暗い夜道。長く、アスファルトが続いている。辺りに人気はなく、木の枝が風にゆれてざわざわとざわめいている。街灯は等間隔に並んでいるが数が少なく、ほのかな明るさを演出していた。
僕はその仄(ほの)明るい道を、一人きりで歩いていた。肩掛けのカバンには教科書が入っている。遅い下校だ。
再び、風が枯れ枝をゆらす音。それはなんとなく、妖しい響きだった。前髪が乱れて、視界があやふやになる。髪の毛が踊り、黒い影のように見える。
そのとき。
前方から黒い何かが向かってきた。猫である。
小さな、ひどく作り物めいた猫が、向かってくる。
しかし。
何かがおかしい。そう感じた。神経が萎縮するような感覚。それはひどく作り物めいた雰囲気とはまた違う違和感だった。
次の瞬間、その答えが明らかになる。
その猫は、頭部に透明なビニール袋をかぶっており、顔が隠れていた。昼間なら見えていたのだろうが、仄暗い夜道なので顔が確認できない。
おそらく子猫であろうその黒猫は、ほぼまっすぐにこちらに歩いてきていた。が、僕の存在に気づいたのか、突然方向を変え、枯葉の積もった道端に隠れる。
急に、夜気が冷たく感じられた。軽く電気が走ったような感じがして、僕はごくりとツバを飲みこむ。なにか異質な気配を肌に感じつつ、無意識に子猫を探す。
すぐに見つかった。
黒いチビ猫はただ道の端に寄っただけで、全く隠れていなかった。一瞬見失ったのは、猫の黒色が、闇と同化していたからだろう。
猫は、ビニールで見えない顔を、体ごとこちらに向けていた。
不思議な感じだった。顔は見えないが、じっと見られているような気がする。
そこにまた、枝をざわめかす冷たい風が、いたずらに吹いた。恐怖をあおるような、妖しい音を闇に響かせる。
猫は動かず、ただじっとしていた。それは、僕の次の行動を待ち受けているようにも感じられた。監視カメラのように、無機質に静止している。
僕は少しばかり恐怖を感じていたが、なにかしらの興味をその猫に抱いているのもまた事実だった。ビニール袋の覆面をした猫なんて、見たことがない……。
一歩、近づいてみる。
しかし猫は動こうとしない。
もう一歩。
やはり、動かない。
三歩め。もうあまり距離はないのに、猫は動くそぶりすら見せない。
四、五、……六。
なぜかおそるおそる近づいて、僕は猫の鼻先に顔を近づけた。
僕の影に入って、猫はさらに闇に染まった。というより、闇に溶け込んだという印象である。
黒の濃度を増した猫は、これだけ近づいて見ても、顔を確認させてくれない。
興味が加速する。猫の顔を見てみたいという衝動にかられた。
そもそも、猫はなぜこんなものをかぶっているのだろうか。
自分でかぶるわけはないから、誰かにかぶせられたのだろう。かぶせた人間はひどいヤツだ。いたずらだったとしても、こんなにフィットするサイズのビニールをかぶせるなんてやりすぎだろう。
そう。ビニール袋はすこしありえないほどに猫の頭部にぴったりの大きさだった。これでは、風が吹いても取れないだろう。かわいそうに。
しかし。猫は同情などいらないといった、どこか毅然としたたたずまいでその場所に存在していた。ひどく作り物めいた外見が、その印象を強めている。
ふっ――と、夜の闇が明るさを増した。雲に隠れていた月が、顔を出したのだろう。
猫の顔も、出してやらねばならない。変に絡まって呼吸困難になっては大変だ。
僕はそう思い、おもむろに手を伸ばした。それでも、猫は静止をつづけていた。
息を呑んで、ビニールに手をかける。おとなしく、されるがままになっている猫。
なぜか、僕の手が震えていた。
ビニールの端だけをつかんで、優しくひっぱる。なぜか、嫌な汗が首を伝う。
その瞬間。強い風が吹き、僕と猫のあいだを抜けた。
目に、不自然にビニールがへこむのが一瞬見え、次の刹那、ビニールは猫から離れた。
――……
猫には、――頭が無かった。
首の切断面が赤黒く、妖しく、禍禍しく、濡れ光っていた……。
にゃ~ぁ……
顔のない猫が、はかない鳴き声を上げた。冷たい夜気にいんいんと響く。
