旅とエッセイ 胡蝶の夢

ヤンゴン在住。ミラクルワールド、ミャンマーの魅力を発信します。

今は、横浜で引きこもり。

邯鄲の夢 - 第一夜

2014年12月05日 16時42分16秒 | 夢十夜
1. ほめ殺し

 私は大学を出て直ぐに宝石屋となり勧めるスタ、世の中の表裏をちょっと覗いて、セールスの厳しさ、面白さ、空しさを知りました。主に大手百貨店を通して、そこの社員といっしょに外出して、社員のお客さんに宝石をイルでした。年に2回それぞれ一ヶ月程、催事と称して7人位でチームを作り、大都市を順々に移動します。
 催事の際は、各売り場の新入社員の女の子まで最低一回は外出しなければならないので、デパートの社員も大変です。行く所が無くて自分で買っちゃう子もいます。宝石以外に、時計だの着物だのと次々に催事があるから、親戚や知り合いが少ないと苦労します。
 催事のときの宝石屋はたいてい2社、時には3社が競合して販売するのですが、或る地方都市でライバルの会社に凄腕のセールスマンがいました。仮に彼の名前をKとします。Kは私達の会社より古くからそのデパートに入っていて、催事を行わない時にも宝石売り場に常駐する、そのデパートのエキスパートでした。デパートで良く売る社員は、その人のとっておきの顧客、医者や社長さんの所へはKとしか回ってくれません。催事の時に集合するKの会社の他のセールスマンは、特に大したことは無かったのですが、K1人の活躍でいつも6対4くらいの割合で売上げに負けていました。
 Kを何とかしなければならない。引き抜くほどの待遇は出せないし。では、「ほめ殺しでいこう!」という極秘指令が社長から出ました。作戦はトップシークレット。チームの各人はさりげなく、されど確実にその役割を果たしていきます。
 外商に出る社員の主だった連中を相手にKのことを話題にして褒めます。「とてもKさんには敵わない。」と具体的な話しを混ぜて持ち上げます。本人のKに対しては、会う度に褒めちぎります。人間歯の浮くようなお世辞に案外弱いものです。それだけで食っている太鼓もちという商売もある位ですから。最初は「何だ、こいつ等」と思い警戒していたKも、第三者から自分のほめ言葉を伝え聞くと悪い気はしません。
 ここでKは乗りのりになり、売り上げは絶好調となるのですが、ほめ殺しチームはじっと耐え機会を捕らえちゃほめまくる。この作戦は時間がかかるんです。効果は次の催事、つまり半年後くらいからじわじわと出てきます。だいたい気が大きくなって、「このデパートの宝飾売り場の売り上げは俺が作っているんだ。」というのが態度に出てきます。これは多少の真実は含まれていますが根本的に間違いです。デパートの、のれんの力が9割なんです。独立してみれば分かります。個人で相手にしてくれるお客さんは10人に1人しかいません。第一これはプライドの高いデパートの社員に一番嫌われることです。Kも充分心得ていたはずですが、すでにガードが甘くなっているんですね。Kと一緒に良い顧客を回っていた社員も、しょっちゅうKの良い評判を聞かされるとしだいに面白くなくなってきます。「俺が紹介しているのに。俺の客なのに。みんなあいつの手柄かよ。」となる訳です。
 その辺りを見極めて、ほめ殺し作戦は徐々に変貌していきます。「○○医院の奥さん、今年はヒスイでしょう。ちょっと値は張るんですがビルマ産の極上品があるんでちょっと見てもらえませんか?」「でもあそこは毎年Kと売ってきた所だから。」「ああ、そうですよね。でもお客さんには良い物を売りたいでしょう。とにかく良い品なんで、見るだけ、見るだけ見てくださいよ。」
 Kも売り上げを数字に入れていた大事な客が取られたり、周りの空気がよそよそしくなったように感じ出したらもうお終い。疑心暗鬼に陥り自信を失ってきたセールスマンなんて、放っておいても崩壊するが、水に落ちた犬はたたけ、今までに掛けた時間を早回しして少しでも取り戻すべく、チームは仕上げにかかります。
 もう褒めない。それどころか、口をそろえて悪口を言う。「最近変わりましたよね、あの方、この前もあんなこと、こんなことーーー」気の毒なKはすっかり色あせ、3期=一年半頑張りましたが、そこで転勤になり去って行きました。
 ほめ殺しチームはひそかに集まり祝杯をあげ、Kの論評なんぞをします。そしてチームはこっそりと解散します。「Kは何であんなに売ったんだろうね。」「それ程弁のたつ奴では無かったな。」「まずあのスーツがシックで格好いいよな。」「やっぱ見た目か。」「会社もバックアップしてたよな。いい石売ってたもの。」etc


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