内的自己対話-川の畔のささめごと

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ネガティブ・ケイパビリティ ― 事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力

2024-05-06 14:42:11 | 読游摘録

 こちらの提案に対する先方から確定的な承諾の返事がまだ来ていないから仮のテーマだと断らざるを得ないが、来年度の日仏合同ゼミのテーマは「ケアの倫理」にするつもりでいる。すでに二月からそのつもりでいたし、たとえ合同ゼミではこのテーマを扱えないことになったとしても、私個人としては追求していきたいテーマだから、来年度も春学期の集中講義「現代哲学特殊演習」を担当することになったら、そこで取り上げようと今から心積もりしている。参考文献の収集は二月から始めていて、英仏の基本文献はすでにだいたい手元に揃っている。これからはもっと広く関連書籍にも目配りしていこうと思っているところである。
 今朝方、なぜかジョン・キーツの詩が読みたくなってネット上で検索していて、ついでにキーツに触れている日本語の本も探そうと思って、日ごろよく利用しているハイブリッド総合書店 Honto の電子書籍検索エンジンに「ジョン・キーツ」と入力すると、十二件ヒットして、その一番上が小川公代の『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社、2021年)だった。「はて?」(朝ドラ『虎に翼』の猪爪寅子の真似ではありませんよ)と思って、早速立ち読みしてみた。
 「ネガティブ・ケイパビリティと共感力」と題された節にキーツのことが出てくる。この Negative Capability という言葉はキーツが1817年12月22日付の兄弟宛の書簡で使ったのが初出である。その書簡はネット上で読むことができる(例えば、こちら)。

I had not a dispute but a disquisition with Dilke, upon various subjects; several things dove-tailed in my mind, and at once it struck me what quality went to form a Man of Achievement, especially in Literature, and which Shakespeare possessed so enormously—I mean Negative Capability, that is, when a man is capable of being in uncertainties, mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact and reason—Coleridge, for instance, would let go by a fine isolated verisimilitude caught from the Penetralium of mystery, from being incapable of remaining content with half-knowledge. This pursued through volumes would perhaps take us no further than this, that with a great poet the sense of Beauty overcomes every other consideration, or rather obliterates all consideration.

 小川公代の説明によると、ネガティブ・ケイパビリティとは、「相手の気持ちや感情に寄り添いながらも、分かった気にならない「宙づり」の状態、つまり不確かさや疑いのなかにいられる能力」である。小川氏は、この説明の直後に、作家で精神科医の帚木蓬生の『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日新聞出版、2017年)を引用している。
 帚木氏は同書の冒頭で、どのようにしてこの概念と出会ったか説明している。それは『米国精神医学雑誌』のある号に掲載された論文のなかでのことで、その表題「共感に向けて。不思議さの活用」が眼に飛び込んできて、立ったまま論文を読み始めたという。その論文は、キーツの上掲書簡を参照しつつ、「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」とネガティブ・ケイパビリティを定義していた。
 かくしてケアの倫理からキーツのネガティブ・ケイパビリティへと期せずして至り着いたことは、実際にそうなってみれば、これまでの私自身の関心領域からして至極当然の成り行きのようにも思われる(ちょっと都合が良すぎるか)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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