歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪【本の紹介】小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書≫

2022-09-11 19:36:30 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪【本の紹介】小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書≫
(2022年9月11日投稿)

【はじめに】


前々回および前回のブログにおいて、大学受験の国語力、論理力について、石原千秋氏の著作をもとに考えてみた。
その際に、次のような著作を参考文献としてあげた。
〇石原千秋『秘伝 大学受験の国語力』新潮選書、2007年[2008年版]
〇石原千秋『教養としての大学受験国語』ちくま新書、2000年[2008年版]
〇小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年
〇小林公夫『法曹への論理学 適性試験で問われる論理力の基礎トレーニング<第3版>』早稲田経営出版、2004年[2006年第3版]
〇渡辺パコ『論理力を鍛えるトレーニングブック』かんき出版、2001年[2006年版]
〇高橋昌一郎『小林秀雄の哲学』朝日新書、2013年

 今回のブログでは、上記の著作の中から、小林公夫氏の次の著作を参照しながら、大学受験に限らず、小学校入試問題から就職試験までを視野にいれて、論理力について考えてみたい。
〇小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年

後に掲げた目次をみてもわかるように、
第1章 幼児期に芽生える能力因子
第2章 論理的思考能力の発達を
第3章 社会人に求められる職業能力
第4章 法曹人に求められる能力因子
第5章 医師に求められる能力因子
それぞれ各章で分析されている。内容を紹介しつつ、各職業に求められる能力因子について考えてみたい。



【小林公夫氏のプロフィール】
・1956年生まれ、東京出身。
・横浜市立大学卒業、2000年に一橋大学大学院法学研究科修士課程に社会人入学、2007年に同博士後期課程を修了。
・一橋大学博士(法学)。博士論文は「医療行為の正当化原理」



【小林公夫『論理思考の鍛え方』(講談社現代新書)はこちらから】
小林公夫『論理思考の鍛え方』(講談社現代新書)






〇小林公夫『論理思考の鍛え方』(講談社現代新書、2004年)

【目次】
能力の系統樹
第1章 有名小学校入試問題から幼児期に芽生える能力因子を考える
<コラム>能力の個性とは
<コラム>巧緻性――ペーパーでは測れない総合能力
第2章 難関中学・東大入試問題から論理的思考能力の発達を考える
<コラム>推理能力は、能力因子の王様?
第3章 企業採用テストと国家公務員Ⅰ種試験問題から社会人に求められる職業能力を考える
第4章 ロースクール適性試験問題から法曹人に求められる能力因子を考える
第5章 医学部入試問題から医師に求められる能力因子を考える
<コラム>神の手を持つ医師
Ergebnis(帰結)
参考文献
あとがき




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・能力の構成因子とその発達段階
・七つの能力因子
・企業採用テストの一例
・国家公務員Ⅰ種試験
・リーガルマインドに内在する能力因子~第4章より
・法曹人に特有な新たな能力因子~論証能力
・反論としての批判と異論
・実質的な利益衡量とは
・医師に求められる能力~第5章より
・医学部入試英語で問われるもの~推理力
・『Dr.コトー診療所』にみられる利益衡量の問題






能力の構成因子とその発達段階


能力とは何か、人はどのような種類の能力を持っているのか。
現在の心理学では、知能=能力を考える場合、因子構造を解明することでその本質を明らかにすることに重点が置かれているようだ。
小林公夫氏は、現在日本で実施されている様々な試験(小学校入試から最難関といわれる資格試験まで)で問われている能力には、共通の枠組みがあるのではないかという仮説を立てている。それを実証するには、能力というものは因子から構成されているという考え方、とりわけある課題をクリアするにはそれに対応する能力因子が必要だという考え方が、第一に有力な手掛かりになるという。

心理学では、能力の枠組みとして、能力因子の類型化という試みがなされている。
人間の種々の能力がどのように発生し、どのような段階を踏んで発達していくのかに言及する理論、すなわち、能力の時期と発達の側面に関する理論である。
その学説の提唱者は、スイスの実験心理学者ジャン・ピアジェという人である。彼は、子供の思考や認識の発達段階を臨床法という画期的な方法で精細に研究した。
ピアジェは、11歳ぐらいまでの子供の認知発達段階を、次のように四つの時期に分類し、各時期における子供の認知、思考の特徴を解明した。



【ピアジェの学説による認知発達段階】
1.感覚運動的知能期(0~2歳)
2.前操作的思考期(2~7歳)
 ・前概念的思考段階(2~4歳)
 ・直感的思考段階(4~7歳)
3.具体的操作期(7~11歳)⇒ある程度の論理的思考
4.形式的操作期(11歳以降)⇒仮説演繹的思考

・表2の2の後半の「直感的思考段階」にある子供と、3の「具体的操作期」に足を踏み入れた子供では能力に格段の差があること
・また、同様に3の「具体的操作期」と4の「形式的操作期」でも子供の思考方法に大きな変化があるということ


このピアジェの学説をもとに、小林氏は、実際の小学校入試問題をみてみる。たとえば、
 象のかばんはラクダのかばんより軽い。クマのかばんはラクダのかばんより重い。それでは一番軽いかばんはだれのかばんですか。(慶應義塾幼稚舎)

これは三者関係といわれる比較の問題である。
比較の対象になっているのは、「かばんの重さ」なのであるが、ピアジェ論で行くと、具体的操作期にある幼児にとっては、象、ラクダ、クマという動物の印象が強く、象は大きい、重いというイメージから、象のかばんが一番軽いとはどうしても思えないのだという。
それは、あくまで見て知っている具体物、つまり3種の動物のイメージから物事を判断してしまうからである。言い換えれば、純粋に論理的な関係だけを頼りに推論はできないのである。純粋な推論が可能となるのは、「形式的操作期」以降である。

