黄色い拍子木

たまのをよたえなばたえねながらへば しのぶることのよわりもぞする

日常

2006-12-02 10:54:23 | Weblog
やっぱり悲しい。

一見は寝ているように見えますが、触ってみると硬く冷たく
なっていました。やはり、彼は死んでいるのです。数日前まで、
いや昨日の今時分頃は生きていたのに、死んでいるのです。
こうしてキーを叩いている今も、足元で寝ているように
横たわっています。でもやはり、死んでいるのです。

母は仕事に。
妹も仕事に。
何時もと同じように。

家族同然の彼が死んでも、日常は動きつづけるのです。
それは至極当然のことなのだけれども、けれども・・・。

私にも早く日常が始まればいいのに。仕事に出かけて、疲れて
帰ってきて、ご飯を食べて、お風呂に入り、眠る日常が。
四十九日までは家の中にいる彼の魂が、「どうしてこんなに
悲しんでいるの?」と心配しないように、早く日常が始まれば
いいのに。

今晩、彼の遺体を動物霊園に火葬してもらいます。遺骨は
返してもらわず、そのまま引き取ってもらいます。彼を構成して
いた物質は肥料になり、大地に還っていくのでしょうか。

ダメだ。
どんなに考えても悲しくて悲しくて、涙が零れてきます。
こんなに悲しんだら、安心して虹の橋を渡ることができないだろうと
わかっているのだけれども、悲しくて。

夜、引き取りに来るまで、悲しみに耐えられそうにありません。
いつもの土曜日らしく、街に出かけてきます。
「行って来ます。なるべく早く帰ってくるね。」と、彼に言って。
コメント
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