廊下をバタバタと音を立て、対面の間へ家康がやって来た。そこには、榊原らの家臣が揃っていた。家康が上座に座ると、榊原が外に向かって言った。
「二人とも入るがよい。」
戸の陰から呼ばれた二人が、対面の間へ入り座って深々と頭を下げた。
「三津林、面を上げい!」
家康が喜んで言っている。三津林はゆっくり顔を上げた。
「よく無事であった。わしは生きて城に戻れたが、そなたのことが気になってしかたなかったんじゃ。」
「はい、あの後、追っ手から逃れたのですが、崖から落ちてしまい、木に引っかかって生き延びましたが、気が付いて戻るのに時がかかりました。」
「そうか、そなたの奥方には討たれたと言ったが、奥方は帰って来ると信じておった。本当の夫婦じゃ、思いが通じおった。」
「ははっ。」
三津林は、恐縮して何を言っていいのか判らなかった。
「そなたはわしの命の恩人じゃ、褒美を与えよう、何か望むものはあるか?」
「はい、私は家康様が天下をお取りになり、泰平の世を作ってくだされば、それで・・・。」
「そなたは、武田に負けたわしが、天下を取れると思うのか?」
「はい、時がかかっても必ず取れると思います。」
家康は、ニヤリと笑った。
「あの、私は住む所が欲しいです。」
口を挟んだのは、三津林の後ろで頭を下げていた愛美だった。
「奥方どのの方が、正直だな、ははは。」
家臣達が笑った。
「榊原、屋敷を用意してやれ。下働きもつけてじゃ。」
「出来れば、他の足軽の皆さんと一緒の所が良いのですが・・。」
「なに、長屋で良いのか?」
「はい、何も判らないので皆さんに教えてもらいたいのです。」
「そうか、そなた達は、欲がないのお。」
「いいえ、また夫が手柄を立てましたら、次はたくさん褒美を下さい。」
また家臣達が笑った。
面会を終えた三津林と愛美は、榊原の家来に城下の足軽長屋へ案内された。
「ここを使うがいい。」
「ありがとうございます。」
二人が礼を言うと、榊原の家来はすぐに帰って行った。
「今日から、ここが私達の新居ね。ちょっと小さいけど私気に入ったわ。」
「本河田、お前は本当にこれでいいのか?」
「先生、愛美って行って下さい。夫婦なんだから。今は二十一世紀じゃないんです、戦国の世なんです。こんな私が一人で生きていけるわけがないじゃないですか。・・だから、よろしくお願いします。」
「そうか、じゃお前も“先生”はやめろ。」
「はい、・・・あなた。」
そこへ、渡名部とさゆみがやって来た。
「今日からここで新婚生活だな。」
「あっ、そうだ!さゆみもここに居ていいから。」
「いいわよ私は。・・・二人の邪魔しちゃ悪いじゃない。」
「でも、どうするのよ、ここは戦国時代よ。」
「そうだぞ、今は現代に戻れる保障はないし、知ってる人はいないんだ。遠慮しないでここで一緒に住もう、なっ大庭。」
「大丈夫だよ、俺の所へ連れて行くから・・・。」
渡名部が照れくさそうに言った。
「私、渡名部さんの所に行くから心配しないで・・・。」
三津林と愛美は呆気にとられた。
「ほ、本当?」
「うん、いろいろ話して、今は渡名部さんと一緒でもいいかなって思ったわけ。だから愛美達は、ここで仲良く暮らしてちょうだい。ふふ。」
ふふ、じゃないだろ・・・と三津林と愛美は思った。ほんの少し前に出会ったばかりの二人が、いつの間にかこんな仲になっているなんて・・・と思ったが自分達もたいした違いはないのかもしれない。
「さゆみが、それでいいなら私は・・・。」
「そうだな、駄目だとも言えないよな・・・。」
「それじゃ、また後で呼びに来るから、今日は俺の所で飯食おうや。」
そう言うと、渡名部とさゆみは手を繋いで出て行った。三津林と愛美は口をポカンと開けたまま二人を見送った。
四人が仲良く渡名部の所で食事を済ませた頃、城からの使いが来た。少しの部隊で野駄城へ向かうとのことで、その中に渡名部と三津林も召集され、参加することになった。三津林と愛美は、すぐに自分達の長屋に戻り支度をした。
「もう俺は、戦国に生きる男になるって決めた。それでもいいか?」
「うん、私もその男の妻になる。でもきっと帰って来て!」
「ああ、絶対生きて帰って来るよ。愛美のために・・・。」
二人は、共に戦国の世に生きることを誓い、そして熱い口づけをした。
総勢数十名の部隊は、搦手門の近くの曲輪に集まった。
「我らは、掘枝城に向かったと思われる武田軍の偵察と、少しでも西方への進軍を遅らせるための奇襲を使命としている。新参衆の我らが手柄を立てて帰れば、殿に認められる良い機会だ。しっかり働け!」
家康の家臣になったばかりの作久間浪之助という武将が、三津林達にこの部隊の目的を話した。
「生きて帰れるかは、五分五分だぞ三津林君!」
「判ってますよ渡名部さん、しかし必ず生きて帰りましょう。俺達には待ってる人が居ますからね!」
「そうだな。」
暗い中、月明かりを頼りに部隊は出発した。
愛美は、木の陰から門を出るその部隊を見送っていた。そして手を合わせ夫の無事を祈った。