内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

戦争についてのイメージとメッセージの考察を通じてなされたメディア論 ― 森正人『戦争と広告』

2021-10-26 12:56:36 | 読游摘録

 今年度のメディア・リテラシーの授業では、現在メディアを通じて実際に流通している情報を直に取り上げるのではなく、そもそもメディアとは何なのか、それは私たちの社会生活の中でどのように機能しているのか、前世紀のメディア革命と二十一世紀のICT技術の進歩とは現代世界をどう変えつつあるのか等の根本的な問題を前期前半6回の授業で取り上げてきた。前期後半では、これらの根本的な問題をより具体的な事例に即して考え続ける。
 そのためにまず取り上げる予定なのが森正人の『戦争と広告 第二次大戦、日本の戦争広告を読み解く』(角川選書 2016年)である。書名からわかるように、本書の直接的な考察対象は第二次大戦期の広告と当時の「聖戦」の現代的イメージだが、本書を貫いている問題意識はより広く深い。
 本書は、戦時中と現代日本における「聖戦」(日中戦争と太平洋戦争)の多様な広告を吟味しながら、その視覚性と物質性を明らかにすることをその目的としている。本書の考察の基軸をなす「視覚性」と「物質性」という二つの概念は、それぞれ以下のように本書の冒頭で定義されている。「視覚性」とは、「私たちが見ているものは自明のものではなく、特定の目的に応じて見せられているもの」であるという「操作された視覚」のことである。「物質性」とは、ナショナリズムの醸成過程において「存在している物もまた自明ではなく、選別され、配置されており」、「物はそこに存在することによって、特定のメッセージを伝える」という特性のことである。
 本書は、戦争についてのイメージとメッセージの考察を通じてなされたメディア論である。実際、本書の序章は、マクルーハンの『メディア論』を引きながら、メディアとは何かという根本問題と向き合い、そこからメディアが戦争に関する特定の物語をどのように作り上げていくかを考察している。そこで、メディアとは、マスメディアだけではなく、ある意味やメッセージを帯びたものすべてを指す。
 第一章は、日中戦争以降、形づくられてきた「聖戦」という概念が、どのように博覧会を通じて物質化され、雑誌を通じて視覚化されていったのかを考察している。
 第二章と第三章では、『写真週報』と『アサヒグラフ』の記事と写真の検討を通じて、前者では、戦争の状況や戦う兵士の身体などがどのように視覚化されたのか、後者では、銃後の道徳性がどのように視覚化されたのかが考察されている。
 第四章は、「聖戦」が現在の日本でどのように視覚化され、想像されているのかが問われる。「過去は特定の回路で再現される物語であり、決して「事実」ではない。しかし特定の物語は賞賛のレトリックと特定の事物や視覚イメージでもってスポットライトが当てられ、別の物語は巧妙に排除されていく。」
 戦中と現在とでは、メディアはたしかに質的に変化している。しかし、それにもかかわらず、「視覚イメージの意味生産のプロセスは驚くほど類似している。したがって、現代における戦争の意味生産のプロセスを考えることは、この日本がどのように戦後を過ごしてきたのか、あるいは私たちは何を反省し、畏れてきたのか沈思することに繋がる。」

それによって、私たちがどこから歴史を、戦争を見ているのか、考えているのか、を問い続けることの重要性を考えていきたい。私たちが「社会」の「多数」に呑み込まれたり取り込まれたりすることから逃れるには、その都度、振り返り続けること、そして同時に行方を定め直し続けることしかない。ただし、支配され管理されることから毅然と逃れることは不可能である。であるなら、半分だけでも目覚め続ける。そういう反省の仕方を身につけるために、見ているもの、触れているものの背後を捉える方法を知ることは重要である。

 メディアは、私たちに現場からの情報を伝達し、現実についての私たちの意識を覚醒させることもできるはずである。ところが、現実のメディアは、何らかの仕方で偏向している情報を大量に報道・拡散し続けることで、私たちの眼を現実から背けさせ、私たちの思考を知らぬ間に偏向させ、ついにはそれ以外の仕方では考えられなくするという洗脳効果さえ持ちうる。
 メディア・リテラシーとは、単にメディアから正しく情報を読み取る能力でもなく、膨大なデータの中から自分にとって有利な情報を引き出す能力に尽きるものでもなく、視覚性と物質性に対して常に注意深く、せめて「半分だけでも目覚め続け」、情報の洪水に呑み込まれずに生き残るために身につけなくてはならない、現代社会に生きる者にとって必須の能力なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