その頃、まだ5人、アンケート調査員が人肉嗜好者たちと血みどろバトルを繰り広げている。 宮島と内山が人肉嗜好者たちに六角レンチで頭蓋を粉々にされ、奪われた自分たちのサバイバル・ナイフで身体中を切り裂かれて喰われている。 腸が、するすると人肉嗜好者たちの口の中に吸い込まれてゆき、2人とも絶命前の最後の震えを僅かに残された肉片や皮膚に走らせている。 執拗に純粋に実に機械的に殺戮と人肉徒食を続ける人肉嗜好者たちのターゲットは、あと3人を残すのみとなっている。 小泉と長谷川とポケットにプラスティック爆弾を隠し持っている来島だ。 ヤフーは、すでに皆を見捨てて暗黒空洞と唯一地上を繋ぐ細い隧道を、血が執拗に吹き出し続ける耳と腹を押さえて、必死に這い昇っている際中だ。 人肉嗜好者たちは、ほぼ全員、サバイバル・ナイフで血まみれの防戦を背中合わせになって続けている小泉と長谷川に向かって行く。 人肉嗜好者たちは、タフだ。 顔面を刺し抜かれても咽を切り裂かれても内臓をはみ出させても無表情のままジワジワジワジワと攻撃を繰り返す。 ひとりもアンケート調査員ごときに殺されてしまう者はいない。 小泉と長谷川は、ゾロゾロと迫り来る醜い殺戮者たちの群れに向かって無我夢中でサバイバル・ナイフを振り回す。 2人とも指を数本と片目を失っている。 背中と腹にもザックリと亀裂を走らせ、ちゅるちゅるとストローで噴くように血を流している。 人肉愛好殺戮集団は輪になって2人を取り囲み、じりじりと様々な工具を手に近付いてゆく。 集団は一瞬、わっと覆い被さるように諸手を挙げて、2人の姿を飲み込んでゆく。 闇に血花が舞う。
来島は今の絶叫で仲間のアンケート調査員たちの全滅を感じとっている。 彼は出血により薄れていく意識の中で、歯を喰い縛り、震える指先に渾身の力を注いで覚悟を決める。
そこでヤフーを待っていたのは黒服の暴力団員たちだ。 先頭に立っている地区リーダーの安井がヤフーを助け起こし膝で抱え、優しくヤフーの唇を舐める。 安井とヤフーは半年前から恋人同士になっている。 「ヤフー、よく帰ってきた。後は俺たちに任せろ。 どうだ、仲間は全滅か? 小島の野郎は卑怯にも1人でさっさと逃げてきやがったよ。 奴の頭はオレがカチ割ってやったよ。 事情は小島から聞いたよ。 地下に恐ろしげな大空洞があって、そこに仲間が連れ込まれて殺されてたんだな。 さあ、そこには何がいたんだ? 」 と優しく安井はヤフーに質問をする。 「さ・殺人狂の集団だよ。殺して、そんで皆を喰っちまった。ゲロの出そうな醜い奴らだよ。ボスだ。ボスがいるんだ。俺はね、そいつに散弾を撃ち込んでやったけど、耳を削がれ、腹を裂かれちまった」 と弱々しく細い声でヤフーは安井に答える。再び安井は質問する。 「戦争の用意はしてきたよ。ヤフー、相手の人数はどの位なんだ?武器は何だ?」 ヤフーは安井の胸に顔を埋め、耳から流す血で安井のズボンを赤く染めながら、口から血を噴き噴き、何とか質問に答える。 「30人以上はいるよ。ぶ・武器はね、ラジオペンチとかハンマーとかの工具だよ。安井さん、お願いだ。あいつら普通じゃねえ。気をつけてくれ。そして2度と地上に出てこれないように皆殺しにしてくれ」 安井は頷くと優しくヤフーの顔を撫ぜ、即刻病院に連れてゆくように黒服の1人に命令し、内ポケットからコカインを取り出して一気に吸い込む。 「戦争だ。市長は押さえてある。警察にも手は出せない。M16自動小銃を全員に用意しろ」 黒服の何人かが階段を上って深夜の吉祥寺の地上に飛び出していく。 安井はアンケート調査員の地区リーダーを肩書きにしているが、実は武蔵野市の最も実力を持った暴力団ネットワークの幹部の1人である。 実質的には最高位のブレイン的存在、組の脳の部分と言ってもいい。 10分とたたない内に黒服ヤクザ軍団は全員完全に武装を終え、安井を先頭に次々と破壊された闇の店の内部に入り込んでいく。 巨大なライトを照らし、テーブルや椅子がゴタゴタに砕け散って散らばった店内を、ずんずん進む。 ホログラム装置の残骸を踏み付けて、壁に開いた叫びを上げる口のような穴から身を低くしてライトのバッテリーを引きずりながら黒服ヤクザ軍団は闇の世界へ通じる分娩道を、そろそろと降りてゆく。
「あなた」はカメラを動かし、店内を隈無くモニターの画面に映しだしている。 モニターには武器を携えた黒服の男たちが次々と映し出されている。彼らは穴から、今、こちらへ向かっているのだ。 「あなた」の薄笑いは、すっかり消え失せコンソールを操作する片腕はブルブルと震えている。 「あなた」は、よろめきながら穴に向かって歩いていき、膝をついて祈る。 均衡が、壊れつつあるのだ。 光と闇のバランスが崩れ始めている。 「あなた」は穴の中の者だけは出現させないでくれと何度も何度も片腕をついて祈り続けている。 「あなた」の血が、殺戮されたアンケート調査員たちの血が、ぬるぬるとした河となって穴の中に落ちてゆく。 穴は、重く暗く唸っている。
来島は、呆然とした意識の中で後ろポケットのプラスティック爆弾の存在を確認する。 ある。ちゃんと、ある。 起爆装置も濡れないように、きちんとケースにしまってある。 来島は安心し、再び自らもドクンドクンと出血しながら血の河に潜って泥の中を穴に向かって進み始める。
そして巨大なライトをぬめぬめした地面に据えてバッテリーと接続する。 分厚い闇が照明によって切り裂かれ砕かれコナゴナにされ巨大な空洞が、はっきりと照らされ、そのおぞましい空間全体を明らかにしてゆく。 遙か彼方まで広がる縦に圧縮された円形空間。 濡れた地面に蠢く気味の悪い大小の虫たち。 のしかかるような低い天井から垂れ下がる臓物群。 地面から臭い立つゲロのような異臭。 中央には巨大な肛門のような穴が見える。 穴から響いてくる宇宙全体を呪うような呻き声。 穴と安井たちの中間あたりにうろついている血だらけの人喰いたち。 その下に散らばる色とりどりの肉片と内臓。 まだ、貪り喰っている奴もいる。 地面のあちこちに人骨らしきものが無数に転がっている。 それは何百年もの殺戮の歴史を感じさせる。 安井を始め何人かは、こみ上げてくる吐き気にむせかえる。 そして凄まじい嫌悪と憎悪の念が彼らの無意識の中から吹き上げてくる。 安井は穴の淵で跪いている「あなた」に目を据える。 奴だ。奴がボスだろう。 安井は落ち着いたドスのきいた声で後ろに従えるヤクザ軍団に言う。 「皆殺しにしろ」
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