元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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【華火残り香】kipple

2012-10-21 11:06:30 | kipple小説

【華火残り香】



昨日の朝は濁った石灰水の様な陰鬱な空が広がっていた。空全体に灰色の雲が張り付いて微動だもせず停止していた。巨大化した何かの幽霊のような朝の空であった。地上はうっすらと濡れており停止した風景に静かで涼しい味わいを加味していた。

今朝の空はボゥっと白ばったコンクリート塀に灰色のペンキを塗ったくった様だったがそのひび割れから細かな明りが空中を筋のように通り鯨の歯の様に天と地を繋ぎ、やれやれやっと少しはマシな秋晴れになってきた模様だ。
十年位前にキムラヤの地下階段を転げ落ちてヒビの入った右足首が痛む。困った古傷である。

正午近くになって出掛けた。

何故だか木炭バスに乗ってる気がしたが電気バスだった。秋の空はスライスした青外郎の様にプルプルとした具合に気持ちよく一色全面に貼り渡っていた。
朝起きた時は白々としたコンクリ塀に灰色のペンキを塗りたくった様だったが何の見事な秋晴れの午後となった。少し暑くバスの中で汗ばんだ。

聖カテドラル教会のところで降りた。本日は同窓会で案内状には日時と会場が書いてあった。しかし参加費が記入してなかったので発起人の小島君に連絡してみると無料との事だった。場所は椿山荘だった。
椿山荘で同窓会はかなり費用がかかるのではないかと思ったが小島君がそう言うし気にしだせば色々腑に落ちない事だらけなので余り考えず兎に角久しぶりに懐かしい皆々と会う事以外は蚊帳の外へ置こうと思った。

微かな明るい風が吹き信号が青になったので横断歩道を渡りそのまま椿山荘に入った。玄関の赤い絨毯を過ぎっていくと告示版がありすぐに会場が分かった。
会場前に行くと廊下に長机を出して小川さんと鈴木さんが受付をしていた。
私が「やあ凄く久しぶり」と思わず破顔すると小川さんも鈴木さんも「まあ、キップ!来てくれたのね。懐かしいわあ。」と満面ニコニコであった。二人に促されるまま出席帳に氏名住所を記入し会場へ入った。

すぐに私の事を小島君が見つけて呼んだ。会場は丸テーブルで埋め尽くされ、そこに皆いた。私が最後の様ですでに皆そうとう食べて飲んで賑やかにしていた。私は小島君のテーブルに行き何となく聞いてみた。
「やあコジ、凄く久しぶりだね。ところでコジは六年生の夏休みに死んだよね」。

ちょっと野暮な事を聞いてしまったかと思ったが小島君は案外平気な顔で「うん、トラックに轢かれてね。死んじゃった。」と一蹴するので私は安心と怪訝さの中で調子に乗って又訊いた。
「そうだよね、コジは交通事故だったよね。それとさあ、ここにいる皆もう死んでると思うんだけどさ」。
するとコジの横にいつの間にか佐藤君や野口君や受付を終えた小川さんたちも集まってきてこう言う。
「まあ何いってるのよキップったら。やーね。せっかくこうして皆で四十二年ぶりに再会できたのに詰まらない事言いっこ無しよ」と、まあ仰る通りなので私もクダラナイ事に拘らない事にした。

私が拘りをあっさり捨てるなり会場はいっそう華やかになり懐かしい昔話で盛り上がった。私は無口な方だが余りにも楽しいので残りの人生分くらいの御喋りをした。
「お互い老けたねぇ」と皆口々に言い合って笑った。あんな事もあったこんな事もあったと、話は尽きなかったが時間がきた。

小川さんが「皆さん今日はもう予定時間が参りましたので宜しく御願い致します」と宴の終りを告げた。会場の中をスゥーっと淋しい薄青の微風が吹き始めた様な気がした。
そろそろと皆が会場を出てゆき私も出る時に丁度横にいた鈴木さんに話しかけた。
「何だか悪いね皆死んでるってのにさ」。

すると鈴木さんは狐の様に目を細めてこう言った「へぇ~、じゃぁ、キップだけ生きてるつもりなんだあ」。私の周りが一瞬凄い速度で沈んでゆく気がした。
少し遅れて椿山荘を出ると私の同窓生たちは「それじゃ、それじゃ、それじゃ、また」と挨拶を交わしながら散り散りになっていった。

私も近くにいた旧友達と「それじゃ、また」と挨拶をし今度は横断歩道のこちら側にある聖カテドラル教会前バス亭で電気バスを待った。
ふと目白通りの向うを見ると横断歩道を渡った小川さんが獨協大学の方の小道に入ってゆくところだった。そう言えば小川さんはあそこの大学脇の原っぱで変態に殺されたんだ。

