天台寺門修験

修験道の教義は如何に

修験第九号 通俗修験問答③ - とそうの二文字について -

2011年05月15日 19時26分16秒 | 修験問答

通俗修験問答   - 抖擻(とそう)の二文字について -  藤井大瞋

 

問・・・常行の抖擻などゝ承(うけたまわ)りますと、如何にもむづかしい修行のやうに思はれますが、實を申しますと、私共はお山へ登る時でさへ、兎(と)もすれば精進が悪く、なまけ勝ちなのですから、家にゐてはとてもむづかしい修行といふようなことは出来かねます。殊にそれぞれ職業をもつてゐますので、毎日の仕事に追はれて、朝夕のお勤(つと)めさへも碌々(ろくろく)出来ないという有様ですから、到底(とうてい)私共には實行不可能なことではないでせうか。

答・・・いえいえ私のいふ常行抖擻は決して、ソンナにむづかしいことではありません。言葉がかたくるしいので、さようにむづかしく考へられたのであろうと思ひますが、實は常行抖擻などゝ云つても、別段異つた修行を積むのではなく、たゞ平(ひら)たく云へば人間としての道を正しく履(ふ)んでゆくといふことに歸するのです。如何にお山へ登つて入峰修行の度數を重ねましても家にゐて、その日その日の暮らしをたてる上に、人間としての正しい道をふまず、邪道(よこみち)ばかりを歩むやうでは、折角の入峰修行、別時(べつじ)の抖擻が何にもならない。かくては修験道信者として高祖に申譯(もうしわけ)がないのみか、日本の國民としても陛下に相すまず、われとわが身が恥(はづ)かしい次第ですから、お互は何が何でも不断に、人間としての正道を辿(たど)り、人間としての完成を念願(ねんがん)してその日その日を送ることが肝要です。これやがて修験道の所謂常行抖擻であります。


修験第九号 通俗修験問答② - とそうの二文字について -

2011年05月15日 13時14分34秒 | 修験問答

通俗修験問答   - 抖擻(とそう)の二文字について -  藤井大瞋

  

▼問・・・抖擻の字義はそれでよく解(わか)りましたが、そうしますと抖擻する――煩悩悪魔をはらひのぞくには、どうすればいゝのですか。入峰抖擻といひますから、大峰山や葛城山に登って修行すれば、それで抖擻になるのかとも思ひますが、お山の戸がしまって後、又は家庭の事情や、地理的関係から、そうそうお山へ登ることが出来ないものは、どうしたらいゝのでせうか。

▼答・・・まことに御尤もなお尋ねです。元来修験道でいふ所の抖擻は、これを二つに分けて考えるとよく解(わか)ります。その一つは別時(べつじ)の抖擻、即ち入峰修行のことで、他は常行(じょうぎょう)の抖擻、即ちお山へ登ると否とに拘(かかは)らず、平素家(へいそいへにゐて不断(ふだん)に抖擻することです。高祖の末流(まつりゅう)をくむお互として、この別時の抖擻―― 入峰修行を怠ってならぬことは申すまでもありませんが、同時に又、この常行抖擻を忘れては、修験道信者としての面目がたちません。だからお山の戸がしまって後や、いろいろの事情でお山へ登ることの出来ない方は、不断にこの常行の抖擻を励まれることが肝要だと存じます。


修験第九号 通俗修験問答① - とそうの二文字について -

2011年05月15日 12時37分53秒 | 修験問答

通俗修験問答   - 抖擻(とそう)の二文字について -  藤井大瞋

 

▼問・・・修験道では入峰抖擻(にゅうぶとそう)とか、抖擻修行とか云って抖擻といふことを大層(たいそう)やかましくいふようですが、一體抖擻とはどういふ意味のことですか。

▼答・・・なるほど、抖擻の二字は平素(へいそ)あまり見なれない文字ですので、そうしたお尋ねは無理からぬことですが、抖擻とは抖も擻も共に『はらひのぞく』と云つたような意味の文字で、要するにお互いの心の鏡をくもらすところの煩悩(ぼんのう)――悪魔をはらひのぞいて、汚れた心を美しくはらひ浄(きよ)めることだと思って差支ないでせう。


修験第九號(大正十三年十一月一日發行)

2011年05月14日 17時10分11秒 | 『修験』 拾い読み記事

「修験」を見つけたので、拾い読みをしています。

釈迦嶽頂上の釈迦尊銅像(大阪仏立会建立)

