内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

モンテーニュの『エセー』の諸版についての偶感

2022-05-25 23:59:59 | 読游摘録

 モンテーニュの『エセー』には色々な版があってややこしい。学問的にはそれぞれの版の異同を詳細に検討することで、モンテーニュ自身の思想の変化を精密に辿ることが重要な仕事になるだろう。
 やっかいなのは版だけではない。十六世紀のフランス語はまだ表記が安定しておらず、『エセー』の原文は現代フランス語に慣れているだけではとても読みづらい。モンテーニュの専門家ではないが「通」らしい友人によると、確かに読みやすくはないが、それでも原文に慣れてくると「クセ」になるし、現代フランス語表記に直した版より直にモンテーニュの息遣いに触れることができて、結局モンテーニュ読解への「近道」なのだとのことだが、私はとてもそのような域には達しておらず、原文表記を忠実に再現した PUF のヴィレー=ソーニエ版(1965年)は手元にあって参照はするものの、なんとか集中して読もうとしても、数分も原文を睨んでいると頭がくらくらしてくる。
 だから、私のようにただ楽しみで読む人間は、できるだけ読みやすい本文を提供してほしいと思う。それは一般のフランス人にとっても同様で、それが証拠に PUF 版以外で今日広く流布している版はいずれも表記を現代フランス語に変更してある。手元には Imprimerie Nationale 版(三巻本、1998年)、ポショテック版(2001年)、アルレア版(2002年)の三種がある。
 しかし、残念ながら、表記を現代フランス語に直しただけでは、よみやすさという点で問題がすべて解決したわけではない。語義や用語法が今日とかなり異なっている場合が少なくなく、現代フランス語の知識だけでは、よくわからなかったり、誤解してしまったりする危険が多分にあるからである。それで、現代フランス語訳もいくつも出ている。私の手元には、ガリマール社の Quarto 叢書版(2009年)とロベール・ラフォン社の Bouquins 叢書版(2019年)がある。
 日本語訳で所有しているのは白水社の宮下志朗訳(全七巻、2005年~2016年)のみで、日頃大変お世話になっているのだが、モンテーニュを電子書籍版で読むのはやはりなんとも味気ない。その宮下訳の第七巻の訳者あとがきに保苅瑞穂『モンテーニュ――よく生き、よく死ぬために』(講談社学術文庫 2015年、初版 筑摩書房 2003年)が名著として挙げられおり、読者に「ぜひ一読を」と薦めている。こちらも電子書籍版で所有していて、よくお世話になっているが、この名著もぜひ紙版で味読したい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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