goo自由日記

いろんな出来事を載せています見てくださいね!

メタセコイアの実

2017-10-19 20:32:26 | その他
 或る、ブロ友さんがUPされてた「メタセコイアの実」を観察しました。
 アストラムライン、牛田駅の付近に有る街路樹のメタセコイアです。
 
 先ず、大きめの葉のメタセコイアです。
 
 


 


 


 


 「メタセコイア」の表示の木です。
 小枝を取ってきました。
 この木は実が付いていません。

 向かいの側の街路樹には「実」と思われる房状にいくつもぶらさがっていました。
 気が付かなかった「メタセコイアの実」でしょうか?

 


 




 


 比較的低いところに小枝が出ていましたので取れました。ゴメンです。

 


 


 若い小枝ですが、確かにメタセコイアの実だと思いますが、定かではありません。
 銀杏の木みたいに「銀杏」がなる木とならない木がありますので、メタセコイアも
 雄木、雌木と2本ないと実が付かないのでしょうか?

山頭火と牛田展

2017-10-18 20:37:45 | その他 イベント
  古民家ギャラリーうした&Pカフェで開催中の「山頭火と牛田展」を覗いてみました。
  
  

  


 


 「種田山頭火
 1882年12月3日生
 出身地 山口県防府市
 1940年10月11日没(57才)
 山頭火は戦前日本の俳人、自由律句で著名。
 曹洞宗  放浪の旅をつづけ、句を残す。

 「鶴岡たか」さんの
 山頭火は牛田に住む大山澄太を9回も尋ねています。
 その時に作った句を染め作品にしました。作品です。
 生藍と柿渋で染めてあります。

 


山頭火は昭和8年~15年の間に大山澄太氏を訪ねて広島市牛田へ9回来ています。
 大山澄太居(杖社)で作った句が13首あり、その前後に作った句は百十一首になります。
 
 


 


 


 


 


 


 


 


 


 (鶴岡たかさん 古民家オーナーのお話では、
  大山澄太は牛田二又土手、早稲田神社付近に住み山頭火の友人です)
  
  展示品と関係するデイスプレイです。

 


 


 


 


 


 


 


 Pカフェという事で、「柚子茶」を頂きました。
 ¥400@・自家製で柚子の皮が美味しかったです。
 山頭火は興味ある、放浪の俳人ですが、自由に詠む句は皆んな楽しいものです。
  ”分け入っても分け入っても青い山”は有名です。


 


  

街角で

2017-10-17 19:48:25 | 日記
 八丁堀のクリニックへ行きました。
 今日の朝は特別に最近で一番の冷え込みでした。
 途中、ホッカイロをドラッグストアーで買いました。

 デパートの一角ではカープの優勝に因んで、旅先でよく見かける人形の
 インタビューの顔や、ホームランの 顔から覗いて写真を撮ってるフアンも居ました。

 


 本通りも立ち寄ったエデイオンも「ハロウイン」のディスプレイが目立ちました。

 


 


 寒くて駆け足での本通りでしたが、いつもよく行く「サンモール」も操業70周年でしたが
 平日とあって人での方は今一です。

 


 CSを控えて街は物静かな感じでした。

あさきた神楽公演(6)

2017-10-15 21:46:16 | 神楽
  あさきた神楽公演(第6回公演)に行く!
  10/15(日)
  安佐北区民文化センター 12:30 開演
  
 出演  亀山神楽団
 演目  源頼政鵺退治(赤蔵ヶ池)
     葛城山

 
 


  亀山神楽団 

  昭和47年に神楽経験者数名が集まり、亀山地区で同好会を作って活動が始まりました。
  昭和61年には、現在の「亀山神楽団」と改め、10数名で活動しています。
  演目は、矢上系六調子(ヤガミケイ六調子)旧舞と阿須那系八調子(アズナケイ八調子)
  新舞で構成しています。  「八岐大蛇」「塵倫」「悪孤伝」「滝夜叉姫」「茨木」
  などが代表的な演目です。
  郷土芸能の保存と発展のため、この神楽を次世代に継承して行くことが目標です。

