大峰奥駈七十五靡の名称と道程 宮城信雅
三十一 小池宿(こいけしゆく)
大峰奥駈七十五靡の名称と道程 宮城信雅
三十三 二ツ石
せくらべ石とも云(い)ふ。これより峯(みね)づたひの靡道(なびきみち)と、直(ただ)ちに前鬼山(ぜんきざん)へ下る道と分(わか)る。
大峰奥駈七十五靡の名称と道程 宮城信雅
三十四 千手嶽(せんじゆだけ)
絶壁(ぜつぺき)の岩山(いはやま)、現今(げんこん)は登らず。
大峰奥駈七十五靡の名称と道程 宮城信雅
三十五 大日嶽(だいにちだけ)
道僅(みちわづ)かなれ共峯中最(どもぶちうもつと)も険峻(けんしゆん)の峯(みね)、七八間(けん)の鎖(くさり)を攀(よ)ぢて登る。頂上大日如来(ちようじやうだいにちにょらい)を祭(まつ)る。