旅とエッセイ 胡蝶の夢

ヤンゴン在住。ミラクルワールド、ミャンマーの魅力を発信します。

今は、横浜で引きこもり。

邯鄲の夢 - 第八夜

2014年12月05日 17時17分39秒 | 夢十夜
8. 浅草ルナパーク、ウンコたれ事件顛末

 自分が浅草ルナパークに販売促進係長として赴任したのは、バブルがはじけ会社も傾きかけていた頃のため、広告にもイベントにしみったれた予算しか出なくなっていました。
その3~4年前までは、遊園地のアトラクション新設、海外物件、地方の3セクによるテーマパーク建設ラッシュがまだ残っていて、景気は最後のあだ花を咲かせており、ルナパークなどの運営部門は、メーカーが主流の本社から放っておかれた代わりに、イベントの予算などは割りとポンポン出ていました。
 その当時のイベントはパークのスタッフが中心となって企画し、本社の承認を取ってスタートする形で、ある年の春休みからのイベントは、劇団を持つ芸能プロダクションと案を練り、「見たこともないヒーローショー」という催事を行ったそうです。自分も後から写真を見て当時の様子を聞いた時には、大笑いしました。何しろ「見たこともない」奇天烈なヒーロー(?)達が思い思いのポーズをとって写っているんです。ただ今思い出そうとしても、その「見たこともないヒーロー」たちの名前が思い出せません。まあ大したものではない。例えば桃から生まれた桃レンジャー、胡椒のビンに顔を付けたらスパイシーマン、とかそういった類いのものです。ただそいつ等が一人一人性格付けされ、特注の着ぐるみが出来ていたのです。一体の制作費が30万円としたら6体で180万円。よくそんなものに金を出したな、と思いますが、まあ一般のヒーローショーを呼んでステージで一日2回、30分づつ公演をしても一日40~50万円、春休みの土日だけでも6回、300万円はかかります。その後のGW(遊園地の一年の内最大のイベント)でも何かしらやる訳だから、オリジナルイベントは案外安あがりな場合もあります。
 さておき、この自己満足ぎみの超マニアックなイベント「見たこともないヒーローショー」は受けたのか、受けないのか今ひとつ分からないまま日は進み、ルナパークは相変わらず入る日は入るし、入らない日は入らない。ただ一部の大人達(おたく、業界人)には好評で、少学館の「パロパロコミック」に連載しようか、という話しが出てきました。これは零細遊園地にとって願ってもない夢のようなチャンスで、毎月ただで絶好の素材に何ページも広告宣伝してくれるようなものです。そんな話しも出てくると、臭くて暑い着ぐるみに入って演じている役者(の卵)達も力が入ります。元々この劇団の役者連中は悪乗りしやすく、乗り物の柵によじ登ってメンテナンスの親父さんを激怒させたり、お客さんと必要以上に絡んだり、少々以上に問題児ぞろいでした。そんな彼らを叱ったりなだめたりして使っていたのですが、ついにある日決定的な失敗、致命的な一発をやらかしてくれました。イベントは文字通りその日でThe endとなりました。
 その運命の日は春のポカポカ陽気でしたが、平日で園内はガラガラ、但しお弁当と、水筒を肩から斜めがけした幼稚園児の遠足があり、200人位のちびこいのがピャーピャー言いながらお揃いの帽子をかぶって入ってきました。普通平日はイベントはなく、ステージはルナパークのバイト君達のジャグリングでお茶をにごすのですが、その時は数人の役者が残ってステージをやっていたのですね。園児を集めてステージの前に座らせるだけでも大変です。彼らは一時もじっとしていません。集中力は5秒と持続しない。あっちにこっちにしゃべくりまくって、くっつきあったり離れたり、立ったり座ったり、ひっくり返ったり、ひっくり返したり。ステージで「見たこともないヒーロー」の一人がショーを始めたのですが、ちび共ろくに見やしない。この場合「見たこともない」ってのが完全に裏目に出て、セリフもちっちゃい子向けじゃあなかったし。パロディーが通用するお年頃でもない。ワイワイガヤガヤ、ペチャクチャ、ワーワー、キャーキャー、ピーチクパーチク、        