  1、源頼政鵺退治(赤蔵ヶ池)

   平安時代の終わり頃、武家の棟梁である清和源氏は嫡流である頼政より、傍流の
   源頼信の子
   子孫へと時代は流れ、平治の乱において平家のものとなっていました。
   そのことを悲しみ、伊予の国で隠棲の身となっていた頼政の母・八重桐は常に我が子
   ・頼政の武勲を祈り、山中赤蔵ヶ池へと通いました。
   その池には、化生のものが住まい、八重桐は頼政の武勲を挙げる事が出来るなら、自ら
   が鵺となり命を捧げることを約束します。
   鵺となった八重桐は頼政に立ち合いの末、我が身を梶矢で打ち取らせます。
   その鵺こそが母であった事に気付いた頼政は母の深き愛を思い、再び源氏の白旗を揚げ
   ることを誓うと言う物語です。

 


 


 


 


 


 


 


 


 
 


 


 


 2、葛城山
  大和の国、葛城山に住みつき天下を攪乱させようと狙っている土蜘蛛の精魂が、頼光の
  侍女、胡蝶に成りすまし、典薬の神の御薬と偽り病気の源頼光に毒薬を盛って差しだし、
  ついに念願を果たしたとばかりに襲い掛かるが、逆に頼光に伝家の宝刀(膝丸の剣)で
  一太刀浴びせられ、正体見破られ葛城山へと逃げ帰る。
  頼光は我が身を宝刀、膝丸の剣を「蜘蛛切丸」と改め、四天王の占部季武・碓井貞光に
  授け土蜘蛛征伐のため、葛城山へと向かわせます。
  四天王は、土蜘蛛の妖術を蜘蛛切丸で切り祓い、激闘の末、土蜘蛛を退治する。

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 源頼政鵺退治、葛城山と2演目でしたが、大熱演でした。
 鵺退治の方は、他の神楽団と少し物語が違うようでした。
 母の子に対する愛が良くあらわされていました。
 葛城山は正統派でシンプルに仕上げていましたが、観客席から声が架かるほどの大熱演です
 奏楽も意気が上がっていました!!
 雨で、足元も悪い中、大勢の神楽フアンでした。
 私の友人も来ていました。
 帰りも雨ですっかり身体も冷えて寒かったですが、堪能しました。

カワウとハナミズキ

2017-10-14 19:12:08 | 近ブラ
 牛田ランニングコースを大芝水門の上流の太田川河岸を歩きます。
 太田川の中州に大勢の「カワウ」が集まっています。
 まるで大会でもしているかのようです。

 

 


 


 


 


 


 


 カワウの集会を見てアストラムラインの電車を見送って、国道54号線を歩きます。


 



 街路樹の「ハナミズキ」が少し紅葉してきました。
   

 


 


 


 ハナミズキの「実」も赤く色づています。

 


 


 


 


 「ケヤキ」の街路樹もまだ落葉は早いようです。

 

交番の花・ランタナ

2017-10-12 15:22:15 | 近ブラ
 牛田交番の前を通りかかると花壇に「ランタナ」らしきピンクの花が美しく咲いています。
 側で花壇の草取りをしていた、ポリスらしくないおじさん?に
 「この花は、ランタナですか?」と尋ねたら、
 「うん?」
 というような顔をして、花壇の花の下の「名札」花札名を見せて下さいました。
 「〇〇〇ランタナ」と読めました。

 


 


 「ランタナですね~、有難うございました」
 には応えず、又、草取りに戻られましたが・・・

 


 普通の制服のポリスマンではありませんでしたので、きっとOBの警察官だろうと思いました。

 帰宅して、NETで見ると「コバノランタナ」の様でした。
 先日、島根の江津で見たランタナの同一種類でしょうか。


「JR秋の乗り放題パス」 三江線の旅  2

2017-10-11 15:30:10 | JRウオーク
  江津駅前「江津市情報センター」で貰ったガイドマップで「天領江津本町甍街道」を散策しました。

  駅前から少し歩き、新江川橋を横目で見ながら江津本町へ入りました。
 
  仲間の知り合いの「Yさん」の案内で歩きます。

  町中で見かけた道端の「花」です。
  (後で、ランタナ」と分かりました)