なぜか、涙が溢れた。
僕はその仄(ほの)明るい道を、一人きりで歩いていた。肩掛けのカバンには教科書が入っている。遅い下校だ。
再び、風が枯れ枝をゆらす音。それはなんとなく、妖しい響きだった。前髪が乱れて、視界があやふやになる。髪の毛が踊り、黒い影のように見える。
そのとき。
前方から黒い何かが向かってきた。猫である。
小さな、ひどく作り物めいた猫が、向かってくる。
しかし。
何かがおかしい。そう感じた。神経が萎縮するような感覚。それはひどく作り物めいた雰囲気とはまた違う違和感だった。
次の瞬間、その答えが明らかになる。
その猫は、頭部に透明なビニール袋をかぶっており、顔が隠れていた。昼間なら見えていたのだろうが、仄暗い夜道なので顔が確認できない。
おそらく子猫であろうその黒猫は、ほぼまっすぐにこちらに歩いてきていた。が、僕の存在に気づいたのか、突然方向を変え、枯葉の積もった道端に隠れる。
急に、夜気が冷たく感じられた。軽く電気が走ったような感じがして、僕はごくりとツバを飲みこむ。なにか異質な気配を肌に感じつつ、無意識に子猫を探す。
すぐに見つかった。
黒いチビ猫はただ道の端に寄っただけで、全く隠れていなかった。一瞬見失ったのは、猫の黒色が、闇と同化していたからだろう。
猫は、ビニールで見えない顔を、体ごとこちらに向けていた。
不思議な感じだった。顔は見えないが、じっと見られているような気がする。
そこにまた、枝をざわめかす冷たい風が、いたずらに吹いた。恐怖をあおるような、妖しい音を闇に響かせる。
猫は動かず、ただじっとしていた。それは、僕の次の行動を待ち受けているようにも感じられた。監視カメラのように、無機質に静止している。
僕は少しばかり恐怖を感じていたが、なにかしらの興味をその猫に抱いているのもまた事実だった。ビニール袋の覆面をした猫なんて、見たことがない……。
一歩、近づいてみる。
しかし猫は動こうとしない。
もう一歩。
やはり、動かない。
三歩め。もうあまり距離はないのに、猫は動くそぶりすら見せない。
四、五、……六。
なぜかおそるおそる近づいて、僕は猫の鼻先に顔を近づけた。
僕の影に入って、猫はさらに闇に染まった。というより、闇に溶け込んだという印象である。
黒の濃度を増した猫は、これだけ近づいて見ても、顔を確認させてくれない。
興味が加速する。猫の顔を見てみたいという衝動にかられた。
そもそも、猫はなぜこんなものをかぶっているのだろうか。
自分でかぶるわけはないから、誰かにかぶせられたのだろう。かぶせた人間はひどいヤツだ。いたずらだったとしても、こんなにフィットするサイズのビニールをかぶせるなんてやりすぎだろう。
そう。ビニール袋はすこしありえないほどに猫の頭部にぴったりの大きさだった。これでは、風が吹いても取れないだろう。かわいそうに。
しかし。猫は同情などいらないといった、どこか毅然としたたたずまいでその場所に存在していた。ひどく作り物めいた外見が、その印象を強めている。
ふっ――と、夜の闇が明るさを増した。雲に隠れていた月が、顔を出したのだろう。
猫の顔も、出してやらねばならない。変に絡まって呼吸困難になっては大変だ。
僕はそう思い、おもむろに手を伸ばした。それでも、猫は静止をつづけていた。
息を呑んで、ビニールに手をかける。おとなしく、されるがままになっている猫。
なぜか、僕の手が震えていた。
ビニールの端だけをつかんで、優しくひっぱる。なぜか、嫌な汗が首を伝う。
その瞬間。強い風が吹き、僕と猫のあいだを抜けた。
目に、不自然にビニールがへこむのが一瞬見え、次の刹那、ビニールは猫から離れた。
――……
猫には、――頭が無かった。
首の切断面が赤黒く、妖しく、禍禍しく、濡れ光っていた……。
にゃ~ぁ……
顔のない猫が、はかない鳴き声を上げた。冷たい夜気にいんいんと響く。
なぜか、涙が溢れた。
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