どうしよう。
いま、知人が部屋に来て無言でパソコンをつついている。
ぼくのパソコンではないのだけど、パソコンつつくなら自分の部屋でやってほしいものだ。
そうは思っても、ぼくは口に出したりしない。
他人を不快にさせるのが、――怖いんだ。
なぜだか知らないけれど、そう思う。だから、何も言えない。ただ不満がわだかまるだけ。
臆病者なのだ。
ジュースを買いたくても自販機の前に人がいて買えない。そういうのと一緒だ。
それは、意気地がないとかいうレベルではなくて、ほとんど病的なまでに、他人を恐れている――対人恐怖症というものだった。
理由はわからない。
なぜこんなにも他人が怖いのか、他人といることが不快なのか。他人に怯えるのか。
わからない。
過去のトラウマが原因。
そう言ってしまえばその通りなのだろう。
だけれどぼくには、そんな大した過去はない。
ただ、軽く、冗談のように、いじめられていただけだ。
それももう、かなり昔の話で。記憶だって霞んでいる。
具体的に何をされたのか、あまり覚えていない。でも全く覚えていない、というわけでもなかった。
思い出したくない過去、というほどのものでもない。
ごくごく普通の、どこの学校でもあるような、本当に軽い、いじめだった。
小学校高学年から中学三年までの約5年間。
ゆるーくゆるく、泣かないていどに、先生に見咎められないていどに、仕返ししないていどに、いじめられていた。
でも、別にそこまで考えて加減していたわけではないだろう。ただ単に、浅はかだったというだけだ。悪質でも陰湿でもなく、お遊びていどの、馴れ合いていどの、ことだった。
そう。それだけの、ただそれだけのことだった。
だから。そんなことが、そのていどのことが、トラウマになるとは思えない。
トラウマというのは、もっとこう、親に虐待されたとか、「死ーね死ーね」の大合唱にあったとか、何日も監禁されたとか、友達全員に裏切られいじめられたとか、そういう壮絶な凄絶な体験が原因で引き起こされるもんじゃないかと思う。
そんなまさか、ひよっこの子供に軽くからかわれたぐらいで、人間不信とか対人恐怖症とか、なるわけないだろう。
なったら、馬鹿だろう。そのていどで。ありふれた日常で。
ちょっとしたジョークで。ちょっとした冗談で。本気でない言葉で。本気でない、ただの遊びで。ほんの気まぐれで。
そんなこと、そんなこと、
そんなこと、そんなこと……あるわけ……、
「ないじゃないか――ッ!?」
「どうしたんですか、**くん」
教師の冷たい声。その一瞬あとに沸き起こる、笑い声――嘲笑、失笑。
ぼくは、生徒のひしめく教室の真ん中で、突っ立っていた。
そう、今は授業中だった。すっかり、失念していた……。
鳴り止まない嘲笑失笑の嵐。笑う笑う笑う笑う。
目の前が真っ白になって、力が抜けて、すとん――と体が落ちる。
教師は、何も言わない。何もしない。では、何をしていたのだろう。俯いていたぼくには、わからない。
…………?――――
違う。
ぼくは自分の部屋にいたはずだ。そして知人が無言でパソコンをつついていて、それが鬱陶しくて…………
なにが、起きている??
なにが、起きている??
ぼくは、どこにいるんだ??
ぼくは、なにをしているんだ??
ぼくは、なんなんだ??
ぼくは、なんなんだ??
ぼくは、どうしちゃったんだ??
ぼくは、ぼくは、
ぼくは、ぼくは――??
