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くまドン旅日記

写真が趣味です。自然の風景、旅行、歴史に興味を持って撮影を続けています。

名所江戸百景145 第26景 八景坂鐙掛松(2) 大森 品川神社

2014年01月26日 09時30分32秒 | 名所江戸百景
こんにちわ、「くまドン」です。

 今回は、大田区の大森駅(おおもりえき)近くの八景坂(はっけいさか)の話です。
 前回の東京港野鳥公園(とうきょうこうやちょうこうえん)で撮影からの続きになります。

 下の絵は、広重の名所江戸百景「第26景 八景坂鎧掛松」(春景)です。

 現在のJR大森駅山王口前の池上通りの坂道を江戸時代の人達は「八景坂(はっけいざか)」と呼んでいました。
 広重の絵は、その八景坂からの眺めを俯瞰(ふかん、上から下を見下ろす)で描いた絵です。
 江戸時代の頃は、八景坂の上からの眺めは素晴しく、東京湾を房総半島まで一望のもとに見渡すことができたそうです。
 江戸時代の品川から大森海岸までの東海道(とうかいどう)は海岸線沿いにありました。絵にも描かれています。
 八景坂は池上道と呼ばれる東海道から分かれて池上本門寺に向かう道の途中にあった坂です。
 絵の右下から人や籠(かご)が登ってくる坂が八景坂です。江戸時代の頃は、かなり急な坂道だったそうです。
 また、この池上道は古道で、昔は東海道だったという説もあります。
 坂の上には、茶屋と大きな松の木が描かれています。この松の木は「鐙掛松」と呼ばれ、平安時代の武将・源義家(みなもとのよしいえ、八幡太郎、源頼朝・義経の四代前の先祖)が、奥州(おうしゅう、現在の東北地方)遠征の行く途中、鎧を掛けたとの伝説が残る松でした。明治時代に枯れて、今は無いそうです。
 絵の奥にある左側から突き出た一番前の岬が品川宿の付近です。沖合には船荷の積み替えをする船が停泊しています。品川(北)の向こうにある海岸線が房総半島(東)へと続いていく風景と言われていますが、そう考えると方向感覚がおかしくなりそうです。

 江戸時代に八景坂から眺めることができた八景は以下の通りです。
  笠島夜雨(かさじまやう)、鮫州晴嵐(さめずせいらん)、大森暮雪(おおもりぼせつ)、
  羽田帰帆(はねだきはん)、六郷夕照(ろくごうゆうしょう)、大井落雁(おおいらくがん)、
  袖浦秋月(そでがうらしゅうげつ)、池上晩鐘(いけがみばんしょう)
 (「笠島」は、現在の鈴が森付近にあったと云われています。「袖浦」は、東京湾対岸の千葉県袖ヶ浦市があり、東京湾越しに、房総半島から登る月を指したものと考えます。残り六景は現在も地名が残っています。)


 東京港野鳥公園から、バスでJR大森駅に向かう途中、京浜急行の大森海岸駅を経由します。
 現在の京浜急行の線路のある付近が江戸時代の海岸線です。ここからJR大森駅までは、広重の絵にあるように平坦な地形が続いています。
 下の写真は、JR大森駅の西口にある八景坂の上にあった天祖神社(てんそじんじゃ)です。駅の西側は崖になってます。写真の下の所に八景坂が左(南)から右(北)へ登っていくですが、人がいるので、カットしました。


 天祖神社の祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)ですが、創建の年代は不明です。
 階段途中の左手には、稲荷神社(いなりじんじゃ)もあります。
(絵画調)

 急な階段を登っていくと、社殿がありました。
 広重の絵に描かれた鎧掛松は、源義家が奥州征伐に向かう途中で、この神社で戦勝を祈願する為、境内にあった松の木に鎧を掛けた伝説からきています。
(絵画調)

 現代では、神社の周りは樹木と高い建物に囲まれ、広重の絵に描かれた眺めは望めません。鎧掛松の木も、明治時代には枯れ、広重の時代の面影は、天祖神社が残されているだけです。

 神社の左手を下りていく坂に、馬込文士村をテーマにしたレリーフ(説明板)がありました。
 下のレリーフは、「大正8年の大森駅付近の風景」だそうです。まだ、この頃は、駅の向こうに海が見えますね。

【馬込文士村(まごめぶんしむら)】
 JR大森駅の西側の台地は、山王(さんのう)と呼ばれる土地で、その西側には馬込(まごめ)村がありました。
 明治9年(新橋~横浜間開通の4年後)に開業した歴史の古い駅ですが、当時は、東京郊外の雑木林や田畑が広がっている地域だった為、画家や文士が好んで住んでいました。
 大正12年の関東大震災後になると、尾崎士郎(おざきしろう)と宇野 千代(うのちよ)を中心に、さらに移り住む文士が増えていき、昭和初期にかけて多くの文士、芸術家が暮らしていた地域だったそうです。この頃は、作家や文化人が集まるハイカラな住宅地の自宅でダンスパーティーを開くのが流行していたそうです。