慶應義塾幼稚舎の問題などは、実は現実の具体物ではなく、純粋に論理的関係だけを頼りに推論が可能となる「形式的操作期」(11歳以降)のレベルを問うており、5年ほどの前倒しということになるようだ。
小学校入試では、能力因子は萌芽の状態で、出題も具体的な事物と結びついているような題材が中心であるという。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、12頁~21頁、111頁~112頁)

七つの能力因子


・小林氏は、「国・私立有名小学校入試問題出題傾向」という資料を基調に、中学入試、東大入試、更に企業採用試験や国家公務員Ⅰ種試験、ロースクール適性試験、医学部入試といった試験問題との照合から、重要と想定する能力因子を、次のようなカテゴリーに絞り、類型化している。

★推理能力
★比較能力
★集合能力
★抽象能力
★整理・要約能力
★直感的着眼能力
★因子順列能力

これらの能力因子は、「能力の系統樹」モデルでいえば、根に当たる部分である。
それぞれ個別に、あるいは複合しながら成長し、幹を経て枝や葉を派生させていくと考えている。

【能力因子の定義】
〇七つの能力因子の定義について、小林氏は次のように規定している。
 まず、七つの能力因子の前提、基盤になると考えられる能力があるという。
 それは、「同一性を発見する能力」と、「柔軟な発想能力」である。
 柔軟な発想は、多面的、相対的にものを見る能力ともいえる。
 同一性と相対化の能力が基盤にあって、それぞれの能力因子が分化してくるとみる。
 「能力の系統樹」でいえば根元に当たる能力である。

★推理能力
・個別に存在しているものの中に共通項(同一性)を識別して、物事の在りようのルール、法則性を発見していく能力、さらにその逆で、統一的な法則性を他のケースに当てはめ未知のものを導き出す能力。
・これは論理学でいう帰納、演繹的思考の基本になる能力である。
・なぜ推理能力が重要な因子なのかといえば、子供にとって一見無秩序、バラバラに見える外部世界を秩序立て、論理的に把握、認識する基礎能力だからである。

★比較能力
・比較という言葉には、本来、価値判断をする意味が含まれているが、萌芽的な比較能力を説明するため、AとB、あるいはA、B、Cの関連性を理解する能力という意味で、第一に比較能力といっている。
・比較能力はまず二つのもののどちらが長いか重いかといった単純な段階を経て、三者関係、四者関係と複雑な関係性の理解に進む。
・また、何と何を比較するのかを把握する能力も比較能力の一つとして出てくる。
(これは、問題で真に比較するものとして、何が問われているのか、を理解する力といえる)

★集合能力
・第1章では、形や物質の同一性を認識して分類する能力として定義している。
・集合能力の発展形ではベン図(第3章で検討)などを活用する視覚的・数学的認識が主になる。
(第1章では、言葉で考える国語的思考による集合能力に焦点を絞って分析している)
・あるものを分類するには共通する要素=同一性の認識が前提になるが、視点を変えることによって様々な共通要素が発見できることを知ることが大切である。
(これは物事を相対化してみるという重要な認識の方法である)

★抽象能力
・抽象とは、個々の具体的な事象を包括的に統合する概念である。
・抽象能力は宗教や哲学、芸術といった人間の精神性との関係で語られることが多いが、本書では、試験で問われる能力因子の分析という立場から、事物を「量」「重さ」「長さ」といった特定の側面によって捉え、そこに一元化して考える能力、さらに数や式などの記号と結びつけて考える能力と位置づけている。
(この意味での抽象能力は、ピアジェの学説からも分かるように、比較的遅い段階で発現する能力である)

★整理・要約能力
・物事の枝葉を取り払い、本質に沿った筋道をまとめる能力と定義している。
・そのためには何が大事なのか、どこにポイントがあるのかに注目する力が大切になる。
(小学校受験では、主として言葉を整理して理解する能力を指す)

★直感的着眼能力
・問題のポイントを抽出する能力である。
・直感的とはいっても、その前提には研ぎ澄まされた観察力がなければならない。
・観察に加えて柔軟な発想、つまり物事を相対的、多面的に見る能力の複合作用と考えている。

★因子順列能力
・問題解決のために個々の能力因子をどのような優先順位で働かせていけばよいかを判断する能力である。
・それぞれの能力因子は独立して存在しているわけではない。また、問題解決にはいくつかの因子が複合的に作用し合っている。
 ⇒この複合作用を効率的に行うのが因子順列能力である。

※七つの能力因子は人の論理的思考能力を構成するものである。
 人は社会的動物といわれるように、まったく孤立しては存在できない。必ず他者との関わりが生じる。この他者、集団や組織との関係を円滑に行うのがコミュニケーション能力である。
 論理的思考能力とコミュニケーション能力をバランスよく併せ持つことが社会人として、さらに集団のリーダーとしての資質といえる。
(その意味から、本書では「総合能力」というものを位置づけている)

(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、7頁、22頁~24頁、57頁~61頁)

企業採用テストの一例


企業の最大の財産は人材であるといわれる。優れた能力を持った人材の確保が企業成長の鍵になる。本来的な意味での論理的思考能力に優れている人こそ、企業が求めている人材である。そうした人材を判別するため、多くの企業が実施しているのが採用テストである。

採用テストといえば、SPI(Synthetic Personality Inventory―総合能力適性検査の意)がその代表格であり、主流であるそうだ。
(SPIの全パターンの解法を分析し、速く解くコツを解説した対策本を日本で初めて書いたのは、小林公夫氏だという)
SPIの問題をパターン化し分析した結果、この検査が測定しようとしている能力因子を小林氏は、次のように類型化している。
①数的処理能力~ベクトルと力の均衡、図表の読み取り、確率、順列・組み合わせといった数学的思考能力
②抽象化能力~具体的次元の課題を数式やグラフなど抽象的次元に置き換えて処理する能力
③言語理解能力~対比語や類似語、長文読解の能力
④判断・推理能力
⑤記憶能力

