紅旗征戎

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『葉隠入門』と『堕落論』にみる、生と死の哲学

2005-03-08 17:00:57 | 思想・哲学・文明論
最近、練炭による若者の集団自殺のニュースを聞くことが珍しくなくなった。インターネットを通じて、「心中」の相手を見つけて、見知らぬもの同士で集団自殺しているとのことだが、厚生労働省が公表している「自殺死亡統計の概況」によると、人口10万人における自殺者数をはかる自殺死亡率は、トータルでは、2003年度は38.0と、1970年度の17.3に比べて倍増しているが、急増しているのは若者ではなく、中高年の自殺である。不況やリストラ、高齢化などが背景となっていると考えられる。

自殺についての古典的研究である、デュルケムの『自殺論』は自殺率を様々なデータで比較し、人とのつながりが弱い社会での自殺率が高いことを明らかにした。つまり他人とつながっている実感がもてないこと、人のために役立っていると自覚できないことが自殺の引き金となると考えたのである。練炭による集団自殺者が、知り合いは巻き込めないが、あるいは一緒に死んでくれる相手は身近にはいないが、一人では死にたくないと最後まで他人とのつながりを求めているところに自殺志願者の心理が反映されているのかもしれない。

自殺の事情は様々で、将来に悲観して若者が自殺するのと、経済的にも社会的にも行き詰まって、疲れてしまった中高年が自殺するのでは全く意味が異なるかもしれないが、若者にしても中高年にしても生きること、死ぬことと直面することの難しさを痛感させられる。生きることと死ぬことは表裏一体の関係にあり、生きる力をつけることは死を迎える力をつけることのはずだが、西洋哲学や道徳教育が「いかによく生きるか」に力点を置いてきたのに対して、死をどう迎えるかについては十分な哲学が発達してこなかったのかもしれない。

三島由紀夫は自衛隊の市谷駐屯地で衝撃的な自決を行なう3年前(1967)に『葉隠入門』を出版している。『葉隠』とは「武士道といふは、死ぬ事と見つけたり」という一節が特に有名な、18世紀初頭、元禄太平の世の中に武士道の理想を説いた処世訓である。三島はこの『葉隠聞書』の死の哲学に大いに共鳴し、解説しながら、自己の文学観、人生観や戦後20年の世相に対する考えをまとめたのがこの『葉隠入門』である。

「行動家の最大の不幸は、そのあやまちのない一点を添加したあとも、死ななかった場合である。那須与一は、扇の的を射た後も永く生きた」(『葉隠入門』新潮文庫、13頁)という文章を読むと一見、「死の美学」を称える、いかにも三島文学らしさを感じるが、同時に「われわれは、一つの思想や理論のために死ねるという錯覚に、いつも陥りたがる。しかし『葉隠』が示しているのは、もっと容赦ない死であり、花も実もないむだな犬死さえも、人間の死として尊厳をもっているということを主張しているのである」(90頁)とも指摘し、死を過度に美化したり、理想化したり、意味づけることを戒めている。言い換えれば安易に「美しい死」を求めるな、と言っているとも読める。そう読むと、三島とは全く対照的な議論と考えられている、坂口安吾の『堕落論』(1946)の主張とも似通ってくる。

敗戦後の価値の大転換期に、坂口安吾は「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから、堕ちるだけだ」とむしろ開き直って生きてゆくことにエールを送った。ソクラテスが説くように「よく生きる」ことや、「よく生きられない」ために死ぬことよりも、「よく生きられなくても生き続けること」の方が難しいだろう。美しい死を求め続け、実際に自決してしまった三島由紀夫も、死すべきものとしての武士道を説きながら、生き永らえた『葉隠』の著者・山本常朝に共感し、死を安易に意味づけること、死に急ぐことを戒め、逆説的な形で人生を生き抜く哲学を語った。坂口安吾は「義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な道はない」と廃墟の中から立ち上がる心意気を説いた。安易なまとめは書けないが、生きたくても生きられない命が存在する限り、自ら断たなければ生きられる命は絶ってはいけないのではないだろうか。

しかし生き続けることは誰にとっても容易なことではない。その為にはいかによく生きるかだけでなく、日頃避けがちな死の問題についても考え、いかに死を迎えるべきについても考えておかねばならないだろう。死ぬ気になれば生きられるし、死の意味づけを自ら選ぶことが結局のところできないのだとしたら、死に急ぐ必要はない。三島の『葉隠入門』も坂口安吾の『堕落論』もそうした生と死のパラドキシカルな関係を明らかにしている良書である。