内的自己対話-川の畔のささめごと

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その昼寝姿は物語の姫君のごとく美しく ― 『紫式部日記』の中の宰相の君

2014-11-30 14:21:28 | 読游摘録

 中宮彰子の出産を間近に控えた土御門殿の主たる人物について、彰子その人からはじめて、その父であり邸の主である藤原道長、その長男の頼通と、それぞれにその賛嘆すべきところを描き出した後、これから生まれてくる彰子の子供の乳母になることが決まっている宰相の君に式部の筆は移る。
 宰相の君は、道長の兄・藤原道綱の娘、つまり、『蜻蛉日記』の作者の孫娘である。祖母が本朝三美人の一人であったのであるから、さぞ美しかったのであろう。宰相の君と式部は同僚であり、仲も良かったようである。

上よりおるる道に、弁の宰相の君の戸口をさし覗きたれば、昼寝し給へるほどなりけり。萩・紫苑、いろいろの衣に、濃きが打ち目心異なるを上に着て、顔はひき入れて、硯の箱に枕して臥し給へる額つき、いとらうたげになまめかし。絵に描きたるものの姫君の心地すれば、口覆ひを引きやりて、
「物語の女の心地もし給へるかな」
と言ふに、見上げて
「もの狂ほしの御さまや。寝たる人を心地なく驚かすものか」
とて、少し起き上がり給へる顔のうち赤み給へるなど、こまかにをかしうこそ侍りしか。
大かたもよき人の、折からにまたこよなく優るわざなりけり。

 宰相の君の昼寝姿の美しさを叙したこの一節には、式部の悪気のない悪戯っぽいところも垣間見られて、彼女の心の底に通奏低音のように流れ続けている憂愁の気分が一瞬だがさっと晴れたような明るさがある。
 式部は、彰子の御前から下がる途中で自分の局と同じ渡殿にある宰相の君の局をふと覗く。すると、宰相の君は硯箱を枕にして昼寝をしている。秋にふさわしい色とりどりの召し物の組み合わせがまず素晴らしい。顔を覆った打衣の隙間からわずかにのぞいている額のなんと若々しく美しいことか。その姿はまるで絵に描いたお姫様のようだったので、思わず、口を隠していた衣を引きのけて、「まるで物語の女君みたいよ」と宰相の君に声を掛ける。びっくりした宰相の君は、「なんてことをなさるの。寝ている人をいきなり起こすなんて」と少し顔を起こす。その時の顔がわずかに赤みを帯びていて、それがまた彼女の整った顔立ちをなおのこと引き立たせている。
 普段から美しい人が、こんな場面では、なおいっそう美しく見えたことであったと結ばれているこの一節には、それに先立つ部分と同様、中宮彰子の出産を控える場面としての予祝的機能が与えられている。しかし、そういう文脈を抜きにしてそこだけ読んでも、一人の女性の美しさを叙する文章としてとても印象深い一節である。













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