※SPIが測定しようとしている能力因子をこのように類型化してみると、小林氏のいう七つの能力因子との関係が明らかになってくる。
すなわち、「能力の系統樹」のイメージでいえば、数的処理能力という枝は主に比較、集合などの諸能力因子の数学的側面での発展形といえる。抽象化能力は文字通り抽象能力と結びついている。言語理解能力では対比語や類似語については集合(全体と部分)、長文読解では整理・要約能力が基礎となっている。
SPIの典型的な問題とその解法を検討しながら、入社試験で求められている職業能力とは何かを分析している。

〇SPI能力検査・非言語検査(数理能力の検査)
【問題】
800人の生徒にアンケート」を行い、次のような結果を得た。
「アンネの日記」 「罪と罰」
読んだことがある 415 279
読んだことがない 385 521
「アンネの日記」、「罪と罰」の両方を読んだ人が153人いた。両方とも読んでいない人は何人か。
 A231人 B259人 C282人 D305人 E327人 F341人 Gその他

※これはまさに、集合、全体と部分の問題である。
こうした関係を理解するには、ベン図を用いるのが便利である。
「読んだことがある」、「読んだことがない」、「両方読んだことがある」というそれぞれの集合の関係が直感的に理解できるだろう。
ベン図を使うと、800人という全体に対して「アンネの日記」だけを読んだ人が262人、「罪と罰」だけを読んだ人が126人、両方読んだ人が153人、両方とも読んでいない人が259人という部分の関係が一目瞭然に理解できる。答えはBとなる。

※ここで問われているのは、与えられたデータを整理・分析し、そのデータが語っているものの意味を読み解く能力である。
データはあくまで素材であり、その内容をどう汲み取るかで、初めて実際の企業活動に役立てられる。マーケティングや商品開発などでは、特にこうした能力が必要とされる。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、116頁~122頁)

国家公務員Ⅰ種試験


〇国家公務員Ⅰ種試験
・数ある公務員試験の中でも、キャリア官僚となる国家公務員Ⅰ種試験は難易度の高い試験として知られている。
 では具体的にキャリア官僚に求められる能力とはどんなもので、一般の企業が求めている職業能力とはどのような点で違いがあるのだろうか。

・企業の最終的な目的は利潤の追求にある。一方、公務員ことキャリア官僚は国(=国民)の安定と円滑な運営が使命といえる。
 そのためには高度な事務処理能力が必要なことはいうまでもないが、それ以上に大切なことは常に公正な立場で行政にあたることである。
 行政が一部の人々の利益に偏っていてはいけないわけで、その公正さを支えるのが、利益衡量能力(比較能力)である。

・利益衡量とは、比較能力(基本形)の発展形のことであるという。
 いわば、単純とも言える比較能力因子が現実の社会に生かされるとき、利益衡量という発展した能力因子に変貌・脱皮するとでも考えられる。
 次のような例を、小林氏は挙げている。
 ある政策を実施するために一つの法律をつくる場合、その法律が現行の法体系に矛盾しないか、整合性はとれているか、ある分野と他の分野のバランスは悪くないかといった細かい調整が必要となる。これらの作業の基本はすべてを公正に比較し、利益を衡量する能力にあるのである。
 次に、実際の典型的な国Ⅰの試験問題からキャリア官僚に求められる能力を検討している。


<人材を配分する能力>
問題
ある課の課長は、5人の部下A~Eと5つの異なる仕事を持っているが、これらの仕事は、その仕事を行う部下との組合せで必要とする時間が異なってくる。今、5つの仕事をj1~j5としたとき、A~Eが各仕事に必要とする時間数は表のとおりである。
j1 j2 j3 j4 j5
A 5 5 8 6 7
B 4 5 9 7 11
C 4 4 6 4 11
D 4 3 11 8 11
E 2 3 4 6 9

 部下1人に1つの仕事を割り当て、全体で要する時間を最小にするとき、時間の合計はいくらか。
1 20 2 21 3 22 4 23 5 24
(国家Ⅰ種教養試験 1997)


この問題では、仕事の難易度の高い順に優先して、適材を適所に分配する能力が求められている。すなわち、仕事の内容によって、その仕事に要する時間が異なる5人の部下がいるのであるから、誰にどの仕事を担当させれば、最小の時間ですべての仕事を完了させられるかという利益衡量能力が測られている。

問題を解くにあたり、まず、時間のかかる仕事j5、j3に着目しなければならない。
そして、中でもj5の仕事は難度が高いので、この仕事を一番速く処理しうる者に担当させればよいことが推理できる。すなわち、j5をAに割り降らねばならない。
次に難易度の高いj3はE、j4はC、j2はDとEが3時間で同時間だが、Eはすでにj3で割り振られているから、必然的にj2がDに落とし込まれ、残りのj1はただひとり残るBという具合に収まることになる。
すると、全体の仕事に要する時間は、j5+j3+j4+j2+j1=7+4+4+3+4=22時間となる。
(ここで解答の選択肢を見ると、22時間よりも短い、選択肢1の20時間と2の21時間がある。そこで、これらの解答はありえないことを確認する。(確認省略))
22時間が、人的配置を考慮した最短の組み合わせとなり、選択肢3が正解である。

※人材を的確に割り振ることは、仕事を効率よく行うためには必須の能力である。
 この問題は、一定の仕事量を最小のコストで行う、すなわち限られた労働力を最大限に活かす采配ができる能力を試す、典型的な問題といえる。限られた条件内で最大の結果を求める能力は、「利益衡量能力」ということができるとする。利益衡量能力は、いくつかの基本的な能力因子が組み合わせられたものだと、小林氏は考えている。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、143頁~149頁)