死んだ後もちゃんと年を取るんだな、公平なものだ、何て思いながら、電気バスを待った。

ふと気づくと目白通りの直線上に秋の太陽がたいへん威勢よく輝いているので、アレは私が子供の頃、夜に家の押し入れの中から襖をパッと開けた時の裸電球の激しい輝きに似ている、影を取っ払った輝きに。
そうか快晴の秋の太陽はまるで子供の頃に見た影を作らない裸電球みたいなんだな、と取り留めのない事を考えてると何とも無しに本日は会いたい人に会える様な気がしてきた。私が会いたい人は全員死んでいるので。
そこで一番会いたい人は誰かと想うが、なかなかベスト選びは難しい。

無心にして想うと、どうしても十九の時に付き合っていた女の子に会いたくなった。彼女の家には何度も遊びにいっていたからまだ行き方は覚えている。
私は聖カテドラル教会前から電気バスで目白駅までゆき、そこから新宿駅までゆき、西武新宿線に乗り換えて、或小さな駅で降りた。

彼女の実家は菓子屋で駅からけっこう遠かった。細い坂道を何度も上がったり下ったりしなければならなかった。
最後の下り坂の途中で振り向くと風景が坂の天辺で切断され雲の流れが上空に筋の様に昇って秋の裸電球を繋ぐ白い導線の様に見えた。
坂のしたにはちゃんと菓子屋があった。

菓子屋はちゃんと店を開けていて奥の暗闇に彼女の母が老婆になって鎮座していた。
「あのう御無沙汰しております。私です。サッちゃんは居りますか?」
と私が言うとサッちゃんの母さんは目を大きくして
「ああ、あんた久しぶりだねえ。いるよ。いいから中にお入り」と言って中に入った。

サッちゃんは当時短大生で私より一つ下だったなと思い、五十も過ぎると同じ様に老いが始まっていてどうでもいいはずなのにどうしてまだ一才の年の差に拘っているのかなと不思議な気がした。サッちゃんは卓袱台に座って煎餅を食べていて婆と一緒に入ってきた私を見るなり勢いよく立ち上がりむせ返った。
「まあキップ!」

サッちゃんとサッちゃんの母さんと私で話は弾んだ。母さんは横でニコニコと相槌を打っていた。あの時隅田川の花火大会行ったら急に雨になってさァ、アハハハハハと、その内麦酒やするめまで御馳走になりおよそ三十年ぶりの再会に調子に乗って婆の前でお互いに抱き着きあったりもした。

随分長くいたのか少しの間なのか分からなくなってきたが兎に角店の前の景色が闇に溶けだしてきたので、そろそろ私は帰る事にした。
最後に婆さんの見てないとこにサッちゃんが私の袖を引っ張ってゆき後ろから抱き着くので、それが可愛くて一回薄いキスをした。それから赤ら顔して店を出た。

サッちゃんと婆さんは店の前で「又来てね」と底抜けに優しく笑った。私も御機嫌で後ろ向きに手を振りながら元来た方向へ坂を昇っていった。坂の天辺に到達する前に二人は店の中に姿を消した。
サッちゃんは二十歳で死んでしまったがまだ元気で相応に老いていたが変わっていなかった。

坂の上の方に来て気づいたが、辺りがすっかり暗くなったと思ったのは夜が降りてきた訳ではなくサッちゃんの菓子屋のちょうど向う側に太陽が沈んでゆくので、その陰になってサッちゃんの菓子屋の店前の辺り一帯がぼんやりとした闇の塊の様なものに包まれた風になっていたのだ。

私は何気なく又坂を下ってみた。するとそこはすっかり暗闇そのもので振り向くと坂の上の方はまだギラギラした夕陽に包まれ光っていた。そのまま何となくサッちゃんの菓子屋に向かって進むと暗闇はますます深まり店の前に辿り着いてびっくりした。

店は夕闇の亀裂から暗黒に呑み込まれ其の存在気配さえ一切無く、そこには高層マンションが建っていた。

其の高層マンションもすでに古く壁のあちこちに細かい亀裂が入っていた。
私のさっきまでの高揚した気分はいっきに萎え一歩引いてもう一度顔を上げて仰ぎ見ると秋のギラギラした裸電球のような強烈な夕陽が其の高層マンションを真後ろ斜め上から照射していて、
其れは巨大で、真っ黒な墓石に見えた。


(2012年10月19日にツイートしたちょっと長いツイートKIPPLE小説をほぼそのまま。25ツイート分)


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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