内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

志願者数が多いだけの見かけばかりの「人気学科」

2022-05-13 23:59:59 | 雑感

 四年前の2018年に導入された大学入学新システムは今年で五回目を迎える。日本の大学とは大きく異なるシステムなので、簡単に説明するのは難しいのだが、敢えて一言で言えば、フランス全国立大学全学部において、その入学希望者に書類審査に基づいた順位づけを行い、上から順に定員まで入学を許可するという制度である。
 この新システムが法案として提出された2018年、大学教育の機会均等という大原則に反する制度だと全国の大学で反対運動が巻き起こり、ストラスブール大学でも数週間に渡って大学が封鎖され、キャンパスの周辺を警察車両が取り巻くというものものしい空気が四月から五月にかけてキャンパスを包んだが、結局のところ、導入され、今日に至っている。
 この書類審査に当たるのはそれぞれの学科の教員であり、導入時学科長であった私は当然その責任者となった。以来、その責任を担い続けている。学科長を退任した後も、それまで学科長が担っていた仕事のいくつかはそのまま私が引き受け続けることを私の方から提案したのだが、この書類審査もその一つである。
 年々志願者は増え続け、今年は定員125名に対して686名の志願者があった。順位づけは、基本的には全国共通のアルゴリズムに従って自動的に算出されるのだが、順位づけのためのパラメーターは学科ごとに決める自由があり、それにはかなり選択肢があり、それをどうするかで、順位も変わってくる。
 毎年パラメーターの調整を行うが、それでも妥当とは言えない順位づけが必ず発生してしまう。その要因はいくつかあるが、願書の中に必ず一般的なタイプに入らないものがあることがやはり一番大きい。そういったケースを見つけ、順位の調整を図るのだが、それはすべて「手作業」で行う。つまり、書類審査に当たる人間の判断による。審査の公平性の観点からも、さすがにこれを私一人でするわけにはいかないので、仮の総合順位の算出と私自身が必要と判断した微調整を加えた順位表にコメントを付して、現学科長ともう一人の学科の同僚に確認及び修正案の提出を依頼する。それを今日依頼した。来週金曜日が順位の最終確定の締め切りなので、その前々日である水曜日までに二人にその作業を行ってもらう。
 しかし、このかなりの時間と労力を必要とする作業は、実のところ虚しいのである。というのも、数字だけ見ると約5.5倍の競争率ということになるが、実際には、今年もまた最下位の志願者もおそらく入学してくるだろう。なぜそういうことになるかというと、志願者たちは最大十学部・学科に願書を提出する権利があり、当然のことながら、志望順位の高い学部から選んでいくことになる。ストラスブール大学言語学部日本学科は、多くの志願者たちにとって、第一志望ではないのである。第何志望かは知ることができないが、過去の結果から見て、下位にランクされている場合が多いと思われる。
 もっと具体的に、ぶっちゃけた言い方をすると、総合順位上位の学生たちはほとんど来ない。最上位百人中、十人くらいである。第二グループの百人中からも、せいぜいその倍の二十人程度、以下、なだらかに入学者が上昇していくが、過去四年間、最下位の学生も「めでたく」入学しているのである。定員に空きがあるかぎり、順位づけされた志願者を必ず受け入れなくてはならず、たとえどんなひどい成績の学生でも受け入れざるを得ないのである。いったい何のための順位づけなのかと虚しくなるのも無理はないとご理解いただけるだろう。
 ただひとつだけ、このシステムが日本学科にとってどちらかと言えばポジティブに作用している点がある。それは、このシステムでは、志願者を合格と条件付き合格という二つのタイプにわけることができることである。前者は新システム以前と同様な通常の入学になるが、後者の場合、学部一年次を二年に分けて履修することを条件として受け入れる。つまり、学力不十分とこちらが判断したにはこの条件付き合格しか認めないのである。そうすると、当然それを望まない志願者もいるわけで、学力不足の入学者をいくらかでも減らすことができると私たち日本学科では考えた。
 確かにその効果はいくらかはあるとは言えるのだが、条件付き合格の志願者中上位の者ほど、他大学に行ってしまうケースが多い。他大学で普通に合格すれば、そちらを選ぶ者が多いのは当然のことであろう。結果、著しく学力の低い学生たちが毎年入学してくる。そして、その多くは途中で脱落していく。
 いくら入学システムをいじったところで、入学時の選抜を行わないかぎり、この問題は解消しない。「選抜」というフランス大学教育における禁句を使わずに、現行制度で事実上選抜できているのは成績上位者だけで定員が満たされる人気学部・学科だけである。日本学科はそうではない。志願者数だけが多い見かけばかりの「人気学科」なのである。