この世界は、誤解と――それに因る矛盾に、満ちている。
たとえば。
ここに、少女がひとり、いる。
「わたしはお肉が好きです」
好きなたべものは何ですか? という質問に対しての、それが少女の答えだった。
質問をしたのは、彼女の目の前にいる少年だ。
彼は、少女の答えに頷いて、言う。
「じゃあ、今度、ぼくと一緒に焼肉屋さんに行きましょう」
その言葉に、少女は一瞬、怪訝な顔をする。
そして、こんなことを言うのだ。
「焼肉屋さん……ですか? わたし、行ったことないんですけど、本当にそんなところがあるんですか?」
少年は不審に思った。
お肉が好きなのに、焼肉屋に行ったことがなく、それどころかその存在自体、知らないのである。
これは矛盾ではないのだろうか。
そんな疑問を表情には出さずに、少年は言った。
「ありますよ。知らないんですか? ほら、生の肉をその場で焼いて食べる、アレですよ。もしかして、家でしかそういうの、食べないんですか?」
少女は少しのあいだ、無表情になり、小さな声で、言った。
「あの……。わたし、生でしか食べたことないんですけど……」
おもわず、少年は眉を吊り上げる。驚きのあらわれだ。
しばしの絶句のあと、彼は言った。
「へえ。見た目によらず、ワイルドなんですね……。
――生で食べるって、何のお肉なんですか? やっぱり牛肉かな」
彼が本当に絶句するのは、このあとだった。
少女は、妖しげな、ぞくりとする微笑で、こう言った。
「いいえ。――人肉よ」
「……………………」
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