『音楽室5号』
第26章 (か~ん、と死んだ青空。)
やりました。
室内は、がらんとして広くて白くて壁にぐるっと甲虫(かぶとむし)の様にヴァイオリンが取り巻いてて、中央に黒いグランドピアノが大口を開けて白い歯を見せているのでした。
音楽室です。
間違いありません。
キーホーはソーダ水の泡が全身を駆け巡っているような気分で、もう、はちきれんばかりに安心して快地良さそうに涎を垂らして、うつら、うつらと室内を見渡していました。
グランドピアノの前に白いブラウスとギャザーの黄色いスカートを付けた、天使の様なミルクの様な小鳥の様なレモンの様な可憐な少女が白い椅子にもたれて宇宙的アニマの集合体のような優しい微笑みを浮かべて、小さな可愛い指でショパンのノクターンを弾いていました。
キーホーは、しばらくの間、うっとりとその甘美な調べを聞いてから、しずしずと少女に近づき、スカートを心を込めてプワッと逆さ傘みたいにめくり上げました。
すると、少女は、
「キャッ。」
と言って一瞬、目を丸くしてキーホーを見ましたが、すぐに再びノクターンの続きを弾き始めました。
次にキーホーは低音部のドとド♯のピアノ線を八重歯で噛み切って、
(ブゥォォォオンと広い部屋にエコー。)
両手で、しっかりと握りしめて自分の目玉に突き刺しました。
役目は終わりました。
しんとしました。
少女は演奏を中断されて、しゅんとしています。
キーホーは少し可哀相な気がして、少女に向かって目玉からタラリと血を流しながらニッコリと笑いかけました。
すると少女は、くいっと小さなあごを上げ、パッと破顔するとキーホーにこう言ったのです。
「ざぁぁぁんねぇんでしたぁあ。」
KIPPLE
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