3月20日は萩原天神駅
近くの「いつもの処」で昨年3月に亡くなった池上敏先生の追悼コンサートでした。



ギターの増井先生と池上敏先生

近くの「いつもの処」で昨年3月に亡くなった池上敏先生の追悼コンサートでした。
生前池上先生は金重美代さん主宰の「いつもの処」でのコンサートによく参加されていました。
新年会コンサートでは、ビンゴゲームをして当たった人に曲を進呈するということをされました。
アマチュアの愛好家にあった曲。
リコーダーの真鍋ご夫妻に、名前をアルファベット読みにして、それを織り込んだリコーダー2本とギターのための曲。

などをくださって。当時やはりビンゴに当たった金重さんはフルートカルテットを所望しました。
会の最後には金重さんがふるまったビーフシチューの残りを鍋ごと抱えて帰られたそうです。
今日はその池上敏先生お気に入りのビーフシチューを金重さんが作って置いてくれ、演奏の後みんなでビーフシチューをいただきました。

その後何年か経ち、私と金重さんと木村直子先生、雅雄先生とフルートカルテットレッスンをしていると聞いた池上先生。
意欲が湧いてこられたようで、ある日金重さんに完成した第2楽章を渡されたそうです。
第1楽章、第3楽章は途中まで.
その時、Facebookで繋がっていた私に長文のメッセージを下さいました。
2021年7月21日
良いかも〜ッ!(笑)❣ 目標は金重さんが「フルートパートもヴィオラパートも、どっちもやりたい〜ッ!」と悩んじゃうような曲を書くことです。←、悪い人ですね〜ッ(笑)。
2021年9月7日
「「夏休みの自由研究」ではないですが、先日投稿のページをソナタ形式の第1楽章に再構成、第2楽章はカンタービレ(もしくはもうちょっと小規模にカンティレーナ)を書いて、第3楽章は主題と変奏曲、というようなモーツァルトの匿名の不詳で不肖の弟子、または同時代の無名作曲家の作品くらいになるものが書けたらよいな、と思ってます。
ただ、第1楽章は多分6ベージから長くなる、或いはゆったり書くと8ページくらいに、第2楽章は短く短く3ページくらいに抑えたにしても、第3楽章・終曲は第1楽章と同程度、若しくはそれ以上が求められるだろうから、どう少なく見積もっても20ページくらいにはなりそう。ポケットスコアで20ページの室内楽は実は相当な大曲で、エライ構想を立てたかな、と少々後悔気味(嘘ピョン、笑ッ)。
ただ、久々に藝大受験の頃に書いたきりで、自分の演習課題にもして来なかったような曲で、どれだけ良い曲が書けるか、を検証する良い機会だろう、と思ってます。
まあ、実は他のご注文のアイディアにも手を付けたンですが、此方は意外にハードルが高くて頓挫しました(苦笑ッ)。
ちょっと構想の全体像をご披露です。
池上 敏 拝」
それを最後に、その後進まない。
金重さんと甘党の池上先生に「ケーキを焼いて持って行ったら早く曲を作ってくれるかも!」などと失礼なことを言っていたのですが
その頃からどうも病まれていたようで、構想のままで終わってしまいました。
本当に残念なことでした。
その後もお付き合いは続き、
私のハーブは池上敏先生の仲介で神奈川の池上先生のお友だちから譲り受け、まさかそのような容体だとは思いもしませんでした。
音楽を通していつも温かく、飄々として、プロやアマチュア、上手い下手関係なく、水平にお付き合いされ、いろいろな贈り物をあちこちにされ、そのまま颯爽と去って逝かれたんだなぁ。と、今更ながら先生の残された余韻に浸っています。
池上 敏(いけがみ さとし、1949年 - 2024年3月4日)は、日本の作曲家、音楽教育研究者。

ギターの増井先生と池上敏先生
新潟県出身。
東京芸術大学音楽学部作曲科を卒業し、同大学院音楽研究科(修士課程)作曲専修を修了しました。
在学中、池内友次郎、矢代秋雄、永冨正之、松村禎三、間宮芳生、島岡譲に師事しました。
京都市立堀川高等学校(現在の京都市立京都堀川音楽高等学校)音楽科教諭、京都市立芸術大学音楽学部非常勤講師等を経て、山口大学教育学部教授を務めました。
フリーランスの作曲家として吹奏楽作品、室内楽作品を中心に作曲活動を展開しました。
山口大学名誉教授、(一般社団法人)日本作曲家協議会会員を務められました。
2024年3月4日午後0時24分、兵庫県西宮市の病院で間質性肺炎のため死去しました。74歳没。
1965年 - 東京都立大泉高等学校 入学
1968年 - 東京都立大泉高等学校 卒業
1970年 - 東京芸術大学音楽学部 入学
1974年 - 東京芸術大学音楽学部 卒業、同大学院 入学
1977年 - 東京芸術大学大学院 卒業
1971年度(昭和46年度) - JBA作曲賞(日本吹奏楽指導者協会) 瞑と舞
1972年度(昭和47年度) - JBA努力賞(日本吹奏楽指導者協会) 誦文
1978年度(昭和53年度) - 下谷賞(日本吹奏楽指導者協会) コンサート・マーチ '77
2024年(令和6年) - 叙位 正四位、叙勲 瑞宝中綬章
吹奏楽
瞑と舞(1971年度JBA作曲賞)[1995年改訂新版]
誦文(1972年度JBA努力賞)
コンサート・マーチ '77(1978年度下谷賞)
変容-断章(1984年度全日本吹奏楽コンクール課題曲 委嘱作品)
交響的二章(JFC(日本作曲家協議会)主催の「日本の作曲家2023」第1夜で演奏予定でしたが辞退)
室内楽
リコーダー四重奏による小組曲「四つの日本的情景」
コキリコ節(二重奏)
佐渡おけさ(二重奏)
小諸馬子唄(二重奏)
木曽節(二重奏)
Two pieces for Mandlin Orchestra(マンドリンオーケストラのための2つの小品)
1995年
瞑と舞(1971年度JBA作曲賞)[1995年改訂新版]