元キャリア官僚A氏の履歴


小林氏は、本書を執筆するにあたり、元キャリア官僚A氏に話を伺ったという。
A氏は東京の公立小学校から開成中学・高校、更に東大の文科一類、法学部に進み、ある中央官庁にキャリアとして入省した。現在はその省庁を退職し民間企業に勤めているが、経歴からすれば典型的なエリートコースを歩いてきたそうだ。

A氏による能力の自己分析によれば、「パターンマッチングが得意だった」という。
 父親や母親から、この問題は、このように解くのだと一度その規則を教えられると、その基本パターンを認識して、他の類題をほぼ間違いなく応用して解くことができたという。
 すなわち、出題された問題がどんなパターンのものかを素早く見抜いて、このパターンはこの規則で対応可能である、と当てはめていく能力にたけていたそうだ。
※この点、A氏はある一つの問題を見て、これは過去に学んだパターンA、これはパターンBと即座に判断、分類しうるという形で、同一性と異質性を認識する能力などをベースにした特有な職業能力があったと、小林氏はいう。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、157頁~160頁)

職業能力の根幹


・SPI、CABなどの企業採用試験、さらに国家公務員Ⅰ種試験を総合すると、社会人としての職業能力には、総じて、第1章で挙げた七つの基本的能力因子の中でも、特に直感的着眼能力、比較能力(利益衡量能力)、因子順列能力が重要因子になっているという。
 そこで問われている能力因子のレベルは、条件・分析の複雑さ、また、利益衡量の緻密さ、更に高度な直感的着眼能力が要求される点で、国Ⅰが群を抜いているとする。
 しかし、職業能力として根底で問われているものは、同一の事柄である。

・学校で学ぶ事柄には常に正しい答えが用意されている。その答えに至る筋道を論理的にたどっていければそれで済まされた。
 しかし、実社会を相手にする職業の現場では、絶対的な正しい答えがあるとは限らない。
(ギルフォードの思考法で言えば、拡散的思考が重視されている)

・答えが一つでないなら、逆に目的に達する筋道は幾通りもあることになり、その中から最も効率的な方法を選び取るのが、“職業能力の根幹”として要求される。
 そして、その武器となるのが、推理、比較、抽象能力などをベースにした特有な職業能力といえる。

(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、160頁~161頁)

リーガルマインドに内在する能力因子~第4章より


・現行の資格の中でも最難関といわれる法曹の職に就くには、どのような能力が測られているのだろうか。
 また、ロースクール適性試験(ロースクール入学のための一種の能力検査)をクリアーし、法曹人(弁護士、検察官、裁判官)への道を歩み始める人々の論理能力とはどのようなものなのか。
 これらの点について、試験問題を手がかりに、第4章で小林氏は解説している。

・その前に、法曹人の論理のあり方を示す独特の法的思考力(リーガルマインド)について説明している。
 その具体的内容は、法学者・加藤一郎氏の説を引用している。
1. 複雑な問題をなるべく客観的・論理的に分析し、法律問題になるものとなり得ないものに類型化する。
2. 根拠に基づいてものを考えること。
  法律の条文や判例など、根拠となりうるものに基づき、論理的に結論を出す。逆に言えば、みだりに根拠のないことを信じない。また、みだりに根拠のないことを言わない。
3. 人権を尊重し、何人に対しても平等な取り扱いに心がける。
 男女の差別をなくし、外国人の人権を十分に尊重する。
4. 本人の一方的な主張のみを信ぜず、相手方の主張にも耳を貸す。
  すなわち、双方の言い分を聞き、適正な手続きをする。
5. 最終的な判断を下す場合、まず法的安定性を重んじ、そこに何らかの不都合がある場合は、具体的妥当性を重視し、訴訟で衝突しているX、Yの実質的な利益関係を利益衡量し、良識に合った結論を出す。

※中でも、最終的な判断を下す場合の「実質的な利益衡量」こそ、高度な比較能力が求められる場面であり、法曹の能力因子の核になるものであると、小林氏はみなしている。
(法的思考力というのはたいへん難しいことであるが、法曹人以外の一般の人々が物事を判断する際にも役立つ示唆を含んでいるそうだ)
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、164頁~165頁)

法曹人にとり“比較能力”が重要な位置づけにあることは、最高裁判所の法廷に存在する女神像によっても、直感的にわかるようだ。裁判官を象徴する正義の女神は天秤を携えている。これは、まさに原告と被告のどちらに正義があるのかを比較している姿である。
 この利益衡量の能力は裁判官だけに求められるものではない。依頼者から紛争解決を要請された弁護人は、当事者から事情を聞き、法的な問題を発見していく。さらに調査、分析、推理等を集積して、それぞれの見解を比較衡量する。そして、もっとも有効な対処法を選択していく。

それでは、法曹的な利益衡量とはどのようなものをさすのか。問題を例として挙げている。
例えば、日弁連法務研究財団の「論理的判断を試す問題」では、以下のような出題があったようだ。

【問題】
1~5のうち、つぎの文章における結論を導くために必要不可欠な前提を1つ選びなさい。
 昨年、ある国では、一昨年と比べ刑法犯で摘発された少年は8000人増加したことがわかった。殺人等の凶悪犯罪の増加もみられるが、万引きの増加が特に目立ち、大人も含めた万引き犯罪のうち7割が少年によるものであった。したがって、今年、少年による万引きをほとんどなくすことができると、刑法犯で摘発される少年数を昨年より減少させることができる。

1. 少年による犯罪を防止するために警察が取締りを強化する。
2. 少年に対する万引き犯罪の刑を重くすることで万引き犯罪を防止する。
3. 万引き以外で摘発された少年の昨年からの増加数が、昨年万引きで摘発された少年よりも少ない。
4. 摘発された少年数の増加分である8000人のうち、半分は万引きによって摘発されたものである。
5. 昨年の万引きで摘発された少年数が8000人よりも多い。
(日弁連法務研究財団適性試験、2003)