おしゃべりはうねりのように高まって、先生(保母さん)が声を張り上げて注意したって聞きゃあしない。
 ステージの着ぐるみ男は話しを止めてしまった。一瞬思案し、名案が浮かんだらしく、大げさに両手をポンとたたく動作をするとしゃべり始めた。「ハーイみんな、こっちを向いてー、声をそろえてー、はい。・・・ウンチー」「えっ」「えっ」「えっ」「なに?」「なに?」意表をつかれたちび共が反応して一斉にステージを見た。その動きに着ぐるみ男は、「してやったり。これぞ役者魂」「3歳だろうが、80歳だろうが俺は観客の心をつかんでやる!」そう、このお年頃の集団に一番受けるネタは、圧倒的にウンチなんです。この大声で言ったらすぐに怒られる3文字こそが奴らの心を熱くさせるんです。それをあろうことかステージの上で、マイクの音量高らかに大人が言うんだからたまらない。「見たこともない」ほど変な格好でも大人は大人。「さあみんな、声をそろえて、大きな声で、1,2,3,ハイ、ウンチー」「そんなんじゃ聞こえないよ。もっと大きな声で、1,2,3,ハイ、xxxー」
 男の子も女の子も狂乱状態、夢中になって前の子の背中をポカポカたたき、たたかれた子は手足をバタバタし、中には口から泡をふきそうになっているのもいる。ステージの上と下は完全に一体化し、興奮は興奮を呼び、まったくこの男は天才かもしれない。こうなると手がつけられないことを良く知っている保母さん達は止めてよいやら悪いやら、困ってあいまいに笑うしかない。子供はしつこいんだよー。もう一回、もう一回。
 その頃ステージの真向かいの建物の二階にある園長室で事務をしていた園長は、表から窓ガラスをビリビリと震わす熱気が壁を越えて、部屋に充満してくるのに気づき、「何、どうしたの?」と部屋を出て表に向かいました。園長は先代の社長の娘、現社長のお姉さんで、きっぷの良い部下思いのおばあちゃんです。自分も後に大変お世話になりました。事務所のある建物の中では、表で何か騒ぎが起きていることは分かるけれど、何を言っているのかまでは分からない。事情を報告しに飛び込んできたスタッフも、簡単には説明できないので、園長はじめみんなでベランダへ出ました。
 そこで見たものは、200人の園児が目を輝かせ、右手を突き上げ声をそろえて体中から、浅草の空に向かってウンチーの絶叫。更にこの役者は、自身の学生時代の恨みをはらそうとしたのか、ただの悪乗り野郎なのか、「次は僕の後に続いて、いいかい、大きな声で。先生のウンコたれー」これは大受けでした。言っちゃあいけない言葉です。それを200人で青空に向かって叫ぶんですから、そりゃ最高。「ちぇんちぇーのウンコたれー」
 「何やってんの!止めなさい!止めさせなさい!」園長はベランダで絶叫する。着ぐるみ男はステージから引きずり降ろされる。保母さんたちには、園長一同全員で土下座せんばかりに平あやまり、平あやまり。園児は興奮冷めやらず、「もう一回、もう一回。ちゃんちぇーのウンコたれー、もう一回、もう一回。」園の外へ行ってもやっていました。
 イベントはその日で中止になりました。劇団は引き上げ、着ぐるみは倉庫に放り込まれ二度と日の目を見ませんでした。普段は運営に一々口を挟まない園長もここは頑として譲らず、『パロパロコミック』の話しをしても何をしても駄目、社内のえらいさんから話しをしても駄目。一瞬で消えた幻のイベントと成り果てたのですが、その原因を作ったあの日の着ぐるみ男がその後どうなったのかは、さだかではありません。


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