 東京港野鳥公園は昼食抜きで撮影していました。八景坂の撮影終了後、JR大森海岸駅の周辺には、美味しそうな店が並んでいたのですが、品川方面の撮影がもう一カ所残っていたので、我慢(がまん)することにしました。
 京浜急行線の大森海岸駅に戻り、京浜急行で品川方面に向かっていくと、西側の車窓から台地の崖が近くに見えます。
 京浜急行線と並行して走っている第一京浜道路は、江戸時代の江戸時代の東海道(とうかいどう)です。
 品川から大森海岸までの江戸時代の東海道は海岸線沿いにありましたので、京浜急行線も江戸時代の海岸線の近くを走っている事になります。
 そうして考えて見ると、縄文時代の海岸線だった崖線(がいせん)と江戸時代の海岸線の間に、平坦な土地が長く伸びていた事が、電車に乗りながら見えてきます。
 青物横町駅を過ぎると、途端に台地の崖が無くなります。この付近は目黒川の河口部で、次の新馬場駅(しんばんばえき)は、目黒川の真上にある駅です。そして、ここが、もう一つの撮影の品川神社がある所です。
 新馬場駅北口を出ると、目の前の第一京浜道路の向こう側に品川神社が見えます。
 神社の左側に大黒様が見えますが、品川神社は、東海七福神の1社で、大黒天を祀ってあります。

 写真の左上には、富士塚(ふじづか、品川富士)があります。品川神社のある台地の崖に造られている為、正面から登ると結構な高さがあります。
 富士塚は、富士浅間信仰(ふじせんげんしんこう、富士山を神と見立て信仰・崇拝する)する人たちが、富士山を遠くから拝む為や、富士山に行くことができない人の為に造られた築山(つきやま、人工的に造られた山)です。

 正面の階段の途中から富士塚への登り口が分かれます。

 少し先の「二合目」と書かれた場所には、石像もあります。
 手前に鬼の石像が二体あるので、役行者(えんのぎょうじゃ、役小角)のようです。役行者は修験道(しゅうけんどう、山岳修行)の開祖です

 この品川富士は明治2年に、北品川宿の富士信仰の人達により造られましたが、明治の神仏分離令で、一度破壊されて、明治5年に再度、造られたそうです。
 「四合目」です。途中に文字が刻まれたおおきな石碑があって、凝った造りです。

 「五合目」からは道幅が狭くなり、鎖場(くさりば)が登場! 

 「八合目」から下を見下ろすと、結構、急な斜面なのが分かるかと思います。

 富士塚頂上からの北東側の品川洲崎(すさき)方向への眺めは良いです。京浜急行の電車を見下ろせます。ただし、海は埋め立てにより、はるかに遠くです。本来は富士山の方向(西)を拝む為の場所でしたが、現在では、神社の木や高い建物に遮られて見る事はできません。

 今回は下見を兼ねて、暗くなるまで品川駅まで歩きましたが、日が傾いて、日陰が多くなりましたので、2月再訪して撮影しました。1月分の他の景がありますので、この続きは2月分で合わせてとさせていただきます。

 一応、説明の補足として、地形図(手書き部分は大雑把な位置で、正確ではありません)を載せておきます。
 「国土地理院ホームページ掲載のデジタル標高地形図画像データ(図名等)を使用しました。」

 図の左下にJR大森駅(紫■)があり、その西(左)側にある紫色の星印()が八景坂のある所です。有名な大森貝塚も、少し北側にあります。
 「東京港野鳥公園」は図右下の赤い矢印↓の先にあり、図の外側です。
 その中間に大井ふ頭中央海浜公園(白い○印)、品川水族館(赤い○印)、京浜急行の大森海岸駅()があります。
 西(左)側の黄色の台地部が縄文時代の海岸線です。江戸時代の大森付近の海岸線の近くに東海道(現在の第一京浜道路)がありましたが、ほぼ、京浜急行線が並行して走っています。埋め立てにより海岸線は、はるか先です。

 立会川駅()の右側にある濃い桃色の星印()付近が坂本龍馬像のあった付近です。右に勝島運河があります。この場所の話は、以下のブログです。
 「名所江戸百景071 第109景 南品川鮫洲海岸(1) 坂本龍馬と浜川砲台」
 「名所江戸百景072 第109景 南品川鮫洲海岸(2) 勝島運河と立会川」
 新馬場駅()の西(左)側に(赤い星印★)が品川神社ある所です。
 近くの北東(右上)の黄色の星印()が品川洲崎のあった所です。
 「名所江戸百景070 第83景 品川すさき 品川浦と釣り舟」

 今回は、これで終了とさせていただきます。

 くまドンのブログに訪問していただき、ありがとうございます。
 11月~1月はハイペースの百景確定が必要なのですが、実際には、1カ月で10景前後がやっとです。
 今月も、1月分6景と12月残分2景を作りましたが、仕事・撮影と色々ありまして、未達成となりそうです。
 撮影するより、ブログ作成は手間がかかりますね。

 次回は、別の景の話になります。

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