はてなブログでも公開しています。全面引越しはまだ😉💦
→音楽の喜び フルートとともに
次男が昨夜夜勤。明けて今朝帰ってくるかと思って朝食を用意して待っていたら、帰ってこない。
LINEしてみたら、夕方一瞬帰ってまた勤務。
明日の朝帰ってくるらしい。
聞いてない…いや、言ってたかもしれないけど。
それから「有給とる」って三連休にした。っていうことか。
先月から病気の人が出て急な夜勤が何度かあります。
大丈夫かなぁ?
それにしても、行く前に念押ししたらよかった。
「髪の毛なんとかしたら…」と2週間位前から次男に言われてました。言われるまでもなくうっとうしい!
午後から

解決しました。
美容師さんのようにできるかなあ?太めヘアアイロンおすすめされました。
コンサートは無くても日々の生活は続きます。
Claude de Sermisy (c.1490-1562)
クロード・ド・セルミジー(1490年頃 - 1562年10月13日ピカルディ、ブルゴーニュ、またはイル・ル・ド・フランス?)
ジョスカン・デ・プレ(1450/1455? - 1521年)
の音楽的アイデアの一部を吸収し、その音楽に親しみました。1508年より前のセルミジーの所在は不明ですが、王室礼拝堂にいました。
1508年、18歳セルミジーはルイ12世(1462-1515年)
1514年
の王室礼拝堂の歌手に任命され、同時に聖職者でした。
1515年に彼はフランソワ1世(1494 - 1547年)
1527-1547年と共にイタリアに行き、1520年にはフランソワ1世とイングランド王ヘンリー8世(1491-1547年)
ハンス・ホルバイン(小)によるヘンリー8世の肖像画、 1540年頃~1547年が企画した金布の野(Camp du Drap d'Or、音楽祭 首脳会談で富の誇示の会談になりました。)に参加しました。
この音楽祭はジャン・ムートン指揮で行われ、セルミジーは歌手としての参加でした。
彼はそこでいくつかの音楽の作曲もしていた可能性があります。
1532年にはブローニュ での両国王の同様の会合にも参加し、この会合のために儀式用のモテットを作曲しました。
1520年代初めのしばらくの間、セルミジーはルーアンのノートルダム・ド・ラ・ロトンド
ルーアンの大聖堂
の聖堂参事会員でしたが、1524年にそこを去り、アミアンで同様の職に就きました。
アミアン大聖堂1532年までに、1547年まで統治したフランソワ1世の支配下で、王室礼拝堂の音楽監督となりました。
1533年、王室礼拝堂での職に加え、サント・シャペル
サント・シャペル上層階内部
の聖堂参事会員となりパリに住みました。
彼はパリに大きな家を購入し、その家は1559年にスペイン軍がサン・カンタンを略奪した際には、同市の教会から避難してきた人々を保護できるほど広かったと言われています。
1554年にはトロワのサント・カトリーヌでも聖職に就きました。
トロワ大聖堂晩年に関する伝記的な詳細は不明ですが、作品の出版年などから判断すると、生涯を通じて作曲家として活動していました。彼はサント=シャペルに埋葬されています。
セルミジーは宗教音楽と世俗音楽の両方を作曲し、そのすべてが声楽です。
宗教音楽としては、レクイエムを含むミサ曲全12曲が現存しており、さらに約100曲のモテット、いくつかのマニフィカト、そして哀歌集も存在します。
彼は生涯を通じて 敬虔なカトリック教徒であり続けたようです。
セルミジの音楽文学への貢献として最もよく知られているのは、圧倒的に175曲ほどあるシャンソンの制作です。
セルミジーの音楽はネーデルラントの作曲家たちの派手なポリフォニーを避け、代わりに軽やかさと優雅さを追求しています。
セルミジーは素早い反復音を好み、それがテクスチャ全体に軽やかさと舞踏的な性質を与えています。
セルミジーが選んだ歌詞は、クレマン・マロ

(彼は他のどの作曲家よりも多くのマロの詩を作曲しました)といった同時代の詩人によるものです。
典型的なテーマは、片思い、自然、そして飲酒でした。
セルミジは西ヨーロッパ全域でよく知られており、その作品の複製はイタリア、スペイン、ポルトガル、イギリスなど各地で発見されていて当時人気はヨーロッパ中に広まっていたとみられます。
「花咲く日々に生きる限り」
Tant que vivray
クロード・ドゥ・セルミジ
Tant que vivray en aage florissant,
花さく日々に生きる限り
Je serviray damours le puissant,
権勢ある王、愛の神に仕えよう、
En faictz, en ditz, en chansons et accordz;
行ないと言葉、歌と音楽で。
Par plusieurs jours ma tenu languissant,
いく日もの間、愛の神は私を悲しませたが、
Et puis apres ma fait resjoyssant,
その後に大きな喜びを与えてくれださった
Car jay lamour de la belle au gent corps;
今こそ私はあの美しい人の愛を得たのだから。
Son alliance, c'est ma fiance,
彼女との絆は、私の大きな希望、
Son coeur est mien, le mien est sien,
彼女の心は私のもの、私の心は彼女のもの、
Fy de trestesse, vive liesse,
さらば悲しみよ、喜びに栄えあれ、
Puisquen amours a tant de biens.
なぜなら愛の中には多くの幸せがあるのだから。
Quand je la veulx servir et honorer,
私が彼女に尽くしそして敬い、
Quand par escreptz veulx son nom decorer,
文章にして誉め讃え、
Quand je la veoy et visite souvent,
しばしば彼女のもとを訪れると、
Ses envieux n'en font que murmurer;
やきもち焼き達は色々言い立てる。
Mais nostre amour n'en scauroit moins durer;
しかし私達の愛はそんなことで挫けはしない。
Autant ou plus en emporte le vent,
無駄なおせっかいというものだ。
Maulgre envie, toute ma vie,
ねたみに負けず、一生かけて
Je l'aymeray et chanteray;
彼女を愛し、歌を作るだろう。
C'est la premiere, c'est la derniere
彼女は私が尽くす
Que j'ay servie et serviray.
最初で最後の人。
なぜか?今日は動画埋められません。「gooブログが停止を繰り返しています。」と出るし、下書き保存したら途中から文章が消去されてしまいました😭💦
仕方ないからまた思い出しながら書込み…いつもの倍時間かかりました。どうなってるのかなぁ?
また消えたら嫌だなあ。
https://youtu.be/-ZL5515g61I?si=zlymI5EPFD1Mhggg