………………………………
停止する思考。
真っ暗な視界。
何もない感覚。
しかし、音は、聞こえていた。
たしかに、この耳に、はっきりと――。
「おまえの顔、キモいんだよ、消えろ」
「わたし、あなたがそんなに酷い人だとは思ってなかった」
「おえぇ、気持ち悪ぅ」
「サイテー。もうわたしに近寄らないで。消えてくれる?」
「そこのゴミ、早くゴミ箱に入れよ」
「もう顔も見たくない。死んでよ」
「死ねよ」
「死ね」「死ね」
「死ね」「死ね」
「死ね」「死ね」
「…………。――――っ!」
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
「え……おい……?」
「せんせぇーッ! せんせぇーッ! ……」
………………
………………
――――ようやく思い出した。
そうだった。
ぼくはもう。
…………死んでいるのだった。
つまらない、くだらない、意味のない、本気じゃない、言葉で。
死んだのだった。
ほんと、馬鹿みたいだ。
いま、知人が部屋に来て無言でパソコンをつついている。
ぼくのパソコンではないのだけど、パソコンつつくなら自分の部屋でやってほしいものだ。
そうは思っても、ぼくは口に出したりしない。
他人を不快にさせるのが、――怖いんだ。
なぜだか知らないけれど、そう思う。だから、何も言えない。ただ不満がわだかまるだけ。
臆病者なのだ。
ジュースを買いたくても自販機の前に人がいて買えない。そういうのと一緒だ。
それは、意気地がないとかいうレベルではなくて、ほとんど病的なまでに、他人を恐れている――対人恐怖症というものだった。
理由はわからない。
なぜこんなにも他人が怖いのか、他人といることが不快なのか。他人に怯えるのか。
わからない。
過去のトラウマが原因。
そう言ってしまえばその通りなのだろう。
だけれどぼくには、そんな大した過去はない。
ただ、軽く、冗談のように、いじめられていただけだ。
それももう、かなり昔の話で。記憶だって霞んでいる。
具体的に何をされたのか、あまり覚えていない。でも全く覚えていない、というわけでもなかった。
思い出したくない過去、というほどのものでもない。
ごくごく普通の、どこの学校でもあるような、本当に軽い、いじめだった。
小学校高学年から中学三年までの約5年間。
ゆるーくゆるく、泣かないていどに、先生に見咎められないていどに、仕返ししないていどに、いじめられていた。
でも、別にそこまで考えて加減していたわけではないだろう。ただ単に、浅はかだったというだけだ。悪質でも陰湿でもなく、お遊びていどの、馴れ合いていどの、ことだった。
そう。それだけの、ただそれだけのことだった。
だから。そんなことが、そのていどのことが、トラウマになるとは思えない。
トラウマというのは、もっとこう、親に虐待されたとか、「死ーね死ーね」の大合唱にあったとか、何日も監禁されたとか、友達全員に裏切られいじめられたとか、そういう壮絶な凄絶な体験が原因で引き起こされるもんじゃないかと思う。
そんなまさか、ひよっこの子供に軽くからかわれたぐらいで、人間不信とか対人恐怖症とか、なるわけないだろう。
なったら、馬鹿だろう。そのていどで。ありふれた日常で。
ちょっとしたジョークで。ちょっとした冗談で。本気でない言葉で。本気でない、ただの遊びで。ほんの気まぐれで。
そんなこと、そんなこと、
そんなこと、そんなこと……あるわけ……、
「ないじゃないか――ッ!?」
「どうしたんですか、**くん」
教師の冷たい声。その一瞬あとに沸き起こる、笑い声――嘲笑、失笑。
ぼくは、生徒のひしめく教室の真ん中で、突っ立っていた。
そう、今は授業中だった。すっかり、失念していた……。
鳴り止まない嘲笑失笑の嵐。笑う笑う笑う笑う。
目の前が真っ白になって、力が抜けて、すとん――と体が落ちる。
教師は、何も言わない。何もしない。では、何をしていたのだろう。俯いていたぼくには、わからない。
…………?――――
違う。
ぼくは自分の部屋にいたはずだ。そして知人が無言でパソコンをつついていて、それが鬱陶しくて…………
なにが、起きている??
なにが、起きている??
ぼくは、どこにいるんだ??
ぼくは、なにをしているんだ??
ぼくは、なんなんだ??
ぼくは、なんなんだ??
ぼくは、どうしちゃったんだ??
ぼくは、ぼくは、
ぼくは、ぼくは――??
………………………………
停止する思考。
真っ暗な視界。
何もない感覚。
しかし、音は、聞こえていた。
たしかに、この耳に、はっきりと――。
「おまえの顔、キモいんだよ、消えろ」
「わたし、あなたがそんなに酷い人だとは思ってなかった」
「おえぇ、気持ち悪ぅ」
「サイテー。もうわたしに近寄らないで。消えてくれる?」
「そこのゴミ、早くゴミ箱に入れよ」
「もう顔も見たくない。死んでよ」
「死ねよ」
「死ね」「死ね」
「死ね」「死ね」
「死ね」「死ね」
「…………。――――っ!」
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
「え……おい……?」
「せんせぇーッ! せんせぇーッ! ……」
………………
………………
――――ようやく思い出した。
そうだった。
ぼくはもう。
…………死んでいるのだった。
つまらない、くだらない、意味のない、本気じゃない、言葉で。
死んだのだった。
ほんと、馬鹿みたいだ。
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