 


 「江津市」のマンホールの蓋です。

 


 「空き家」かと?
 (案内のYさんが!”電気のメーターが動いてるよ”)

 


  「江津本町」は古くから江の川の舟運と日本海の海運の要所として栄え、寛文年間に上方
  航路が開かれと北前船の帰港地や天領米の積出港として川岸には4,50隻の帆船が林立
  し混雑しました。
  多くの回船問屋の蔵屋敷が並び、山陰道が貫き、東は大森銀山、西は浜田へと向かっており、当時は大森銀山に次ぐ、石州赤瓦の光輝く天領の町でした。


 「花田医院」→ 国の登録有形文化財
 黄色の屋根瓦の建物が花田医院。
 (昭和9年、軍服がカーキ色(国防色)定められた影響か?)

 
 

 この辺りは、軒を低くした建物が目立つ。
 歴史と地域の重要性を物語る「天領」と赤瓦の輝く町、全国的な知名度の生産量を誇る
 石州瓦の主産地、「夢と瓦」の「天領江津本町甍街道」として町づくりに保全され創造されています。

 


 
  


  


 


 


 


 「観音寺」→ 臨済宗
  足利直冬の建立と伝えられる。
 (何故か階段に白衣に包んだ遺骨が有った)

 


  「海抜4m」

 
 


 「山辺神社 」
  創建は、利徳天皇の白薙3年(652)で、当時は島の星山の中腹にあったと伝えられる
  社殿は昭和47年の豪雨災害に遭い、同50年に整備されました。

 


 


 町のあちこちに、「カメ」=「はんどう」が見かけられます。

 「島根県」のマンホールの蓋です。

 


 「旧山陰道」らしき道を歩きます。

 


 「土床坂」→つっとこさか
 旧街道(山陰道9の面影を残しているこの場所は土床坂と呼ばれています。
 丸みがある自然石を幅2メートルぐらいに敷き詰めてあります。
 (今日は草が覆い尽くしていました)
 
 


 
 



 峠には石造りの標柱があり「従是西浜田領」と刻まれています。
 本町が江戸時代に天領であったことを示しています。
 (時間の関係で峠までは行きませんでした)

 途中の草花「セイタカアワダチソウ」
 民家の「キンモクセイ」。

 


 


 「長州藩士の墓」「陣屋」と巡りたかったのですが、少し山に入ったかと思ったら
 そこは「江津本町駅」でした。
 約、2時間弱の「江津本町甍街道」の散策でした。
 案内の「Yさん」が居てくれてよかったです。
 
 「江津本町駅
 昭和33年に無人駅として開業されました、

 


 


 


 
 


 江津本町駅
 16:33 → 帰路のため駅、出発です、

 


 浜原駅 
 18:28 到着。

 


 


 浜原駅で30分の待ち時間がありました。
 辺りは真っ暗です。
 1軒の明かりの点いた「商店」らしき家の住人が戸を開けてくださいました。
 夜のお弁当を調達する積りが「お店は止めたんよ」と言ってコンビニも何もない田舎の事で
 可愛そうに思われて、「パンが2個あるから上げよう」
 と言って下さり、申し訳なかったのですが頂きました。
 後で、皆さんと分け合って食べましたが、「仏さま」の様に見えた「91才」の
 可愛らしい「おばあちゃん」でした。

 
 


 浜原      三次
 19:01 → 20:40    広島
         20:43 → 22:21 

 帰路は 三次駅で乗換時間3分しかなくて、芸備線「広島行き」に飛び乗ったのです
 広島駅まで2時間弱、おしゃべりと、睡眠とで今日の「三江線」の旅も終わったのです。
 三江線も利用者が激減し廃線の憂目となりますが、立ち寄った川本の町、江津の町。
 静かな田舎の町でしたが、優しさと人情の町、山陰の風情にかいま、触れた気分です。

