暇人に見て欲しいBLOG

別称(蔑称)、「暇人地獄」。たぶん駄文。フリマ始めました。遊戯王投資額はフルタイム給料の4年分(苦笑)。

ショートショート「似合わないメガネ」

2006年12月16日 19時11分52秒 | 小説系
 わたしにはかっこいい彼がいる。ひとつ年上の大学生で、背が高くて超美男子。でも大学も彼の自宅もわたしの家からは遠く、ちょっとした遠距離恋愛である。
 彼の名前は又沼浩二(またぬまこうじ)。わたしは「浩二さん」と呼んでいる。ちなみに彼はわたしのことを千恵ちゃんと呼んでくれる。男の人からちゃん付けで呼ばれたのは初めてだったので、呼ばれるたびにドキドキするのだ。
 今日は久しぶりのデート。わたしの家までマイカーで迎えに来てくれた浩二さんは、キラキラした笑顔で「久しぶり」と言った。わたしは彼のメガネ越しの視線にキュンとなるのだ。
 わたしは車のことには詳しくない。だから浩二さんのマイカーがどんなにすごいかはわからないが、左ハンドルのかっこいい車だった。わたしは短めのスカートを整えながら助手席に座った。
 ドライブは初めてだった。事前に行き先は決めていなかったので、「どこにいこうか」と聞かれた。わたしは少し顔を赤くさせて、「浩二さん家の近くに行ってみたい……」と素直に言った。内心ドキドキだった。
 いいよ。彼はそう言って車を発進させた。わたしは緊張で言葉が出せず、しばらく会話はなかった。カーステレオからはミスチルの曲が流れていた。
 そうしてやってきたのは、わたしの住んでいる田舎とは全然違う、にぎやかな都会だった。車も人も自転車も、比べ物にならないほど多く、建物の数も高さもすごくて、町というより街だった。建ち並ぶたくさんのお店から、クリスマスソングが聞こえていた。
 やがてわたしたちはレストランに入った。注文を終えて彼はすぐトイレに行ってしまった。我慢していたのかもしれない。
 戻ってきた彼の顔を見て、わたしはクスリと笑ってしまった。メガネがズレていたからだ。彼は顔に似合わずおっちょこちょいなのか、ときどきメガネがズレていたりする。そこがなんかかわいくて、わたしはいつも、「メガネ、ズレてるよ」と言って位置を直してあげるのだ。そういう瞬間、わたしは幸福を感じる。
 ちょっと歩こうか。彼はそう言って街を歩きはじめた。しかし彼は手をつないでくれず、先に行ってしまう。いつもそうなのだ。手をつなごうとすると、恥ずかしいよ、と言ってポケットに手をつっこんでしまう。顔に似合わず、恥ずかしがり屋さんなのだ。そこがまたかわいくて、わたしの胸がキュンとなる。幸せだなぁ、と思った。
 街にはかわいい女の子がいっぱいだ。どちらかと言うとブサイクなわたしは、だから不安になる。彼はかっこいいし優しいから、他の女の子にとられてしまうかも……と、つい思ってしまうのだ。でも大丈夫だよね、わたしたち恋人同士なんだから。
 わたしはずっと彼の横顔を眺めることにした。彼はよくメガネをはずす。頻繁にレンズをふくのだ。几帳面というか潔癖症なのだろう。そしてわたしはその瞬間がたまらなく好きだった。なぜなら彼の美しい素顔が見られるからだ。実は、浩二さんはメガネのない素顔のほうが、かっこいいのだ。メガネをかけているときよりも、メガネをはずしたときのほうが、なぜか眼がパッチリしている。本当はメガネが好きじゃないのかもしれない。そしてきっと、コンタクトのほうが嫌いなのだろう。
 突然、彼の顔色が変わった。驚いたような表情になり、口がぽかんとあいている。
 わたしは彼の視線の先を追った。
 それは目の前だった。そこにはいつの間にか、かわいい女の子が立っていた。しかも仁王立ちである。
「浩二……どうしたのこんなところで。ヒマなら遊んでくれればよかったのに」
 きれいな女の子は浩二さんにそう言う。彼の知り合いみたいだ。彼がなにも言わないからか、また彼女が口を開いた。
「てゆうか、なんでメガネなんかかけてんのよ浩二。あんた眼はいいほうでしょ? 似合わないわよ……。てかそれ、老眼鏡じゃないっ! あぁ、眼なんか細めちゃって。見づらいのね。せっかくの男前が台無しじゃない! 早くのけて」
 彼は言われたとおり、メガネをはずした。
 わたしは耳を疑った。呆然となる。
「なにやってんのよ浩二、ぼおっとして。今からでも遅くないわ、さぁ、行きましょう」
 彼女は嬉しそうに笑い、彼の腕を抱いてわたしの前からいなくなった。
 わたしは、うごけなかった。
 ピロピロピロ……
 携帯が鳴った。
 ハッとなって急いで携帯を開く。
 メール着信。彼からだった。

『ごめん。
 おれ二股かけてたんだ。
 ほんとはきみのこと、好きじゃない。
 でもきみの気持ちを裏切りたくなくて……。
 メガネはね、きみのこと見ないようにするためのものだったんだ。
 おれ、メンクイだから。
 ごめんね。
 ばいばい』

 わたしは、泣いた。
 泣くしかなかった。

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