・本問は、法曹先進国アメリカのLSAT(法曹能力適性試験)をかなり意識した良問であるそうだ。
 ここで問われているメインの能力因子は比較能力である。
 しかし、何と何の比較をするのかということを把握するまでが、煩雑になっている。つまり、比較能力を駆使する以前に、直感的着眼能力、整理・要約能力が、あわせて問われているようだ。
 複雑な問題文を読解し、出題者が中心に問うているものは一体何であるのかにまず正確に着眼でき、題意にそって問題文を分析し、解答に必要な情報を取捨選択し、その情報を組み立てて解答に到達できねばならない。
・本問の場合、出題者が問うているのは、今年の少年犯罪中、万引きによるものをほぼゼロにできた場合、今年の少年犯罪数が昨年の少年犯罪数よりも少なくなるにはどのような“前提”が必要か、というものである。比較するものは、「刑法犯で摘発された少年の去年と今年の人数である、と小林氏は解説している。
 犯罪の人数に関しては、1年ごとの変化(増加、減少など)に着目した分析と、内容(万引きか凶悪犯罪かなど)で分類した分析とが、問題文中でなされている。
解き方としては、2パターンあるようだ。
①問題の内容を式という形で整理して考察する解き方
 昨年刑法犯で摘発された少年の数をS、そのうち万引きをSm、万引き以外の犯罪をSnとし、S=Sm+Sn
 今年刑法犯で摘発された少年の数をK、そのうち万引きをKm、万引き以外の犯罪をKnとし、K=Km+Kn
また、犯罪摘発人数の増減をαで表す。(過程省略)
そして、Kαn<Smを導き出し、「万引き以外で摘発された少年の昨年からの増加数」が「昨年万引きで摘発された少年数」よりも少なければよい、という答え(3)を選択する解き方。

②迅速に正解を得る目的なら、本問が“問うている”ことに着眼する解法
 本問は、「今年の万引き少年数を0とした場合、今年の少年犯罪数が昨年の少年犯罪数よりも少なくなる“前提”」を問うていると考える。
 その観点からすると、まず選択肢1、2の「取締り強化」「刑の軽重」については、問題文では触れられていない。抽象的な刑事政策が題意の前提として確かであるとは言えず、不適であることがわかる。
 また、選択肢4、5は、8000人についてであるが、この数字は「一昨年と昨年を比べた」増加数である。「昨年と今年」の少年犯罪数を問題としている本問の趣旨とは無関係である。したがって、消去法で選択肢3を選ぶことが可能であると、小林氏は解説している。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、165頁~175頁)

法曹人に特有な新たな能力因子~論証能力


・法曹人の職務の目的は、ある物事の法的解決ないしは法的処理にある。ある問題に対して、法的に見て解決されるべき点があるかどうかを吟味し、あるとすればその中心的命題は何かを認知し、その後に処理にとりかかるということであるという。
・例えば、交通事故事案の処理であれば、法曹人としてはまず、両者の車がどう動いたのか、定番とも言える“速度、距離、方向”の平面上の3要素から外形的事実(客観的データ)を再構成し、何らかの理由で衝突に至ったまさにその原因を探らねばならない。
 さらに、現実に2台の車が衝突している以上、当事者双方に何らかの法的過失が存在するとの推測のもと、双方の供述から先の3要素を分析し、どちらにより多くの過失があったかを論証しなければならない。このように、法曹人に求められている「論証能力」は、法的な分析を前提としたものである。
 法的観点から見て解決されるべき問題の所在が判明したとき、法曹人は法的解決、ないし法的処理という目的に向かう。その際、与えられた具体的事実に緻密な分析を加え、論理的な「論証」によって結論を導き出す作業をする。これがまさに法的思考能力と呼ばれるものであるという。

・法曹人に求められる論証能力因子とはどのようなものか。
 論証とは、ある根拠からある結論を導き出す過程(プロセス)のことを指す。最も簡単な原始的な論証構造は、次のようなものである。
 根拠 ➡(導出部分)➡ 結論
※これは、ある根拠から直線的に結論が導き出されるような場合である。
 主張A→主張Bの論証構造にあるべき前提が欠落していたり、帰納(個々の特殊な事実から一般的な法則を導き出すこと)を確実にする個別事例、サンプルが不十分だと、その事柄は一般化して述べるには不適切、発言や主張自体が不完全で弱い印象となってしまう。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、175頁~183頁)

反論としての批判と異論


・論証構造の根拠や、根拠と結論への導出プロセスに不備がある場合、その不適切さに対して否定的な見解または事例が示されることがある。これが反論である。
・反論には批判と異論がある。
 批判とは、論証部(根拠、前提、導出)に対する否定的見解の提示であり、結論部を否定したり、対立する主張をなすものではない。
 一方、異論は結論と対立する主張を打ち立てることをいう。
 つまり、「AならばBが成立する」という主張に対して、
 Aだからといって必ずしもBとはならないという反論が批判(論理的反論)である。
 A→Bは成立しないという主張は異論となる。

※ロースクール適性試験では、この論証能力因子が中心的に問われているという。
 論証構造とそれに対する反論こそが法曹人になるために不可欠な能力との位置づけであるようだ。
 それというのも、日本の裁判制度が被告人(弁護人)と検察官という両当事者が証拠をめぐって争い、それを検討しながら裁判所が判断(判決)を下す当事者主義(訴訟の主導権を原告と被告に与えるという原則)の構造をとっているからである。
 原告と被告がそれぞれの主張、つまり論証構造をぶつけ合い、互いに批判や異論を唱える形態であるのだから、「反論」能力こそ法曹人の最大にして必要不可欠な武器となるからと、小林氏は解説している。

