地上の世界の住人が「僕」を攻撃してる。 爆発物を誰かが投げ込んだ。 身体がチクチクする。 こんな侮辱は長い間受けたことが無い。 「僕」は、もう我慢が出来ない。 かなり強い怒りを感じる。 「僕」が過去何千年もの間、保ってきた秩序が、その守られてきた地上の馬鹿者どもによって乱されている。 明世界と闇世界をつなぐ犠牲の儀式が破られつつあるんだ。 「僕」は、やらなくちゃならない。 破壊と再生の活動を始めなければならない。 破壊は「僕」、再生は地上の者たちだ。 「僕」は、穴から出るんだ。 「僕」は久しぶりに人工物じゃなくて、人間を喰わなければならない。 加工された無機質は「僕」を沈静化させるけど、人肉は「僕」を興奮させ膨張させる。 「僕」は幾万もの根のように張り巡らせた触手を地層の中から引き抜いて、巨大な口を開け、口の回りの数百の目玉をかっと見開き、穴の底から、ずるずると金色の体液を滴らせながら上ってゆく。 重い。 身体が、とても重い。 「僕」は何度も咆哮を上げて外気に身をさらす苦痛を軽減しようとする。 「僕」のたくさんの目が粘液を垂れ流し、光を浴びて身体の奥に縮こまる。 眩しい。 「僕」のたくさんの目に保護膜がおりる。 「僕」はいろんな色の無数の触手を穴の淵に、にゅるにゅると、たらたらと引っかけて、重い身体を、徐々に引き上げて行く。 巨大な心臓そのもののようにドクドクと波打つ「僕」の斑点だらけの赤い胴体が、穴の幅につっかえながらも上がって行く。 胴体の下についてる巨大な薄緑と濃い青と金色の斑点に覆い尽くされた7本のペニスが、どろりと黒いタールの様な分泌液を垂れ流しながら穴の底を離れる。 7本のペニスの間から、かまきり虫のような3本の足が奇形の胎児が引き出されるような感じで不器用に突き出され、穴の底を踏み、全身を支える。 「僕」は思い切り大きな咆哮を上げる。 そして、3本の足を穴の両サイドにうまく引っ掻け、触手と連動して急ピッチで穴を抜け出して行く。 無数の触手が穴から這い出てきて、まず、「あなた」を襲う。 「あなた」は震えながら身動きひとつせずに触手に絡まれて行く。 触手は「あなた」の衣服を剥ぎ、素っ裸にし、毛という毛を全て引き抜き、「あなた」の身体中の穴という穴から内臓に侵入して行く。 目玉も潰され、触手が入り込む。 毛穴からも肛門からもペニスからも大小の無数の触手が「あなた」を浸食し包み込む。 背後に近付いているヤクザ軍団にも触手は伸びて行く。 ヤクザ軍団は津波のように襲い来る触手に向けて必死の形相で機銃掃射を続け、手榴弾を投げ続ける。 しかし、触手は微動だにもせずに、まずは安井から、次々とヤクザ軍団に絡みついて行く。 「僕」は「あなた」の脳内全体に触手を浸透させ、「あなた」の脳に声をかける。 「長い間ご苦労だった。君の役目は終わったよ。交替の時がきた。君は触手から僕のエキスを吸って何百年も生きてきた。これで、ようやく、死ねるよ。最初に君を喰う」 「あなた」の脳はジンと痺れる。 「あなた」は安堵を覚え、「僕」の触手によってもたらされる、この気違いじみた苦痛の中で、生から解放される喜びまで感じている。 「僕」の触手は一気に「あなた」の体液を吸い尽くす。 「あなた」はくしゃくしゃの紙のようになって息絶える。 穴一面に汚染された海のさざ波のように蠢く触手の中から「僕」の巨大な口が現われる。 穴の中にもう一つの穴が咲き開いた感じだ。 その巨大な口の奥に向かって無数の肉切り包丁のような牙が延々と内側に少しそりかえって不規則に並んでいる。 牙と牙の間からも気味の悪い触手がぬるぬるとはみ出して宙をはねている。 「あなた」は触手に丸められて「僕」の口の中に放り込まれる。 「あなた」は触手に引っ張られながら、無数の大小の牙の並ぶ「僕」の咽を通って静かに咀嚼されながら溶解液を浴びてゆき、この世界から完全に消滅する。
牙が血に染まってくる。 「僕」はヤクザ軍団を触手で全員、捕獲しておく。 そして、力を振り絞って穴から、胴体、次に7本の蠢くペニスを出し、最後に3本の足を穴の淵に引っかけて、完全に外へ這い上がる。 「僕」は再び、全人類八つ裂きのような咆哮を発する。 「僕」は保護膜をかけた目で照明で照らされた地下空洞を見渡す。 ここまで出てきたのは何百年振りだろう? 「僕」は上を見る。 この天井を突き抜ければ地上の奴らが築きあげた脆い文明の建造物が建ち並んでいる事だろう。 おそらく、空に向かって高く築いた高慢な意識の産物が建ち並んでいる事だろう。 「僕」の身体は膨張を始めている。 人肉を喰ったからだ。 胴体やペニスがぶくぶくと血膿を垂れ流しながら皮膚の下を芋虫が這いずり回るように動き、膨らんでいく。 「僕」は触手で捕まえてあるヤクザ軍団数10人を裸に剥き「あなた」にしたように体液を吸い尽くす事はせずに、「僕」の口の真上に高く掲げて彼らの悲鳴に聞き入る。 心地よい静かな音楽のように聞こえる。 「僕」はブリキをハンマーでたたくような声で「ボッボッボッッ」と笑い、1人、また1人と口の中に落とす。 血がシャワーのように噴き出し、無数の牙が赤く染まってゆく。 彼らは牙に触れるだけでザックリと切り裂かれてゆく。 「僕」が、わざわざ口を動かして牙で彼らを咬む必要などない。 最後の1人までゆっくりと切り裂き、溶解を楽しむと、もうすっかり目の保護膜までが血で染まっている。 その頃になると、もう「僕」の身体は天井に目や口が触れそうなくらいまで、ぶくぶくと膨張してしまっている。 膨張は、止まらない。 思い上がった文明の構築物を喰わない限り「僕」は無限に膨張してしまう。 「僕」は膨らんでゆく。 天井に口がつかえてしまう。 パンパンに膨らんでいく。 横にも膨らみ続ける。 地下空洞を埋め尽くしそうに、ぶくぶくと膨らみ続ける。 ついに「僕」の身体は地下空洞いっぱいになる。 地層がギシギシ、音をたてはじめる。
昨夜からの大地の振動はまだ続いている。 それも次第に大きくなってきている。 隣のベッドに安井に脳天を割られた小島が、身体をひくひくと痙攣させながら寝ている。 ヤフーは、すでに感づいている。 仲間は全滅しただろう。 触れてはいけないものに触れてしまったんだ。 小島は、もう駄目だろう。 ヤフーだけが残る。 どうして俺だけが残ったのだろうと考えながら、ヤフーは何か得体の知れない義務感を感じ始めている。 「俺は何かの役目を果たすために、残ったんだ」 ヤフーは、見渡しているラッシュ時刻の迫ったビル街全体が、何かグゥンと不定形に大きく歪んだように思う。 最後に何かが起ころうとしているんだ、明暗世界の基盤を壊した俺達のせいで人間の営利世界の解体が始まるんだ、とヤフーは思う。 そして性的な興奮が背筋を走るのを感じる。 また、吉祥寺の街が、大気が、底の方から大きくうねったみたいだ。 ヤフーは裂かれた腹の縫合痕にそっと手を触れる。
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