日向ぼっこ残日録

移り気そのままの「残日録」

小説 1

2009年01月18日 13時37分24秒 | 小説
    花の内の南風(はえ)
 
          約束

 秀太が目覚めたとき、小さな雨が降り出していた。木の葉にあたる微かな音に混じって、誰かが庭先に駆け込んでくる気配がした。
「もう起きているか」
 玄関の辺りで声がしたかと思う間もなく、寝室のドアが開けられた。
「少し遅くなったが約束のお迎えにきてやったぞ」
 きのう剛志と交わした約束は、頭の隅に欠片しか残っていなかった。
 二十二歳の誕生日に剛志が飲みに誘ってくれた小さなスナック「純」に美穂がいた。
 三人は、白城高校の同級生であったが、当時はあまり親しくなかった。というのも、美穂が男どもを引き連れて繁華街を歩く姿を、なんども見て、すごい感動というか、違う種別の人間という感じがしていたからである。
 当時、秀太はどちらかというと、机に向かうということは少なかったが、成績が良かったので周りからはガリ勉タイプと見られていた。
 美穂がなぜスナック「純」のウエイトレスをしているのか、剛志が美穂とどれくらい親しいのか考えているうちに、酒をあまり飲めない秀太は、酔っ払ってしまい後のことはすべて覚えていなかった。どうして今自分のベッドの上にいるのかさえ覚えていなかった。

 白城高校は、進学校で80パーセント程度の進学率であったが、サラリーマン家庭ほど進学率は高く、商店や工場の後継ぎの中には、入学当初よりそれは考えていない者もいた。   
 秀太は、将来の目標とか、職業に対する希望もなかった。高校をでると、地元の信用金庫に勤めた。
 両親と妹亜季の四人暮らしであったが、中央通り商店街で営む家業の「お茶の小売業」のあとを継ぐことは考えていなかった。亜季は、中学生のころより店の手伝いをしており、人と話すのが苦手な秀太にくらべて、天才的に人扱いがうまかった。
 その両親が、一年前に自家用車でめぐる山陰の温泉旅行の帰り道、大山近くの高速道路上で、居眠り運転と思われる大型車両に追突され、死亡した。店の営業は、亜季と三人の古くからの店員で順調に営業を続けていけた。
 しかし、秀太は、なにを思ったのか両親の葬儀が終わると、三年勤めた信用金庫を退職した。中心地より少し離れた自宅に、何をするでもなしにこもってしまった。
 亜季は,そんな兄を心配して、あまり友達がいないが、高校時代よりなぜか兄と気の合う剛志に、外へさそってほしいと頼んでいた。剛志は、呉服店の次男でデパート内の出店をまかされていたから、気楽な身分といえた。
 
 剛志の「おい、おい」と揺り起こす声に、身を捩ると、なぜか節々が痛んだ。
「新舞子へ美穂さんと潮干狩りに行く約束なんだぞ」
「雨が降っているんじゃないか」
「午後から天気はよくなるそうだから」
 身体を動かしたくない気分が全身を支配していたが、やっとのことで「どすん」と身体をベッドの下へ投げ出させたのは、約束は覚えていなかったが、美穂に興味があったからだろう。
 剛志の四輪駆動車に乗り込んだとき、雨はあがっていた。
 大手前公園の姫路城の見える一角に、美穂が手を上げているのが見えたとき,秀太は「やっ」と声をあげそうになった。四年の歳月は三人の立場を完全に変えているのか。
 高校時代には考えられない清楚な服装なので、なぜかがっかりするような感情がうかんできたのはどうしてだろうか。剛志は、相変わらず行動も身につけているものもまぶしいくらいの輝きがある。秀太は、よれよれの服装以上に、目的のない日々の行動が、美穂に少しは近づいているんではとの考えが吹っ飛んで、落ち着かなさをおぼえた。
「剛志君、潮干狩りも楽しみなんだけど、お弁当持ってきたから三人で食べようね」
「美穂が弁当作れるなんて考えてなかったなー、秀太」
「わたし、前から秀太君に興味があるのよ。だから、今日もはやく起きてお弁当をつくったのよ」
「そうしとこう。お母さんに半分は手伝ってもらったんだろう。高校時代の美穂からは考えられないからなー」と剛志
「二十歳前に独立心が芽生えるのは誰でもあることでしょう。その独立心が少し歪んで現れただけなのよ」
 秀太は、二人の会話を遠い日の出来事のように聞いていた。そして、眠ってしまった。
(続く、不定期掲載。花の内の南風=一月に吹く暖かな南よりの風)