居間兼寝室)にはメザニン(2段ベッドの上段だけのようなもの)があり、
そこに大人2人がムリなく寝ることができます。(クイーンサイズ)
カップルの滞在にオススメです。
ベッドの下のスペースが居間として使えます。


エタン -フランスの錫製品-

2006-04-18 19:14:41 | Weblog

わたしの好きなテーブルウェアの素材の一つに、錫(スズ)があります。
もうかれこれ、10年以上も憧れ続けています。
生まれて初めて錫の食器を目にしたのは、京都・北山の F.O.B COOP にて。
今でもどんなデザインのだったかハッキリ覚えています。
重厚かつシンプルなデザインのお皿で、見た目はちょっとばかしアルミやブリキに
似た、鈍い光沢のある金属。持つとずーっしりと、重い。それが何かわからずに
店員さんに聞いたんだったか、説明書きを読んだんだったか、それで「錫」という金属
について初めて知ったのです。
確かに、手仕事の番組で、錫を使って燗する容器などを作っているのをテレビで
見たことがあったけれど、錫製品を“若い人向け”のお店で目にしたのはこれが
はじめてでした。その重み、鈍い光沢から、自然と中世ヨーロッパのイメージが
沸いてきて、そうか、これなんだ!とひらめいた。
(欧州の時代モノ映画を見ていると、頻繁に錫製品が出てきますよ。)
その当時、大学に入りたてだったわたしはそのお皿を買うお金が無く(確か1枚5000円
くらいだったかな、10以上年前ですが。)狭い部屋なんだし、どうせ日常では使わない
のだから・・・と自分を押し殺して、いつもその店で眺めるだけにしてました。

この錫製品、フランス語では Etain(エタン)と言います。フランス各地で作られている
ようです。夫の出身地アンジュー地方でも、アンジェ市にて盛んに作られています。
でも、確かにアンジェの錫製品も悪くは無いのだけれど、あまりにきっちりしすぎて
いる嫌いがある。F.O.B COOPで見て憧れたあのお皿、表面がごつごつとしていて
岩肌のようで、そこが朴訥とした感じでとても心地よかったのですが。アンジェのそれは
木型に押し当てられて作られるので、表面がステンレスみたいにつるんとしていて、
とても人工的に見えます。
(フランスの一般的な錫製品の写真です。参考までに。)

なかなかわたしの心の琴線に触れることが無かったフランスの錫製品ですが、
ある日とうとう出会ってしまいました・・・。
パリ6区、オデオン近くにある錫製品のお店。ネットで錫製品販売店を検索していて
偶然発見。そしてこの店の商品にヒトメボレ。
それが上の写真です。
(実は、ウチの両親への退職記念にと思って買った品。これから実家に送るところ
なんです。)
銀製品のような色合い・輝きのこの錫製品。しかし表面は少しでこぼこしていて、
素朴な味わいがあります。それは、数世紀前の錫製品を型取りして作ることにより
従来の錫製品とは違う、味わいのある質感のものを作っているからです。
全体の姿は、こんな感じ↓です。

これは小皿ではなく、ワインボトルを置く時の「露受け」です。
白木のテーブルやきれいなナプキンをかけているテーブルには、これがあると
輪染みなどがつくのを防げます。
手で表面を触ると、うっすら指先で感じるでこぼこ。そこに温かみを感じます。
この露受けに、文字入れをしてもらいました。
    “Nouvel envol”
        Mars 2006
( 新たなる飛翔 2006年3月 )
お店の人に一緒に考えてもらったこの文句。第二の人生のスタートにもってこい
だと思います。

この露受けとセットにして贈るのが、↓このカップ。(カップは2個セットで買いました。)

さほど大きくないところがまた魅力です。
つまり実用的なのです。
こういうものは、実際に使って楽しまなければ意味が無い。
このくらいのサイズであれば、ワインでも、ビールでも、時には冷酒でもイケそう。
実はこれ、夫の家族たち皆で割り勘のプレゼントなんです。皆でカードにメッセージを
書きました。
両親に、フランスにいる“親戚たち”を思いながら乾杯してもらいたいです。
「酒は百薬の長!」なんて言いながら。(笑)

この、パリ6区にある錫製品店、残念なことに閉店予定らしく、早ければ今月中にでも
店を閉めると店の女主人が言ってました。
とってもとっても残念です。
このお店を知ってからわずか2年ほどなのですが、その間に何度もこのお店へ
足を運び、魅力的な錫の世界に浸り、女主人と錫の魅力についての話で盛り上がり、
そして何度かプレゼント用に小さなものを購入しました。
いつかは自分たち用に何か買おう。そう思っていたのですが、生憎今はそんな
余裕の無い時期ですから無理。「あと5~6年したら夫のお給料もよくなるだろうから」
なんていうわたしの期待とは裏腹に、店が消えそうなんです。
寂しい・・・かなり寂しい。
自分に、あれこれと買えるだけの財力が無いことも悔しいですが、この店が無くなる
ことにより、パリの街からまた一つ、素晴らしいものを伝えてくれる場所が減るんだ、
そういう気がするんです。

この店が本当に無くなってしまったとしたら、この味わい深い錫製品を買うことができるのは、
もやはミュージアム・ショップくらいしかありません。(そこにはレプリカの錫製品が売られて
いて、見た目もほぼこの店のと同じです。同じ工房出身なのかもしれません。)
一昨日くらいまでは開けていたお店の通販用サイトも、昨日から開けなくなっています。
どうして???