DV加害者更生プログラム(既婚、未婚、問わず)

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過干渉と過保護について

2012-07-25 10:11:36 | 交流分析
               e-Mail:liaison-chofu@mail.goo.ne.jp

 
  前回、過干渉はネグレクトと同じ結果を
  子どもにもたらすと、ジュディスさんが
  話していたことを書いた。

  これは大変なことである。なぜなら、日本の
  お母さんの多くが、面倒見の良い人たちで
  それを世間一般的に良いことと感じていて、
  自分たちも 過干渉なのか、過保護なのか
  区別がつかないからだ。
  
  わかりやすい区別の方法がある。
  
  過保護は、相手側(ここでは子ども)が大事で
  それに基づく行動である。

  それに比べて、過干渉は、自分側が大事で
  それに基づく行動となる。

  例をあげるなら、たとえば少し肌寒い日に
  上着を勧めるお母さんは過保護。子どもが
  いいよ、いらないと言っても、風邪を引いたら
  大変、なんて心配しちゃったりする。

  それに比べて、過干渉は、
  自分はこの大学に行きたかった、こういう人生を
  歩みたかった、なんていう自分の夢を
  子どもの気持ちを無視してこうなりなさいと
  押し付けるときが、過干渉になる。
  子どもは自分には違う夢があるのに、
  自分の人生を自分で選べないのだ。

  交流分析では過保護は、子どもの手足になること
  過干渉は、子どもの頭をのっとってしまうこと、
  と捉えている。

  よかれと思って、過干渉をしていたら、それは大変なことと
  言える。だって、子どもの生きる力自体を奪うネグレクトと
  同じなのだから。子どもの根っこが育つことを、
  親自ら、絶つことをしているのだから。
  親は何が子どものためになるのかということを
  知る必要がある。良かれと思って頑張って子育てしていたのに、
  子どものために、いや、ためどころか力を奪ってしまって
  いたとしたら、とてもやるせない、悲しいことなのだから。

  過保護は何の問題もないのか?
  そうとは言えないらしい。
  過保護の究極の形が「甘やかし」である。
  アドラー心理学(子育ての成功を調べた)のアルフレッド・アドラーは
  「甘やかし」について、警鐘を鳴らしている。
  この説明はまた後日…















  
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