それでは、日本のロースクール入学のための法曹適性試験から、その「反論」能力がどのように問われているのか。
この点について、具体的に次のような問題を出している。

【問題】
1~5のうち、次の主張に対する論理的反論になっていないものを1つ選びなさい。
 花粉症は多くの人が患い、年々その患者は増加する傾向にある。花粉症の原因は諸説あるが、ここではスギ花粉の増加と大気汚染の影響の複合的原因としよう。花粉症患者を減らすための解決策としてスギ花粉を減らすためにはスギを伐採する案がある。しかし、スギを伐採することによって緑が失われる。そもそも大気汚染がなければ花粉症にかかることもない。したがって、大気汚染対策をするべきであって、スギを伐採する必要はない。

1. 大気汚染の対策には時間がかかる。
2. スギを伐採したあとに違う木を植えればよいので、スギの伐採によって緑が失われることはない。
3. 現在の日本の社会で大気汚染を完全になくすことは困難である。
4. 大気汚染対策とスギを伐採することは同時に行える。
5. 花粉症の患者は非常に多く、日本の生産性を下げているので、スギを伐採すべきである。
(日弁連法務研究財団適性試験 2003)



〇問題文を整理すると、次のような論証構造図が設計できるという。
 花粉症の原因⇒複合的原因
 ➡スギ花粉の増加 大気汚染
 花粉症の解決策
 スギを伐採する案――――――――――A          
 スギの伐採は緑が減る――――――――B
 花粉症の原因は複合的原因である―――C
 大気汚染がなければ、スギ花粉のみで花粉症となることはない―――D
 大気汚染対策をするべきだ――――――――――E
 スギの伐採の必要性なし

この図によって、
選択肢1はEに対する反論(批判)
選択肢2はBに対する反論(批判)
選択肢3は1と同様にEに対する反論(批判)
選択肢4はCに対する反論(批判)
選択肢5のみが論理的反論になっていない。
何故ならば、論証構造図の中に日本の生産性の記述は全く見られないからであるという。

・難しいのは、問題文が述べている中心的命題が、「花粉症の原因は複合的なものであるから、何もスギを伐採することはなく、もう一つの原因である大気汚染対策をすればよい」と要約できる点に気づくかどうかである。
 そうすれば、選択肢5の「花粉症の患者は非常に多く、日本の生産性を下げているので、スギを伐採すべきである」との主張は問題文の論証構造と何ら関係なく、重要部分を構成していないことに気づくはずであるという。

※法的思考力の重要な要素である論証能力の本質は、「主張」を理解し、その「主張」の妥当性を問うことにある。この問題で言えば、花粉症、大気汚染、スギ問題、緑化といった諸々の問題の価値判断は、論証能力とは無関係であることに注意すべきであると、小林氏は断っている。
 つまり、選択肢5は、一般論や常識的判断からは“是”とされようが、この問題の主張の論証構造を崩しているわけではない。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、183頁~188頁)

実質的な利益衡量とは


・現実の法律問題では、事態は複雑である。そこで、現実に裁判で争われた法律事案を素材に作られたロースクール適性試験問題を紹介している。

【問題】
以下の問題を指示に従って論述しなさい。
 なお、本問は、法的な知識を問うものではないので、法律の解釈論や判例・学説の羅列は評価されない。問題文に示された論点を用いながら、論理的で説得力のある文書を作成して欲しい。

 A市は港町で、B国からの船舶が来航するため、B国人の船員が多数市内に繰り出し、商店街もB国語による案内板を設置したり、店員にB国語の研修をさせたりして歓迎していた。ところが公衆浴場では、入り方がよくわからないB国人が自己流で入浴し、日本人との間でトラブルが頻発した。そこで、A市公衆浴場組合に属するほとんどの公衆浴場は「外国人お断り」の張り紙を出して外国人らしき外見の客をすべて断るという手段に出た。これによって当のB国人はもちろん、B国以外の外国人、さらに日本国籍をもった外国系住民等が軒並み入浴を拒否されるという事態となり、A市の国際交流ブームが冷え込む結果となった。
 A市の市民モニター懇談会では、モニターが市政全般について意見を提出することができる。モニターとして、この公衆浴場の外国人排除について容認または反対のいずれかの立場を明らかにして、懇談会に出席する意見書を書きなさい。
 この問題をめぐっては、以下の論点が関係してくる。意見書作成にあたってはこれを参考にしつつ、その全部に触れる必要はなく、以下の論点リストにあげられていない論点をとりあげてもよい。自己の選んだ立場を支持する論拠になりうる論点と反対の論拠になりうる論点とにそれぞれ3点以上言及し、反対の論拠には反論を加えるなど、自己の選んだ立場が説得的になるように工夫してまとめなさい。

(論点)
 外国人の入浴習慣の違い
 民族・国籍による区別の是非
 客を選ぶ自由
 日本人客へのサービス
 地域振興
 国際交流
 言葉の壁
 公衆浴場業の再生
 (日弁連法務研究財団適性試験・表現力問題 2003)

<小林氏のコメント>
・この問題は素材として、平成13年に札幌地裁で実際に争われた民事の損害賠償請求事件をヒントにしたものらしい。
・実際の生きた裁判事例を下地にしているためか、本問は、比較する対象を単純に数値化するのが困難であり、対象として扱う素材自体が、これまで見てきた択一式の適性試験のように条件が固定されていない点に特徴がある。つまり、条件が流動的で変化に富んでいる。
 言い換えれば、柔軟な思考を基礎に集合能力、比較能力、更に論証能力などを複合的に駆使して問題解決を図ることが求められているという。(答案例省略)
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、191頁~193頁)

