『葉隠 武士と「奉公」』第三章「家老論」後注(3)は「諫言」の機能と効果の組織論的普遍化に関わる。
奉公人の忠誠の精髄である諫言の本質は「逆命利君」にある。この語は漢の劉向が前賢先哲の逸話を編纂した『説苑』の中に見られる語である。「命に従いて君を利する、之を順と為し、命に従いて君を病ましむる、之を諛と為す。命に逆いて君を利する、之を忠と謂ひ、命に逆ひて君を病ましむる、之を乱と謂ふ。」
「逆命利君」とは、主君の命に背くまさにそのことによって主君の利となることを為すことであり、これこそが「忠」だというのである。主君の意向を超えた「公」に対して忠実であることによってはじめて「奉公」は成立するのであり、そのかぎりにおいて主君に「仕える」ということも成り立つ。
したがって、組織論的行動原理としての「滅私奉公」と「逆命利君」とは、対立関係にあるのではなく、相補的な関係にあるのでもなく、「有機的な緊張関係」(282頁)という曖昧な表現によって捉えられるものでもなく、端的に、前者は後者の可能性の条件という関係にある。
この「滅私奉公」と「逆命利君」という二つの行動原理は、情誼的忠誠と義合的忠誠という忠誠観の二類型と「構造的に深くかかわる」と小池氏は同注で述べているが、「両者の構造的連関についての詳細にわたる議論の展開は本書の枠内におさまりきれぬことが危惧される」として、別途、他日を期することとし、問題の提示のみにとどめている。
確かに、この問題に取り組むことは、『葉隠』論の枠を超えて、忠誠論をより一般的な次元で展開することを要請する。