元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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音楽室5号 第18章

2021-07-05 07:05:52 | 音楽室5号

 


第18章

(僕は死ぬでしょう。今、世界中で次々と人々が死んでゆくように、ソーダの泡のように、車の流れのように、読み終えた本の記憶のように。)


 キーホーは、がっかりしました。

 何故ならば、そこは音楽室ではなく、円形劇場だったからです。

 ずっと遠く、漆黒の闇の奥から青白い照明ライトが、舞台の上の白い仮面をガブッた役者たちを照らしていました。


創作劇

   「持続しない意志」

       登場人物。
 

煙草

 男。

 女。

 天上からの神聖なヴォイス。


 劇が始まりました。


 (男と女は、どこかのラブ・ホテルのふかふかベッドの上で交わり合っている。)


女。

「アアン。アッ。アッ。イ・イイ。イイワァ。ア。モウチョット。ア。イイ。イク。イクワ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・タバコ・・イヤヨ。

 ・・・・・・・・・・・オワッタトキ、タバコスウヒト・・・イヤ・・・ケムクテ、クルシクテ・・・・・シンデシマイソウ。

 ・・・・・・・・・コノ・ジダイニ・・・・・・・・・・タバコ、ヤメテヨ・・・。」


男。

「そう簡単にはいきませんよ。私だって何度、禁煙を試してみたことか。

 でも、やめられませんねぇ。もう超中毒なのです。

 どうせいつか死ぬのだし、一日、百本吸ってピンピンしているジイさんだっていますしね。」


女。

「ソウ。アア、カラダニワルイコトヨ。シヌノハアンタヨ。

 アア、ケムイ。アタシニモ、エイキョウガアルノヨ。

 アタシマデシヌカモシレナイワ。・・・・・アンタ、コウシテミルト、チットモヨクナイワネェ。

 ヤサシカッタラ、アタシノタメ、タバコ、ヤメラレルワヨネェ。」


男。

「やめられませんよ。

 いやいやいや、男がいちいち女に言われて好きな事止められますか。

 あなただって、その派手な服装と化粧やめたらどぉです。

 一緒に歩いててケバイやら幼女趣味で、情けないです。もう、あなた、三十歳ですよ。

 アホみたいですよ。

 煙草でも吸ってみたらいいんですよ。」


女。

「ナニイッテンノヨ。ナンデ、アタシガ、タバコスワナキャナラナイノヨ。

 ソレニ、ナニヨ、コノマエハ、トッテモニアウ、ワカワカシクテ、カッコイイ、ホレボレシチャウ、ナンテイッテタジャナイ。

 フクノシュミト、タバコト、ドンナカンケーアンノヨ。」


男。

「あほですね。大人になれという事ですよ。」


女。

「ヘェーッ。タバコスッタラ、オトナニナレルノ。

 ヘェーッ。ジャァ、ガキニ、スワセリャ、ジカントビコエテ、オトナニ、ナッチャウノ。

 ソラタイヘンナコトネェー。バーカ。」


「なんですと。このアマ!糞袋!少しばかり美形だからって中身はドブじゃありませんか。

 他人への礼儀が、気遣いが欠けています。

 このマン・カス女め。親しき仲にもって言うではないですか。

 慎みも品もありません!黙って私に任せておけばよいのです。」


女。

「アーア。モウ、アキタワ。ウンザリヨ。アンタニモ。

 アンタノ、オトコ、オトコッテ、ダンソンジョヒノカンガエ。

 コマーシャリズムニノッタ、ニンキモノニシカ、キョーミノナイ、ゾクブツ!

 クサレチンポ!サイナラ。」


男。

「おい。待ちなさい。私は俗物じゃありませんぞ。

 ドフトエフスキーだって読みましたぞ。スメルジャコフとヴェルシーロフのファンですぞ。

 煙草だってマイルドセブンじゃなくてチェリーですぞ。野球だって審判ファンですぞ。

 プロレスだって小人プロレスのファンですぞ。」


女。

「ソウ。シラナカッタワ。ソウナノ?

 アラ、ハッ、アタシ、テッキリ、アンタ、ヘイヘイボンボン、カッコツケ、カッコヘノウヌボレダケ・・ミナノヤルコトバカリ・・・・

 99バンメノサル・・・・ハヤリモノバカリ、ヨロコンデヤッテ、シゴトシテ、ネルダケノ、ギュウニュウノ、ヒマク、ミタイナ、オトコダトオモッテタワ。」


男。

「へ?え。え! そうなんだ!・・・・・じゃぁないんだ。ええい、気が変わりました。煙草やめます。」



(男は煙草の残り、十二本を一本づつ丁寧に揉み潰して捨てる。)


   ★


(場面が変わり、男は女と別れ、自動販売機の前に、震えながら突っ立っている。)



天上からの神聖なヴォイス。

「情けない男よ。時が少し進む。

 そして、お前は気づいた時には、すでにチェリーを買い、くわえ煙草に火を点け、プカプカ吸っているのだ。

 そしてすぐさま、決意を思い出し、残りの十九本をグチョグチョにねじ曲げて道端の排水孔に捨てる。

 お前は家に帰り、机に向かうと息苦しい。

 無性にいらつく。

 無気力になる。

 ちょっと外へ空気を吸いに、と外出すると足は自動販売機へ向かい、手には、がっちりと百円玉二個と十円玉三個、握りしめている。

 気づくとチェリーが手の中にある。

 ゆっくりと、お前の頭の後ろから叱咤の意識波がやってくる。

 空しく。虚脱。忍耐力へのプライドが、ボロボロと・・・・・・・・・。

 仕方無く一本吸った。ああ、うまい。

 しかし、お前は、すぐに嫌な気分、惨めな気分に落ちてゆく。

 家に帰り、残りの十九本を二つに折って、ゴミ箱へ。

 それから、お前はロックを聴く。

 パティ・スミスにドアーズにベルベッド・アンダーグラウンド。

 う~ん、何かが足りない。

 そう思い、お前は、「そう!タバコだ!」

 と気がつき、二つに折った煙草をゴミ箱から掻き集め、セロテープを張り付け修繕し、ひょっとこみたいな顔をして、吸いまくる。

煙草もくもく

 その夜、お前は折った煙草を全てセロテープで再生して、最後の一本まで吸い続けるのだ。

 そして、無くなると、お前の足は再び、煙草を求めて彷徨い始める。」



(男は爆発して、素粒子に混じって消滅してしまう。ひきつった笑い声と共に。) 


 キーホーは退屈し、あくびを二度して、伸びを一度すると、パチリと一号室の板戸を閉じて、しずしずと小刻みに廊下を進みゆき、次にひかえる二号室の板戸を心を込めて開きました。

 



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