医師に求められる能力~第5章より


・人の生命を預かる医師は、まず患者の愁訴から、病巣が、その患者のどこに潜んでいるかを推理することが第一義的に重要であろう。
 データの持つ情報、特に「変化」を正確に読み取り、その分析を通して推理能力を働かせ最終的判断に達するのは、医師に必須の基本的能力である。
 医師が相手にするのは生身の人間である以上、患者の言葉や表情は何よりのデータといえる。つまり、医師とは優れた“人間洞察家”であるべきである。
 そして、患者の痛み、苦しみを知り、その人を病から解放してあげたいという気持ちが強いほど、問診の際に、患者に対して集中し、患者の病巣を読み取る能力が増幅される。

・しかし、推理能力がすべてではない。患者の生命、健康を保護するために、現時点で、最大の利益となることを医師は常に考え、実行しなければならない。
 すなわち、医師にも特有の利益衡量能力が求められるという。
・自己の置かれた状況、すなわち、医療の現場の限られた人的資源、物的資源を使い、どのように行動すれば、最大限の仕事をなしうるかを考察すること、これこそが医師に求められている能力なのである。これは、与えられた条件内で、最良の処置を施すという能力である。
 医師は突発的な事態に臨機応変に対応し瞬時に判断をくださねばならない場面に、日常的に直面する。
 その際に、与えられた条件の中で最大の効率性を導く判断を利益衡量という能力因子を通じてなさねばならない時が必ずある。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、229頁~230頁、236頁~237頁)

医学部入試英語で問われるもの~推理力


・いくつかの医学部の入試問題を紹介している。
 英語の出題であるが、その内容は、推理能力を問うものである。
 (聖マリアンナ医科大学の問題)

【問題】 次の英文を読んで、表の空欄(1)~(10)を埋めなさい。
 
Five colleagues set off for work each day in their vehicles. Work out
who drives which and how long they each drive to work.
Paul drives for twice as long as the driver of the yellow car and a
quarter of the time that Olivia has to drive in her red car.
Neville has ten times more traveling time than Martin to get to
work.
The green car’s driver travels for half as long as Neville, while
Lynda takes five times longer than Martin, who has the shortest
journey.
The black car has the longest traveling time, and the blue car has a
quarter of that of the red car.
They each drive to work for 5 minutes, 10 minutes, 25 minutes, 40
minutes, and 50 minutes.

Name Color of Car Time
Lynda (1) (6)
Martin (2) (7)
Neville (3) (8)
Olivia (4) (9)
Paul (5) (10)

   (聖マリアンナ医科大学 1997)


・念のために、小林公夫氏は訳文を載せている。
【訳文】
5人の同僚は毎日、車で仕事に出かける。誰がどの車を運転しているか、また、各人の通勤時間がどれほどかかるかを推論しなさい。
ポールの運転時間は黄色い車を運転する者の2倍で、オリヴィアが自分の赤い車を運転する時間の4分の1である。
ネヴィルの通勤時間はマーティンの10倍である。緑色の車の所有者は、通勤時間がネヴィルの半分で、一方、リンダの通勤時間は最も通勤時間が短いマーティンの5倍である。
黒い車の所有者の通勤時間は最も長く、青い車の通勤時間は赤い車の4分の1である。
以上5人の通勤時間はそれぞれ5分、10分、25分、40分、50分である。



こうした推理、推論の問題では、まず問題のポイントを整理することが大切である。
〇通勤時間と車の色について問題文を整理すると、次のようになる。
①ポール=黄色×2
②ポール=オリヴィア(赤)×1/4
③ネヴィル=マーティン×10
④緑=ネヴィル×1/2
⑤リンダ=マーティン×5
⑥マーティン=5分
⑦黒=50分
⑧青=赤×1/4
以上、①から⑧までに整理できる。
・すると、⑥のマーティン=5分を⑤へ代入して、リンダ=5分×5=25分
また、③よりネヴィル==マーティン×10であるからネヴィル=5分×10=50分となる。
ここで、通勤時間に関しては、残るのは10分と40分で、確定していないのが、ポールとオリヴィアだから、②の条件より、ポール=10分、オリヴィア=40分と決まる。

・車の色については、②よりオリヴィア=赤、⑦よりネヴィル=黒、②と⑧よりポール=青、
 ①よりポール(青)=黄色×2=10分で、黄色=5分だから、マーティン=黄、残るリンダ=緑ということになる。

従って、答えは
(1)green (6)25 minutes
(2)yellow (7)5 minutes
(3)black (8)50 minutes
(4)red (9)40 minutes
(5)blue (10)10 minutes

※この問題のポイントは、普通に解くのであれば、上記のように①から⑧までの条件をきちんと丁寧に推論し、積み上げていけば良い、ということになる。また、それで十分に正解にたどりつくことが可能である。
 ただ、与えられた5人の通勤時間に着目し、一段高い推理能力を働かせると、以下のような解き方もあるだろう。
 すなわち、②から4倍の関係になっている二つの数字は、10分と40分しかないから、ポール=10分、オリヴィア=40分、また残る5分、25分、50分で、③のように10倍の関係になるのは、5分と50分しかないため、ネヴィル=50分、マーティン=5分と決まり、残るリンダは25分になると推論していくことも可能。
 あとは、車の色は①④⑦⑧の条件から導出可能ということになる。
 いずれにしても、与えられた複数の条件から、ある事実を推論し、導き出す能力が問われている。

※これは患者の初期症状の段階で病気の本質を見抜く医師としての推理能力を試す良い問題だと、小林氏は評している。
 医学部入試には、推理能力を試す問題が目白押しであるようだ。
 東京女子医大の問題では、動物(タコ)の行動に関する生物の問題の形式で、グラフの意味するものを読み解き推理能力を働かせ、データを解析して推理・判断を下す医師にとって重要な能力を問うている。(東京女子医科大学 1998、問題文省略)