 釈迦嶽頂上には、以前お堂があって釈迦三尊の尊像が安置されていたが、堂は焼失し尊像は前鬼山に祭られたため、ここ釈迦嶽に尊像建立を発願し、8月20日を以って建立開眼を見るに至った。非常な困難をしいて運搬建立された尊像は、高さ一丈五尺の大銅像で、はるかに縁の鼻や柏の木阪の頂上より拝することができると記されている。

釈迦嶽 釈迦尊像

大正15年7月1日発行「修験」  大日如来開眼供養

大峰奥駈大日嶽頂上に安置さるゝ、総丈蓮台まで八尺あまり、貫量一百余貫という、大日如来大銅像及び同峰内「エンノハナ」の岩窟内に安置せらるゝ、総丈四尺余の蔵王権現の二大銅像は鋳作家大谷秀一氏丹精により美事竣成し、6月上旬大日嶽に運搬のうえ完全に安置されたと記されている。

   大日嶽  

 大日如来尊像                  


密教法具9  護摩炉(ごまろ)

2011年05月14日 12時16分13秒 | 密教仏具

 

護摩釜 

 護摩とは古くインドのバラモン教の祭法で、梵焼・火法の意である。すなわち火中に供物を投じて供養することである。インドの梨倶吠陀(りぐべーだ)にも記載があるが、火神阿耆尼を供養するとき、火焔が昇って天にある神の口に達し神はこれによって力を得て悪魔を降し、人類に福祉をあたえるとある。これが仏教に混入して密教修法のおもな行事となっった。息災・増益・延命・調伏などを祈るのである。護摩炉は、この護摩を焚く火炉のことである。 

   『日本の美術  仏具   蔵田 蔵編 至文堂』 

 

 修験道の秘法、柱源護摩(ちゅうげん・はしらもとごま)。


密教法具8  洒水器(しゃすいき)

2011年05月14日 11時24分39秒 | 密教仏具

 

洒水(香水)を撒いて、道場や供具を清浄にすることが行われるが、洒水器はこの香水を納める器で、六器より大形の鋺(わん)に宝珠鈕(ほうしゅちゅ)の蓋を備え、台皿にのせる。鋺の外側に帯をめぐらせるところが六器と異なる。

  『日本の美術  仏具   蔵田 蔵編 至文堂』  


密教法具6  六器(ろっき)

2011年05月14日 08時52分00秒 | 密教仏具

 

六器の名称は古来なく、いつごろからの名か不明である。火舎の左右に三個ずつおいて六個あるところからくるものであろうか。六器には火舎から、閼伽(あか)・塗香(ずこう)・華鬘(けまん)の順に盛って供養する。

 『日本の美術  仏具   蔵田 蔵編 至文堂』 

閼伽(あか)とは、価値あるもので、水、また閼伽水・閼伽香水・功徳水とも。(1)インドの習俗では客を歓待するに水を供する風習を密教に取り入れて、六種供養の一とし、前供養には洗足水の意、後供養は漱口水の意。閼伽井から汲んだ清浄水に香を煮沸した妙華、または香末を加えた香花水を修法に用いる。閼伽桶に入れて閼伽棚に置き、供養には六器の閼伽器に盛る。

塗香(ずこう)とは、インドでは招客を迎える際のエチケットとして暑熱の土地で体臭を消す為に用いて来たもの。密教の塗香には2種類の用法がある。(1)真言行者自身の身に縫っていわゆる五分法身を磨宝する塗香で、塗香器に入れた塗香を、作法に従って身体に縫って身体を浄めてから護身を結ぶもの。(2)本尊に供養する塗香で、大日経具縁品に説く六種供養(閼伽・塗香・華鬘・焼香・飯食・燈明)の一である。塗香の典拠は、修法の種類に応じて栴檀香(せんだんこう)・沈香(じんこう)・龍脳(りゅうのう)・伽羅(きゃら)・安息香・鬱金香(うつこんこう)などを材料にして、粉末にしたものを用いる。但し、わが国では、どれかの香木を粉末にした抹香(まっこう)を普通に用いる。

