内的自己対話-川の畔のささめごと

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大佛次郎『猫のいる日々』― 猫は生涯の伴侶と言った大作家の名随筆集

2021-06-29 18:13:25 | 雑感

 一昨日の記事で石井進の『中世武士団』を取りあげたとき、その冒頭に引用されている大佛次郎の『乞食大将』のことを特に話題にした。この作品を読んでみたくなった。早速、電子書籍版があるかどうか、ネットで検索してみた。残念ながら、ない。紙の本なら、あるにはある。が、オンデマンドだったり、古本は高値がついていたり、文庫版は状態いい手頃な価格のものがなかったりと、食指が動く出品がない。出世作『鞍馬天狗』や『赤穂浪士』は電子版で読めるが、それらには特に関心がない。かつて『パリ燃ゆ』を興奮しながら読んだことを懐かしく思い出す。研究の必要上ではなく、良質の文学作品を楽しみで読むには、やはり紙の本がいい。『乞食大将』の入手はひとまず諦めることにした。
 電子書籍版で入手可能なその他の大佛次郎の本を探していると、『猫のいる日々』(徳間文庫 2014年)が目に留まった。これはノンフィクションでもフィクションでもなく、大佛が折に触れて書いた猫にまつわる随筆・小品六十五篇を集めたアンソロジーである。巻末の福島行一の解説によると、大佛は、「〈私の趣味は本と猫〉と言い、〈ネコは生涯の伴侶〉とも語り、最後には〈次の世には私はネコに生まれて来るだろう〉とまで入れ込んだ愛猫家」だった。
 しかし、ただの溺愛だけで随筆は書けない。しかも、これほどたくさん猫についての随筆・小品を書きながら、それぞれが一個の文章として立っている。大佛をいくつもの大作を残した大作家であるばかりでなく名随筆家にしているのは、文章が巧みな上に、深い教養と、豊かな人生経験と、広い見聞、洗練された趣味の持ち主であることは間違いないと思うが、それに私は鷹揚なユーモアのセンスを加えたい。
 例えば、「暴王ネコ」というエッセイの冒頭を読まれたし。

 猫のことは、あまり書き度くない。猫がいる故に、私は冬を迎えて寒い思いをしている。部屋にいて、障子を閉め切っていて、隙間風が多過ぎたから気がついて見たら、新しく貼った障子の一枚毎に二こまずつ、猫が出入り出来るように穴があけてあった。つまり四枚並んだ障子に合計八個の猫穴があり、廊下の風が自由に入って来ている。まさか猫の数だけ出入口を作ったのではあるまいと考え、妻を呼び出して、猫が八匹いても出入口は一つだけあればよいわけだと叱りつけると、どうせ破きますから、沢山こしらえて置きましたと用意が好過ぎる挨拶である。家の中を人間が安らかに住むように考えるのではない。猫の都合で決まるのである。

 いかがですか、この秀逸な随筆集をまだお読みになっていない猫好きのあなた。この文章の続きや他のエッセイも読んでみたくなったでしょう。ご期待が裏切られることはありませんよ、お約束します。猫嫌いや猫アレルギーの方もこれらの文章を読んで損はないこと、請け合います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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