第19章
キーホーは、いつの間にか、さっきの一号室の板戸の前に立って、さっきと同じ様に室内の薄暗い円形劇場で、白い仮面を被った役者たちが繰り広げる奇妙なバカバカしい演劇を覗いているのでした。
彼は、竜巻のように斜めに回転しながら板戸口に向かって、すっ飛んで来ました。 そして、キーホーの顔に板戸口を境にぴったりと、笑い顔をくっつけますと、その役者は黄金色のフル・スペクトルを内部から輝かせて、言葉をこぼしました。 ご飯粒のようにです。 彼の仮面の奥で光る眼は、黒曜石のように重なってしんみりとしています。 笑い仮面がしゃべります。 パチッ。
私は若くなりたい。若くなりたい。若くなりたいんだ! 若くなって一杯冒険がしたい。パッションだ!情熱的な恋がしたい。 ああ、私の肉はもう若くないのだ。 肉体が老朽化すれば心も老朽化すると思うか!?。否! 貪欲な心は余計に若さを欲するのだ。」
だってキーホーは二号室の板戸を開けたはずでしたのに、一号室にはもう用はありませんし、それにその笑い仮面の役者の乾燥して今にも吹き飛びそうな悲鳴にもウンザリしてしまったのです。 ところが、どうしたことか、板戸は笑い仮面にぶち当たり、その白い陶器のような表面に無数の亀裂を走らせてしまいました。 笑い仮面の役者は、狼のように遠吠えをすると、体を真っ直ぐにしたまま背後に吸い込まれるように倒れてしまいました。
本物の顔は、おかしな皺(しわ)で一杯になっていました。 その皺は、まるでたくさんのデタラメな文字を何重にも重ねて書きなぐったようでした。
その間に年老いた笑い仮面の役者は死んでしまったようです。 すでに死後硬直が始まったらしく、ぎっしりと皮膚に刻まれていた様々な文字が空中にスポンスポンと飛び出していたからです。 文字は宙を羽の様に舞い、円形ドームを真っ白に包みました。
そして再び、キーホーは二号室の板戸の前に立ち、今度こそはと、注意深く、ゆっくりと二号室の板戸を開いたのです。
二号室の板戸を今、確かに開いたのですが、室内はやっぱり一号室だったのです。 まだ、文字たちが花びらみたいに舞っていました。
すると、やはりキーホーは二号室ではなく一号室の板戸の前に立っているのでありました。
彼はスタスタと二号室の前を通り過ぎると、三号室の板戸を開いたのです。 そして二号室にアッカンベーをすると、するんと三号室の中に体を滑り込ませていきました。 その後、二号室はガラス窓や板戸や壁をぷくっとふくらませて、知らんぷりされた事に腹を立てているのでした。
音楽室二号が内部で核爆弾を爆発させ、自殺を遂げたのです。 理由は謎に包まれたままでした。 その後、ずっと。
デジャヴかな? 以前どこかで同じように注釈を入れたような気がする。 あなたは、そんな気はしませんか? どこかで・・ループしている。 そんな・・気が・・・。
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