暇人に見て欲しいBLOG

別称(蔑称)、「暇人地獄」。たぶん駄文。フリマ始めました。遊戯王投資額はフルタイム給料の4年分(苦笑)。

謎の男「ある」

2006年02月10日 08時15分49秒 | 小説系
 ぼくがその回転寿司屋さんに行ったのはもちろんお寿司を食べるためだった。
 マグロにサケにイクラにタマゴ。色々食べた。
 しかし今になってよく考えてみると、ぼくはお寿司を食べていないのである。
 くそ、あのおやじ……。

 その日は祝日で学校が休みだった。
 ぼくは一人っ子で母親がいない。男手ひとつで育てられた。シングルマザーというのはよく聞くが、うちの場合はシングルファーザー……いや、シングルパパである。ファーザーというほどかっこいい父親ではない。
 いつもは学校の給食を食べている時間。今日は親父が年中無休で働いている回転寿司屋「パパイヤン・ナイト」で昼食をとることになっていた。
 自転車で数分の場所にある、一階建てのせまくて不恰好な店。一見しても何の店なのか分からない灰色がかった壁と板チョコのようにしか見えない扉。窓なし。
 チョコ――扉を開けると案の定、
「うわ、びびった……」
 通りすがりの若者が驚きの声を上げた。そりゃ、こんなの扉に見えないよな。
 いやそもそもこの建物が店だということすら分からんのじゃないか。かまぼこ板で作った表札みたいな看板が唯一の判断材料であり、しかもそこには店名「パパイヤン・ナイト」と筆で書かれているだけなのだ。外人の家だと思う人のほうが多いかもしれない。
 そんな馬鹿馬鹿しい回転寿司屋――こんなのが父親の職場だとは悲しすぎるがもう慣れた――に、ぼくは足を踏み入れた。
 いつもならここで「らっしゃーい!」という親父の明るい声が聞こえるのだが、
「…………」
 無音である。いや、回転寿司の機械が回る音はちゃんと響いている。ガタガタ……。
 せまい店内を見回してみるが、誰もいない。そして回っている機械の上には寿司がのっていなかった。
「おーい、親父! なにやってんだ、出てこいよ!」
 昼飯時だというのに客のいない店内で、ぼくはとりあえずそう叫んでみた。
「はーい、なにアルか?」
 しかし店の奥から出てきたのは親父ではなく、怪しい中国人風の中年おやじだった。
 馬鹿な。親父はいつも一人で働いているはずだ。弟子は取らないとかそういう志が理由ではない。店が繁盛しないので誰も雇えないだけである。
 しかし現実に、店員らしき中国人がここにいる。なぜだ?
「あの、あなたは誰ですか」
 謎の中国人は自分を指差して、
「ミーのことアルか?」
 と言った。他に誰がいる?
「そうです。あなたは誰ですか? 親父はどこに……?」
「ミーはここのテンチョーにお店任されたあるアル」
 あるアル? あぁ、「ある」という名前なのか。まぎらわしい。
「お店を任された? あなたは一体何者なんですか」
 謎の中国人マフィ――じゃない、中年おやじは困った顔をして、
「何者と聞かれても困るネー。名前はさっき言ったアルから、出身地言えばいいか?」
「はい」
 くそ、話がなかなか進まない。これだから外国人はいやなんだ。
「熊本県アル」
「――はぁ?」
 おもわず聞き返してしまった。日本人か! まぎらわしいしゃべり方するな!
「熊本の山奥ダニ」
 ……あの、なんか口調変わってますけどー。
「そうですか。で、あなたの立場は?」
「料理長アル」
「店長はどこに?」
「テンチョーはいない。出かけたアルよ」
「で、今はあなたがこの店を任されている、と?」
「そうざんす」
 ……ノーコメント。
「ま、いっか。じゃあ、なんかにぎってくださいよ」
 すかさず手を握ってくる中年おやじ。
「……あの、そうじゃなくて、お寿司をにぎってください!」
