三鷹市の大学病院でヤフーは信じがたい光景の一部始終を見続けている。 ゆうに2キロメートルを超す巨大な怪物。 晴天の下で行われる残虐非道な光景。 破壊し尽くされる街。 肉団子にされて喰われていく人々。 あまりにも整然と、あたかもマニュアル通りに行われるその光景にヤフーは感動を覚えている。 また、背筋を性的な興奮が走り抜ける。 ヤフーは次第に何となく納得してくる。 あれは怪物ではない。 あれは守護神のような存在なんだ。 あれが縮み始めている。 人間の奢りの残滓をむさぼり喰って縮んでいく。 奢った人間を喰うと膨張してゆくんだ。 そうなんだ、あの黒服の男が定期的に誰かを捕まえては人肉嗜好者たちに喰わせていたのは、あれの怒りを静めるためだったんだ。 ヤフーは「僕」が次第に小さく小さくなってゆくのを見ているうちに、何だか暖かい奇妙な気持ちに包まれてゆく。 ヤフーは、この不思議な世界構築の秘密の一つに触れたような気分で「僕」がクレーター内の人工加工物をすべて、一片の欠片も残さずに喰い尽くし、アスファルトなんかで覆われていた地面を完全に土に返し、元伊勢丹裏の(そう、あの地下空洞にあった淵のぬるぬるした気持ちの悪い)穴の中へ、すっかり縮んでしまった身体で戻ってゆくのを静かな微笑みを浮かべて見ている。 この東京都下にある小都市、吉祥寺は約4時間にして完全に崩壊した。 この不可解な虐殺事件は、その後執拗に調査が繰り返されたが怪物の姿がビデオテープに残されただけで、何も解明できずに終わった。 陥没した一帯はすぐに埋め立てられ何事も無かったように都市再建が始まった。
穴のあった場所には今、首から下が蛇になった女性の石像が祀られ、神社が建てられている。 そして再び何の変哲も無いような日々が繰り返され5年前と比べれば格段に進歩したテクノロジーの波を受け、無機的なハイテク・ビルディングがぎっしりと建ち並び、人口密度も以前の約2倍である。 消え去った十数万人の元住人のために市役所の近くの緑地帯に墓地公園が作られている。 5年前の事件は怪奇現象として記録に残され人々の記憶の片隅に葬られていく。
若い男が近付いてくる。 左手には液晶表示のボードを、右手にはライト・ペンを持っている。 そして「あなた」に声をかけてくる。 「ちょっと、すみません。お時間は取らせませんから、簡単なアンケートに答えていただけませんか?」 「あなた」は、その男と並行して歩きながら、 「いいですよ。どんなアンケートですか?」 と静かに微笑みながら答える。 そして、その笑顔には左耳が無い。 アンケート調査員は、しゃべり続け、「あなた」は彼を「闇の店」に導こうとしている。 |
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