城郭探訪

yamaziro

打下城 近江国(高島)

2013年05月29日 | 戦国山城

【打下城見学会】・・・下城の巨体を見る。

 10時高島駅に集合 

打下城は非常に巨大で土木工事見事な城で見学に時間を費やします。長法寺見学は時間的には無理。曇・雨。

お城のデータ

所在地:高島市勝野

築城期:永正2年(1505)

初城主:高島玄蕃允

区 分 :山城

遺 構:石垣,空堀,竪堀

城 域:250m×250m

標 高:379m 比高差250m

訪城日:2013.5.28

お城の概要

打下城は近江と越前を結ぶ北国街道(西近江路)沿いの標高379mの通称城山の山頂一帯に築城されている。

 打下城へは日吉神社横から延びる山道を登る。しばらく登ると防砂ダムに出て、道は行き止まりとなるが、ダムの左手に高巻きするような形で山道が付けられている。
  急な斜面ではあるが道はしっかりと整備されており、標識も随所にあって迷うことはない。約30~40分で尾根筋に出る。
 打下城の城域は、大きくは中郭、南郭部と北郭部の2つの城域に分かれており、尾根筋を左手に道をとると中郭、南郭に、また右に道をとると北郭に至る。

 中郭の周囲は東の急斜面を除き、幅5~6mの横堀を巡らしている。また、南側虎口横には4~5m四方の櫓台があり、石積みがされている。

 この城の見所のひとつと考えていた北郭の畝状竪堀を捜して尾根を歩き回るも、北郭を特定できず、後ろ髪を引かれる思いで下山。多分、高圧線鉄塔の建つ"下の鼻打"辺りではないかと考えられるが・・・・・。

歴 史

 打下城は永正2年(1505)に高島玄蕃允(げんばのじょう)が築城したのを創築とし、その後、海津政義の居城になったとされる。
 元亀年間(1570~72)には、江北の浅井氏か越前の朝倉氏によって改修されたと考えられている。

 また、元亀年間後期には林与次左衛門の城となり、天正元年7月26日高島の木戸城,田中城を攻めた織田信長が逗留したと伝わる。

----------------------------以下、信長公記 元亀4年の条
大船にて高島へ御働き、木戸・田中両城攻めらるゝ事

 七月廿六日、信長公御下り。直ちに江州高島表、彼の大船を以て御参陣。陸は御敵城、木戸・田中両城へ取り懸け、攻められ、海手は大船を推し付け、信長公御馬廻を以て、せめさせらるべきところ、降参申し、罷り退く。則ち、木戸・田中両城、明智十兵衛に下さる。
 高島の浅井下野・同備前、彼等進退の知行所へ、御馬を寄せられ、林与次左衛門所に至って御居陣なさる。当表、悉く御放火。
----------------------------ココマデ

北郭の虎口

北郭址

尾根上の小郭群を主郭へ

唯一のビューポイント

主郭の虎口の石垣主郭の現地説明板

【歴史】
打下城跡は大溝古城とも呼ばれ378.7mの山頂一帯にあって、東西270m・南北300m以上の城域を有する大規模な中世山城です。ここからは湖北や湖東地方も展望でき、直下を通る北国街道(西近江路)を容易に見渡せる交通上の要衝にあります。城の遺構は大別して南北の2ブロックに分かれます。この地は南ブロックの中主郭は標高379mのピークに設けられた30m*25mで2段の曲輪であり主郭であると考えられます。北ブロックの遺構は主郭より北方へ延びる尾根上に数カ所の小曲輪を連結し、それより先端の土橋を渡って虎口に達する大型の曲輪(54m*32m)と東側周辺の畝堀及び2カ所の小曲輪群よりなります。打下城の創建は永禄年間以前(1558年以前)に国人領主の林氏又は高島氏が関与したものとされますが、元亀年間(1570~72年)に江北の浅井氏か越前の朝倉氏による改修の跡が認められます。また、その後は織田信長の陣所となったこともあります。城跡にはバラエティーに富んだ築上展開がみられ県下有数の縄張りを持つ山城です。<現地案内板より 高島町観光協会>

打下城。攻略の記念(証拠写真)

打下城は近江と越前を結ぶ北国街道(西近江路)沿いの標高379mの通称城山の山頂一帯に築城されている。

 打下城へは日吉神社横から延びる山道を登る。しばらく登ると防砂ダムに出て、道は行き止まりとなるが、ダムの左手に高巻きするような形で山道が付けられている。
  急な斜面ではあるが道はしっかりと整備されており、標識も随所にあって迷うことはない。約30~40分で尾根筋に出る。
 打下城の城域は、大きくは中郭、南郭部と北郭部の2つの城域に分かれており、尾根筋を左手に道をとると中郭、南郭に、また右に道をとると北郭に至る。

 中郭の周囲は東の急斜面を除き、幅5~6mの横堀を巡らしている。また、南側虎口横には4~5m四方の櫓台があり、石積みがされている。

南郭

犬走り

最後の講師のレクチャー!

講師・・・長谷川博美氏(城郭研究家)                                                                         

遠望(JR近江高島駅ホームより)

 

今日も訪問して頂きまして、ありがとうございました。


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