【興味深い報告書】
・医師にとって推理能力はやはり重要な位置を占めている。
 このことを補強する興味深い報告書があるという。「医師国家試験の出題形式の改善に関する研究」というものである。
 これは、日本の医師国家試験にアメリカの医科大学協会が実施している医学部入試の統一試験で使われている Skills Analysis法を導入したらどうか、という研究報告であるようだ。
・Skills Analysis法とは、「記憶力だけではない人間の能力を評価するために開発された手法」である。医師を目指す者に対し、単に知識の量ではなく、批判的思考能力や推理能力など総合的な問題解決能力を測る手法である。
 つまり、裏を返せば、日本の医師にはそうした面が不足しているという。
(推理・判断能力が不十分な医師が誤診など医療過誤を犯す恐れがあるため、アメリカの制度を見習い、医師の適性のない者を前段階でふるいにかけようということではないかと、小林氏は推測している)
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、216頁~220頁、225頁~226頁)

『Dr.コトー診療所』にみられる利益衡量の問題


〇『Dr.コトー診療所』(山田貴敏作・小学館刊)というマンガはテレビドラマにもなったので、知っている人も多い。
・孤島の診療所に赴任した青年医師、Dr.コトーこと五島健助が恵まれない医療環境の中で医師として懸命に働きながら、島民の信頼を得ていくというストーリーである。
・この物語には、第1話から、シビアな利益衡量の問題が提起されている。第1話の粗筋はこうである。
 島の少年タケヒロが虫垂炎にかかる。
 五島の診断では腹膜炎を併発しており、虫垂がいつ破裂してもおかしくない状態で、緊急の手術が必要だ。しかし、少年の父親の漁師は島の診療所では手術を許可しない。本土の設備の整った病院に連れて行く、という。
(実は彼の妻は3年前、五島の前任の医師に心臓病を単なる風邪と誤診され、命を失った。にがい経験を持つ漁師は、島の医師に不信感を抱いていた)

 漁師は息子を漁船に乗せ本土の病院に向かう。五島は看護師と一緒に付き添いとして船に乗り込む。本土までは6時間、港から病院まで救急車で30分。五島の判断では少年の症状は6時間半はもたない。
 五島は隙をみて船のエンジンキーを海に投げ捨て(たふりをして)、強引に父親を説得し、船上で開腹手術に踏み切る。
 幸い手術は成功し、タケヒロは一命を取り留める。摘出した虫垂は肥大していて、一部は破れた状態で、まさに間一髪で少年の命は救われた。

☆ここで、五島の行動はすべてを正当化できるだろうかと、小林公夫氏は問題を提起している。
 ここには医師が直面せざるをえない利益衡量という大きな問題が潜んでいるという。
 小林氏の説明はこうである。
 まず、手術をするには少年が未成年であれば、親権者である父親の承諾が必要である。
 しかし、父親は島の診療所の医師を信頼しておらず、本土の病院での手術を希望している。⇒ここには少年の命と親権者の意思が対立している構図がある。
 つまり、患者(この場合は父親)の自己決定権という「利益」と、救助される生命という「利益」が対立している。

※患者の生命が緊急手術を必要としているのであれば、自己決定権を侵害してもそれをなすべきかという、いってみれば究極の利益衡量がなされねばならない場面である。
 このときの医師の判断能力はたいへん重要な意味を持つ。
・五島は本土の病院に着く6時間半の間に少年が命を落とすリスクの方が大きいと判断して手術を決行するわけだが、もし、父親の意思を尊重して本土にそのまま行かせても医師が責任を問われることはない。しかし、少年の生命はその間に失われるかもしれない。
※医師に求められる利益衡量とは、直接患者の生命に関わるケースが少なくない。
 まして、緊急を要する場合は熟慮している時間はない。推理能力、直感的着眼能力、利益衡量能力などを総動員して、瞬時に判断をくださなければならない。
 その意味では、医師とは苛酷な職業である。それだけ高次元の卓抜した能力が求められる。

<患者の自己決定権と衝突する医術的正当性>
・「患者の自己決定権を無視した医療は、すべて傷害罪にあたる」という立場をとる学者がいるそうだ。患者の意思を尊重する意味では一理ある説である。
 しかし、小林公夫氏は、必ずしもそうは思わないとする。
 科学的に正当な根拠に基づいてくだした判断、すなわちEBM(evidence based medicine)にのっとった医療判断が、患者の自己決定権と対立する場合、患者の生命に関わる場面では生命を救う医療行為が上位にあるのではないかと考えている。
(患者の自己決定権を保護するために、オーストリアのように専断的医療罪という新しい犯罪構成要件を設けて懲役1年以内で軽く処罰をすべきではないかとも考えているという。これが、小林氏の研究課題にもなっている問題らしい)

・話をもう一度Dr.コトーに戻す。
 五島が船上で手術に踏み切るとき、親権者である父親の承諾を得た手段はやや強引である。
 しかし、五島は少年の生命との利益衡量の結果、そうした手段を選択したのであり、幸運にも手術は成功した。生命の喪失を防ぐのは医師として第一義の職業倫理であることを考慮すれば、五島の利益衡量は正当であったというのが、小林氏の立場であるという。
 もちろん、これは緊急の場合である。患者の容態に余裕がある場合(少年の容態が6時間半以上の安定を保てるならば)、設備の整った本土の病院で手術を受けるのが良いはずである。
 医師の判断は患者の状態や置かれている状況などを総合的に利益衡量してくだされなければならない。

・なお、余談として、五島がとった強引な手段(つまり船のキーを海に投げ捨てたふりをして父親の承諾を得たこと)は、一種の欺罔(ぎもう)行為(詐欺的行為で相手を錯覚に陥らせること)に当たるらしい。また相手を騙すことで手術を行い報酬を得たとすれば、詐欺罪に問われる可能性をはらんでいるようだ。
 いずれにしても、五島の行為は、かなり危うい要素も含んでいる点にも注意する必要があるという。
(小林公夫『論理思考の鍛え方』講談社現代新書、2004年、237頁~242頁)




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