馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

清洲橋から見たスカイツリー

2010-05-09 11:07:47 | 日記
5月5日(水)柳橋の事務所昼着
会計書類清算その他雑務を処理
PM2時ジョギングスタイルにて両国橋から出発
隅田川テラスを5月晴れの暖かさの中太った亀のごとく走る。
煙草を止めて約7ヶ月
体重増加は止まらない。
月に一度行く診療所の医師から必ず
減量を言われる。
禁煙して食べ物の吸収が良いのか
減食?しているつもりなのだが肉が膨らみはじめている。
高層マンションが屹立する佃島に入り
相生橋を渡り江東区側から戻る。
清洲橋から見るスカイツリーは今後、名景になるだろう。
約60分で両国橋に戻る。
浅草橋にある銭湯弁天湯に行く
今日は菖蒲湯だった。
湯は熱く42度になっていて
足しか浸かれない、下町のお年寄りは悠然と入っている。
18時自宅に戻り、妻は実母の介護で居ない。
娘と二人ララポートでパスタを食べる。
五月晴れなのに私の心身は重い。

東京湾最奥の砂浜サイコパス 九段スズキ本店長野利男美保子。

2010-05-09 10:28:24 | 日記

5月8日(土)AM8時半陽射しは良好
黒の半袖シャツと短パン、スニーカーで出発
散歩、ウオーキング、ジョギングを適度な距離で繰り返し
幕張メッセ、マリンスタジアム、幕張プリンスが砂浜越に
見える場所に来た。約60分
東京湾最奥の砂浜だ。
白波が砂をなぜるように海岸に白線を引き
ゆっくりと押し波引き波の音が繰り返す。
程よい熱さとさやかな波風は汗ばむ体と心に
癒しをもたらしてくれる。
4月後半から私の心身を翻弄したプレッシャーを解放してくれる。
連休中眠れない日々が続いた夜半突然飛び起きベランダで
薄暈けた月が雲を追い抜きながら遠ざかるのを茫然と見つめた。
ある人のブログに書かれていた言葉
「破壊は一瞬、建設は死闘」
この言葉が私の頭の中で回っている。
29年間零細会社をやってきた
幾多の障害を引きずり落ちそうになりながらも
耐えて持ちこたえてきた。
私は葉隠れ武士のごとく相討ちを挑んだ。
私も瀕死の重傷を負うが相手も相当の傷を負う。
相手を本気で打ち倒すという捨て身の決断をした。
従業員にも話、失敗すれば全て社長の責任であり
負担はかけないと伝えた。
本当は理不尽な扱いに我慢すれば良いのだが
6年前全てを失いかけた夫婦が逃れて私の所に飛び込んできた。
必死に支えてそして今立ち直った。

身勝手夫婦 九段スズキ本店長野利男美保子である。
手の平返すごとく私への対応に耐えられなくなった。
私を逆に苦境に追い込み逃げようとした。

長野夫婦に最後通告をした。
5月7日 決着した。
互いに傷を負わず解決への道を決めた。
しかし、心の片隅に今後も残り
いつか又再び熾き火のごとく復念するだろう。


主の居ないリバーサイドマンション

2010-05-04 11:23:58 | 日記
5月3日(月)11時、谷津病院に入院中の男のマンションに入る。
昨日、渡された鍵で部屋に入る。
寝室にあるご両親の仏壇に手をあわせる。
本来であれば今日3日が退院日だったが
伸びて7日になった。
彼のパジャマを取りに来た。
メールのやり取りが始まった。
最初に彼からのメールで
「冷蔵庫に缶ビールが入っているので
ベランダで水門と河口と水鳥を見ながら
一杯やってくれ」
返信は「了解、後何を持って来る」?
船橋港に流れ込む海老川河口地名にもなった船橋橋の袂
昨年の夏は二人でハゼ釣りをした河口がまん前だ。
ビール飲みながらベランダでマダルコッイメール通信
食道癌で声帯失った彼の唯一の伝達手段
全くのアナログ人間でワープロすら
触ったこと無かったが
添付写真まで付けて送信して来る。
昼自分の自宅に戻る。
午後1時半、谷津干潟をウオーキングしながら
2時10分谷津病院着
2時半彼の学生時代所属していた
合気道部の同期が3人見舞いに来た。
強い抗がん剤を24時間続けて打ったので
体調はしっかりしている。
食欲もなく病院では3度お粥だけだが食べないそうだ。
今後益々痩せていくのだろう。
徐々に薬が効かなくなっていくのか?
4時半辞する。
船橋駅で見舞いに来た3人から
頂き物をする。
「お前だけに負担をかけているとの気持ち」だと言う。
帰り道 鍵を返すの忘れたの明日も谷津病院行かなければならない。