 お世話になった世話役のKさん、Kさんの知り合いのYさん、同行の仲間の皆さん、
 ありがとうございました。

 「鉄道記念日切符」の代わりの「秋の乗り放題パス」も無事終わりです。
                         - END -

                     

「JR秋の乗り放題パス」 三江線の旅  1

2017-10-10 15:28:55 | JRウオーク
 JR西日本「秋の乗り放題パス」 三江線の旅に行ってきました。
 平成29-10/9日(祝)仲間5名で三江線の旅に参加。
 
   広島駅    三次
   7:53 → 9:57   石見川本
          10:02→ 12:18(昼食)  江津
                  13:45 →  14:54
  
 

  
  島根県と広島県を結ぶ、1081kmを走る全35駅の三江線。
  そこには、どこか懐かしさを感じる暮らしの風景と共に情緒溢れる日本の四季が残って
  います。
  2018年4月1日で廃線が決まっている「三江線」を旅してきました。

  三江線神楽街道三十五次として、三江線全駅に神楽に因んだ愛称駅名も命名されています。
  
 三次を10:02発の三江線です。
 石見川本まで行きます。
 途中の「式敷駅」と江の川です。
 
 


 


 「宇津井駅」
  駅、ホームと待合室は地上から高さ約20メートルにあり、山間の地上にそびえ立つえ
  その姿から「天空の駅」と呼ばれています。

 


 


 12:18「石見川本駅」到着です。
 
 


  


 川本町散策マップで、「飯田食堂」で「日替わり定食」を頂ました。

 


 


 一時間20分の川本散策です。
 川本町は、島根の丁度へそ、中央部に位置し、町域を流れる一級河川、江の川の水運により
 古くから栄えた町です。
 先ず、丘の上に建つ「悠邑ふるさと館」です、祭日でお休みでした。
 そばに「アポロ宇宙船」スカイラブ3号が展示し有ります。
 
 
 


 


 内部も見れましたが、昭和44年有人の宇宙船です。
 現実に3名が乗船したとか?

 


 展望台からの「川本町」の眺望です

 


 


 川本駅に戻り、
 「おもてなしサロン」でエゴマのお茶を頂きました。
  13:45で江津行きに乗車です。


 




 


 途中の車窓の風景です。

 


 


  
 江の川とのどかな風景のゴトゴト揺れるローカル線の、何処の駅も数多くのカメラマンが
 カメラを持ち待ち構えています、快適な旅も

 14:54「江津駅」到着です。
 
 

 


 


 



  「甦りのカエル」が出迎えてくれました。

 


 江津で仲間の知人が迎えてくれました。
 江津の町散策に協力して頂きました。

  散策模様は続きます・・・


 

公孫樹って?

2017-10-07 18:01:12 | 日記
 ホームテレビの前の国道54号線の側道には「イチョウ」「シダレヤナギ」「被爆クスノキ」が林立しています。

 「公孫樹」の名札が気になりました。

 「公孫樹」 イチョウ
  垂れ下がる気根(乳根)が発達。
  美しく黄葉する、健樹になる実(ギンナン)は食用。
  中国原産。

 


 


 「枝垂柳」 シダレヤナギ
 中国原産の落葉高木で、名前のとうり細い枝は長く垂れ下がる。
 世界中で広く植えられている。

 
 


 


 「ホームテレビ」
 カープ、セ、リーグV8、優勝おめでとう!の懸垂幕。
 ホームテレビも外装工事中。

 


 


  「被爆クスノキ」
  被爆クスノキ、12本。
  爆心地から2100m。
  このクスノキ並木は、1945年(昭和20年)8月6日の原爆にも耐え生き残りました

 


 


 


 


 「JR新白島駅」に行きましたので国道54号新祇園新道を歩きましたが、
 「公孫樹」が気になりました。
 「公」=祖父が植えたイチョウの木も「実」が付くのは孫の代にならないと
ギンナンはならない事からこういわれるとか・・・