 声を荒げてしまった。一向に話が進まなくて、ぼくはイライラしていたのだ。
「そうか、早く言えアル」
 それぐらい言われる前に分かれ!
「ネタはなにがいいアル?」
「なんでもいいですよ。とにかく早くお願いします」
 ぼくは努めて冷たいとげのある口調で言った。
「うう……、そんな恐い顔しないでチョ。わかった、すぐ作る」
 中年おやじは迅速に行動した。意外に素早い動きで寿司をにぎっていく。
 一分と経たないうちに料理が出てきた。さすが料理長。しかし――、
「これ、なんですか」
 ひとくち大のにぎり飯の上に、正体不明の物体がのっている。なにか透明なぷるんとした物体である。
「見れば分かるネー。寒天アル」
「は? なんで寒天なんですか!?」
「たまたま目の前にあったから使ってみたのでアル」
 急に偉そうになる中年。
「あんた馬鹿か。こんなの美味しくないに決まってんだろ! あぁ、クソ。わかった、ちゃんと頼めばいいんだな!? ――じゃあ、赤身!」
「了解アル」
 すでにさばいてあったのか、数秒で赤身が出てきた。しかし――、
「おい、なんだこれは! 飯がねぇじゃんか!」
 半分キレた。こいつはアホか。
 また怯えだした中年は、はい、すみません、と泣いて謝った。
「まぁ、これはこれで刺身としていただこう。――じゃあ、次はサーモンね」
 再びはい、と情けない声を出して中年が手を動かしはじめた。また数秒で出てくる。
 …………絶句。
 最初に出てきた寒天にぎりの上にサケの切り身をのせただけの代物がそこにあった。
「あんた……ナメてんのか?」
 キレちゃった。しかし、一瞬の後、かろうじて理性を取り戻す。
「しかたないな。これもサーモンだけいただく。つぎ失敗したら、どうなっても知らないからな? ――イクラの軍艦巻き」
 ひぃい、と悲鳴のような返事をして、中年は作業に取り掛かった。三十秒ほどして、今度こそ普通のイクラが登場した。
「やればできるじゃないか」
 ぼくは少々機嫌を取り直して、待ちに待ったそれを口の中に放りこんだ。
 …………?
 味がヘンだ。おかしい、何かが足りない……。もしや……。
「おい、おっさん!」
 中年が怯えて目をつむった。
「あんたもしかして、酢飯も作れねぇのかい?」
 足りなかったのは酢だった。酢の利いていないただのご飯粒をコイツはにぎっていたんだ。
「…………」中年は答えない。
「黙ってねぇで何とか言ったらどうなんだ! エぇ!?」
 凄んでみせるが余計怯えるだけで返事をしない。
「ちっ、しかたねぇ。次で最後だからな? もう俺も我慢の限界だ。いいか? 失敗は許されないぞ? ――タマゴよこせ」
 中年おやじは急に顔をあげて、こくこくとうなずき、
「それなら簡単デスラー」
 と宣言して、なぜだか店の奥へ消えた。
 ぼくは外の景色が見たくなって後ろを振り返ったが、もちろん窓がないので外は見えなかった。そこへ後ろから声がかかる。
「へい、おまち!」
 ぼくは無意識に手を伸ばしてそれを受け取った。
 …………
 …………
 それはとてもきれいな卵形のものだった。
 というか、卵だった――。
 うぎゃ、という悲鳴が店内にこだまする。
 ぼくは生卵を目の前の男の顔面に豪快に投げつけて、店を出ていった。板チョコを強引に押し開けて。

 そうだ。ぼくは間違っていた。マグロもサケもイクラも食べたけど、タマゴは食べていなかった。
 ちなみにこの料理長なる人物の正体は、数日経った今でも不明である。
 親父に尋ねてみたが、なに寝ぼけたこと言ってんだ、俺が店を休むかよ、と笑われた。
 あれは夢だったのだろうかと思いかけたそのとき――、
「でもそういえば、生卵で床が汚れていたっけ」
 親父はそう言った。


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