行雲流水の如く 日本語教師の独り言

30数年前、北京で中国語を学んだのが縁なのか、今度は自分が中国の若者に日本語を教える立場に。

日中を結ぶ無錫の二つの碑(2015年2月8日)

2015-07-02 01:14:59 | シャンハイリーダーズ・コラム(2014年
上海から高速鉄道に乗り40分ほどで江蘇省無錫市に着く。小上海と言われるほど経済発展が著しく、第3次産業も着実に育っている。2013年の1人当たり域内総生産(GDP)はついに2万ドルを突破し、台湾のレベルに達した。広さで琵琶湖の3倍以上もある太湖に面し、中国人が住みたい町ベスト10の常連である。日本人、特にある程度の年齢に達した者にとっては、1986年に歌手の尾形大作が歌った『無錫旅情』がなじみ深い。
〽上海、蘇州と汽車に乗り、太湖のほとり無錫の街へ・・・〽。愛する女性を異郷で想う同曲は中山大三郎氏が作詞・作曲し、レコード売り上げ130万枚以上の大ヒットで1987年の第29回日本レコード大賞を受賞した。
上海に近い地の利に加え、同曲の効果で日本企業が殺到し、一時は1000社を超えた。現在、無錫日商倶楽部の会員数は340社だが、電子情報、機械設備、省エネ、新素材といった先端技術分野ではなお日本企業へのラブコールが盛んだ。
2006年11月には『無錫旅情』の発表20周年を祝う行事が同市人民大会堂で行われ、同市トップ、ナンバー2のほか現地の日系企業や友好姉妹都市関係者ら日中の約1400人による合唱大会が開かれた。当時、私も参加し、同曲に対する無錫市の熱い思いを知らされた。
霧島昇・渡辺はま子のデュエットによる『蘇州夜曲』(西条八十作詞、服部良一作曲)が日中関係者の間で歌われることがあるが、『無錫旅情』ほど経済波及効果を持ったケースはないだろう。太湖畔に『無錫旅情』の歌詞(中国語)を記した石碑があるのもうなずける。
太湖畔にはもう一つ、桜にちなんだ石碑がある。
無錫では、日中共同建設桜友誼林保存協会が中心となり88年から毎年、桜の植樹を行ってきた。戦争を経験した日本の有志が、その悲劇を二度と繰り返してはならないとの思いから続けてきた。今は亡き元会長の長谷川清巳氏は戦時中、安徽省銅陵市駐屯の野戦部隊第133連隊に所属し、湖南省衡陽で負傷し前線の野戦病院に入院した。本院に護送された後、前線で世話になった軍医と出会った際に言われた言葉を、書き残している。
「お前はまだ生きていたのか、もうとっくに死んでいると思っていた、今日までよく頑張り生き抜いた、もう大丈夫だ、お前にはまだ残された任務があるから、今日まで生かされたのだ、早く良くなり残された任務を全うせよ」
こうした体験が桜植樹へとつながっている。同保存協会は、無錫で洪水が発生した際には義援金支援や経済交流を行うなど様々な活動を行ってきた。その功績を称え、太湖畔の鼋頭渚公園に「中日桜花友誼林」と刻まれた巨大な記念石碑が建立された。 無錫市政府も桜の整備に乗り出し、今では同公園を中心に3万本もの桜が美を競い、毎春の「国際桜祭り」は1日1万人以上が訪れる一大観光名所となった。2014年は日中関係が困難な中、日韓の上海総領事が初めてオープニング式典に参加し、日本の和服や茶道を紹介する文化イベントが行われた。今年もまた3月27~29日の3日間、各種の日中文化交流イベントが企画されている。
無錫桜祭りでは昨年、上海で発行されている日本観光専門誌『行楽』が主催する日中お弁当コンテストも開かれ、日中の主婦から学生まで100点以上の作品が集まった。春を題材としたカラフルなお弁当やアニメのキャラクターをイメージしたものなど多種多様だったが、中には中国人学生が初めて作ったおにぎりもあった。そこには次のメッセージが添えられていた。
「私は日本語を勉強している中国の学生です。このおにぎりは授業中で日本人の先生がおにぎりの作り方を私たちに教えてくれたものです。私たちは本当に楽しかった。自分で始め作ったおにぎりはとってもおいしいし、先生にありがとうございますと言いたいと思います」
コンテストでは見栄えだけでなく、作り手の物語も重要なポイントになる。
同誌は2013年発行で、ある国に特化した観光雑誌としては業界初だ。日本観光ブームを背景に発行部数は20万部に伸び、2014年6月のアマゾン観光雑誌ランキングではトップとなった。上海人の袁静社長によると、経営は決して楽ではないというが、今年もまた第2回お弁当コンテストの準備を進めている。毎年、無錫での花見を楽しみにしている私としては、喜ばしい限りである。
雑誌名の『行楽』は、李白の有名な五言古詩『月下独酌』に「しばらく月と影を伴い、行楽 須く春に及ぶべし」(月と影とを相手にして、春の去る前に行楽を楽しもう)と出てくる。日本語では主に観光を指すが、中国では本来、もっと広く人生を楽しむという意味にも用いられてきた。
 過去の辛い体験を乗り越えようとする強い意志に支えられた無錫の桜。もうすぐ見頃が訪れ、また馴染みの顔、新しい顔が集まる。春を満喫し、人生を享受する行楽の中で、新たな出会いや物語が生まれる。抗日戦争70周年に当たる今年は、日中関係が困難な局面を迎えることも予想されるが、これを乗り越えれば来年2016年は『無錫旅情』30周年である。行楽の楽しみはより深まるだろう。

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