内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

自ら生きる歴史の内在的理解 ― 慈円と丸山眞男

2013-12-05 06:40:00 | 講義の余白から

 今日(4日水曜日)の二つの講義について。結果を野球に例えて言えば、一発ホームラン狙い、打ち気満々で打席に臨んだが、相手の超スローボールに翻弄され、ニ打席ともタイミングが合わず、敢えなく空振り三振、あるいはせいぜいボテボテのピッチャー前ゴロで凡退といったところだろうか。少なくともこちらの「目論見」という観点からすると、そんな感じである。
 まず朝一番の本務校での一年生対象必修講義「日本文明」についてだが、一昨日の記事で話題にしたように、鎌倉新仏教がテーマ。まず先週の復習として、慈円の『愚管抄』の歴史観のおさらいをした後、臨済宗と曹洞宗とには時間の都合で触れないと予告した上で、「他力」と「自力」を基軸概念として、法然、親鸞、日蓮、一遍の順で各宗派を歴史的コンテクストと教説内容にしたがって位置づけていく。あくまで鎌倉時代に誕生したオリジナルな思想として紹介しようとしたが、宗教の話というだけで、明らかに学生たちは引き気味。「弥陀の本願」とか「一切衆生の救済」とかいうともうダメである。ごく少数の学生を除いて、ノートを取るのをやめている。終盤、一遍の踊り念仏に話が及んだとき、少しは興味を持ったようだが、時間切れ。なんともパッとしない終わり方であった。
 「今日は失敗だったなあ」とパワーポイントを閉じながら独り内語していると、一人の女子学生が授業後に「慈円の歴史観についてもう少し説明してほしい」と質問に来た。答えとして、その時代を生きながら、そこでのもろもろの出来事を、その内側から、歴史を動かす根本的モメントとしての「道理」を基礎概念として、一つの歴史観にしたがって理解しようとした試みとして日本思想史上画期的であり、比較の対象として先に触れた鴨長明(慈円と同じ1155年生れ)の『方丈記』が、無常観というそれ自体非歴史的な感覚に浸されているのと対称をなしているのです、と説明した(納得してくれていだようだけれど、実のところ、どうでしょうかね)。
 そして水曜日を締め括る午後5時半からのイナルコの講義。丸山眞男がテーマ。私がこの講義で今年度取り上げる十人の日本の哲学者・思想家の中で、フランスにおいてより本格的な仕方でまず紹介されるべきだと考えているのが丸山眞男である。それは、丸山の思想と行動が他の九人のそれに比べて近現代日本思想史においてより重要だと考えるからではない。慈円と同じように、自ら生きつつある歴史的現在をその内側から理解しようとした日本人の思想的営為として、丸山の生涯をかけての思索の歩みをよりよくフランス人たちに知ってほしいからである。
 だか、今日の講義に関して言えば、明らかにバランスを欠いていた。講義の準備段階では、取り上げる原テキストや参考文献を読みながら講義内容のイメージトレーニングを繰り返し、講義そのものはいつもノートなしで話すのだが、このやり方はそれだけその時その時の教室の空気や反応に影響されやすい。今日はそれが裏目に出た。まず丸山眞男の思想的境位を、これまで取り上げてきた哲学者・思想家たちと関係づけながら、描き出すことから始めたのだが、そこまではまあまあ順調だった。ところが、その後、丸山の生涯に触れるところでブレーキが効かなくなった。触れるにとどめるどころか、延々と話し過ぎた。丸山が九歳の時、関東大震災直後に書いた作文の話、一高生だった19歳の時、長谷川如是閑の講演を聴きに行って特高に連行された話、南原繁に勧められる、というか、半ば強制されるような形で始めた日本政治思想史研究の話、広島での被曝体験(これについて丸山は公刊文書では決して言及しなかったが、あるインタヴューではかなり立ち入って語っている)、戦後の政治的行動、サルトル、レヴィ・ストロース、ミッシェル・フーコーとの関係・交流等々。気がつけば、残り50分。ようやく最初の著作『日本政治思想史研究』における根本問題、日本近代化の内発的モメントを江戸期の思想に探るというモティーフについて話し始める。そこで質問続出。テキスト読解は、「超国家主義の論理と心理」からの二つの短い抜粋だけで精一杯(よく知られた二箇所なのだが、これが語学的にはかなり難しい)。資料として用意しておいた『日本の思想』からの二つの引用はキーワードを示すだけ。「歴史意識の古層」については、一言も触れず仕舞いであった(看板に偽りありと誹られても仕方がない)。
 この講義も「失敗だったなあ」とちょっと悄気げていると、ここでも講義の後一人の女子学生が「丸山が九歳の時に書いたという関東大震災についての作文はどの本に収録されていますか」と聞いてきた。みすず書房から出ている『丸山眞男の世界』に収録されていると持参した実物を見せた。
 本務校でもイナルコでも、講義としては明らかに失敗であったが、こちらが予期せぬところで学生たちが関心を示してくれたのがせめてもの救いであった。