華鬘(けまん)とは、花を糸に綴った鬘で、もとインドの風習で上下を問わず装身具にし、芳香のある生花を用いるが、比丘・比丘尼は身に着けられず、専ら室内の装飾に用いた。密教では、金剛界内四供の金剛鬘菩薩、金剛食天、胎蔵五供養の華鬘菩薩の三昧耶とする。今は生花ではなく、糸(組糸)・金属板などで作り、道場内の柱や長押に懸けて荘厳具として仏菩薩の供養に当てる。種子鬘は蓮華座に金剛鬘菩薩の種子を現わす。

『密教辞典 佐和隆研編 法蔵館』


密教法具4  火舎(かしゃ)

2011年05月14日 07時15分55秒 | 密教仏具

 香炉の一種で、四面器(火舎一・六器六・花瓶二)中の焼香器(しょうこうき)である。鍔(つば)のある縁をもった浅い火炉で、短い三脚をつけ、蓋を具す。火舎のことはインドになく、中国唐時代に発達したものらしい。

 『日本の美術  仏具   蔵田 蔵編 至文堂』 


密教法具3  金剛盤(こんごうばん)

2011年05月13日 08時40分48秒 | 密教仏具

 

金剛盤は、金剛杵と金剛鈴を置く台である。その形は鋳銅板の輪廓を底辺の広い三角形にし、その縁に切れ込みとふくらみを加えて均一でない四葉形にして、四葉蓮華にかたどる。四葉形の切れ込みに猪目(いのめ)を透かすものと透かさないものとある。この盤面に輪宝や三鈷杵を毛彫(けぼり)するものもある。

 『日本の美術  仏具   蔵田 蔵編 至文堂』

  

 前に五鈷杵、右側斜めに三鈷杵、左側斜めに独鈷杵をのせて大壇の中央、行者の前に置く。

『密教辞典 法蔵館 より』


密教法具2  金剛鈴(こんごうれい)

2011年05月12日 18時38分30秒 | 密教仏具

金剛鈴は、金剛杵の一方の把(は)に近く鈴をつらねたものをいう。その妙(たえ)なる音を発して、仏を歓喜せんとしたものである。

『日本の美術  仏具   蔵田 蔵編 至文堂』 

その鋒のかずによって、独鈷鈴、三鈷鈴、四鈷鈴、五鈷鈴、九鈷鈴、宝珠鈴、塔鈴あり。


密教法具1  金剛杵(こんごうしょ)

2011年05月12日 17時30分14秒 | 密教仏具

密教法具は、平安時代に、最澄(天台)、空海(真言)によって日本にはいってきた。平安時代以降、各宗派には独自の法具を伝えるものがある。

金剛杵(こんごしょ)は、杵(きね)の形をして、その両端に鋭い刃をつけるのが基本形である。初期の金剛杵、ことに独鈷杵(とっこしょ)や三鈷杵(さんこしょ)の鋭いことは武器であったことを示すが、これが象徴になり、精神的に煩悩をやぶり、本来の仏性の顕現に資せんとするための法具である。その両端の鋭い鋒のかずによって、独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵、九鈷杵とあり、特殊な形のものに宝珠杵(ほうじゅしょ)・塔杵(とうしょ)とある。

『日本の美術  仏具   蔵田 蔵編 至文堂』

独鈷杵

三鈷杵

五鈷杵


山伏問答18

2011年05月12日 13時07分39秒 | 山伏問答

 

地下足袋

手甲

 脚半

問者

「さて八つ目の草鞋とは。」

さてやつめのわらじとは。

答者

「八葉の蓮台を踏むの心なり。」

はちようのれんだいをふむのこころなり。

問者

「先程よりのお答へ一一疑ひなし、然らばお通り候へ。」

さきほどよりのおこたへいちいちうたがひなし、しからばおとうりそうらへ。


山伏問答17

2011年05月12日 12時50分15秒 | 山伏問答

問者

「斑蓋の義如何。」

はんがいのぎいかん。

答者

「是れ佛頂荘厳の天蓋にして慈悲覆護の形相なり、周圍の五尺は五智円満、大日法身の義、頂上の八葉は母胎八分の肉蓮即ち生佛一如の理を顕すなり。」

これぶっちょうしょうごんのてんがいにしてじひふくごのきょうそうなり、しゅういのごしゃくはごちえんまん、だいにちほっしんのぎ、ちょうじょうのはちようはぼたいはちぶんのにくれんすなわちしょうぶついちにょのりをあらわすなり。