鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第53話(その6・完) 聖体降喚の真実とエレオノーアの願い

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第53話 その6(完)


 
 ルキアンとエレオノーア――共に銀色の髪と青く澄んだ瞳、穏やかさの中に翳りのある雰囲気をもつ、同じ血族を思わせる二人は、再び川縁まで降り、仲良く並んで釣り糸を垂れている。
 黙って水面を凝視するエレオノーア。その横顔を、今までとは違った想いを込めて見やりながら、ルキアンは呟いた。
「レオーネさんの家では驚いたよ。いきなり、《御子》なんて言うから」
「はい、ごめんなさい……。だって嬉しかったんです。おにいさんに、やっと会えたから。だから、つい」
 相変わらず、エレオノーアへの返答の言葉にいちいち悩んでいるルキアンに対し、今の一言をきっかけに、エレオノーアの口数が堰を切ったように増えていく。
「私のこと、その……変な子だと、思っていますよね。初めて出会ったばかりなのに、いきなり、おにいさん、おにいさんって……強引に踏み込んできて、ちょっとおかしいと思っていませんか」
 すかさず首を振って否定するルキアンに、エレオノーアは身を乗り出して言った。
「私、誰にでも尻尾を振って着いていくわけではないです。おにいさんは特別なのです」
 実際、ルキアンは、エレオノーアのことを不快に思ったり、軽蔑したりはしていないだろう。むしろ強く好感を抱いている。だが彼は言葉を上手く選べず、困惑したままだ。それでも懸命に取り繕おうとする彼の態度を、エレオノーアもまた好意的にみているのだろうが、遂には彼女も自分自身の想いを穏当に表現できなくなった。彼女は大きく深呼吸すると、半泣きになってルキアンに向き合った。
「ずるいです! おにいさんは、ずるいです……。おにいさんは、真の闇の御子なのに、《聖体降喚(ロード)》のことも《御子》のことも、何も知らないんですから!!」
「《ロード》? その言葉、《ロード》……って、どこかで、聞いたような。どこかで、とても大事なことのような……」
 ワールトーアでのネリウスやカルバとの会話も、もはやルキアンの記憶から抜け落ちているのだろうか。しかし、たとえ思い出せなくても、あのときのことは記憶の域を超えたところに深々と刻まれているに違いない。苦悩の表情で頭を抱えるルキアンの様子をみれば、《ロード》という言葉に、何かただ事ではない反応を示していることが分かる。
「おにいさん。《ロード》の素体になる者は必ず二人。たぶん、人間一人分の魂の大きさでは、《聖体》を受け入れることに耐えられないんです。だから二人に分けて降ろすのだと。その二人は、たとえば家族とか、親友とか、恋人とか、普通の意味で特別な関係でなければならないのはもちろん、霊的にも深い宿縁で魂を結ばれた者同士でないといけません。それでも、《ロード》はいつも失敗する……。二人ともほぼ間違いなく、死にます。でも稀に、失敗しても一方だけ生き残ることがあります。それが不完全な闇の御子と呼ばれる、《片割れ》の者」
 聖なるものを、真の闇を司る御子をこの世に招くと言いつつも、その実態は非道でおぞましい《聖体降喚(ロード)》の真実を、唐突に、明け透けに伝え始めた少女。
「私たち不完全な闇の御子は、だから……きっと生まれてきたときから、魂が半分しか無いんです」
 そう言い終わらないうちに、涙目になったエレオノーアが、覆い被さるようにルキアンの顔を覗き込む。彼女は自分の左胸に掌を当てると、その手の上に、ルキアンの手を取って乗せた。
「おにいさんと一緒だから、心臓、どきどきしています。私は《生きて》いるようです。でも《ロード》より前の記憶は、私には無いんです。思い出せないだけなのかもしれませんが、もし思い出しても、それって《私》の記憶と言えるのでしょうか。そんなこと考えると……考え始めると怖いんです……記憶や、この体、この思い、どこまでが《私》なのでしょうか。《私》って、本当に存在しているのでしょうか?」
 ルキアンの手が震えた。その手をそっと押さえているエレオノーアの指に、力が加わる。あまりのことに、彼女が何を言っているのか、直ちには現実味を感じられなかったルキアン。しかし心の中でエレオノーアの言葉を反芻してみて、その恐るべき内容に、ルキアンは、ただ言葉を失うことしかできなかった。
 ワールトーアで一度は知った《ロード》のことを、その記憶を《絶界のエテアーニア》によっておそらく奪われたために、今のルキアンは、《ロード》というものについて、自分自身も含めてのことではなくエレオノーアの方だけが辿った悲劇として受け止めてしまっている。その姿は、真実を知る者からみれば、皮肉と無残の極みだった。だが、本当のことをここでルキアンには伝えず、気持ちの奥に押し込めながら、エレオノーアは話を戻した。
「だから、私と対の《執行体》になるはずだった人が、誰で、どんな人間だったのかも、覚えていません。だけど、とても大切な人だったんだなって、分かるんです。私にとって……あ、違うのかな、《この人》にとって。でも私自身も、心にぽっかりと穴が開いたような、何かが絶対的に抜け落ちたような。ずっとそんな苦しい気持ちでした」
 彼女の真剣な表情に押され、ただ無言で頷くルキアンに、エレオノーアは独白を続ける。
「しかも私は《不完全なアーカイブ》なのです。《アーカイブの御子》は、闇の御子の本来扱う様々な御業や智慧を収めておく書庫のようなもの。対になる《執行体の御子》を助け、支えるためだけに生まれてきた存在。たとえ不完全でも《執行体》であれば、普通の人間を遥かに超える特別な力をもつ者として、価値があります。でも、対になる《執行体》を初めから失っている不完全な《アーカイブ》は、《御子》としての莫大な力をただ《保管》しているだけで、それを自分自身ではほとんど使うことができず、他に特別な能力も持っていません。多くの人の命を食い尽くしたくせに、ただ生まれてきただけの、役立たずなのです」
 言葉を選ばず、信じ難い話を突き付けるエレオノーアに、それでもルキアンは共感することができた。多少なりとも《御子》としての自覚がなければ、到底受け入れられない内容であったろうが。そういえば、話に熱が入り出すと止まらなくなり、普段とは打って変わって饒舌になることは、この二人に共通する点である。
 エレオノーアは、心の深いところで何か鍵のようなものが外れたと感じた。ルキアンにここまで話すつもりは無かったうえに、しばらくは彼とのかかわりは無邪気なふれ合いの範囲に留めようと思っていたはずであり、その淡くて不安定な心地良さに、できる限り長く立ち止まっていたかった、はずである。
「《片割れのアーカイブ》。たとえもう、私の《執行者》の代わりは存在しないとしても……それでも空になった己の半分を埋めようとする本能のようなものが、ひたすらに強くなって。そんなとき、私は知りました。その、いいえ、自身で感じ取ったのです。実は《ロード》が成功していて、《真の闇の御子》がこの世に降り立っていることを。この人なら、本当の闇の御子の力をもってすれば、《アーカイブ》としての私を受け止めることができる。魂のもう半分を埋めてくれる、きっと私を導いてくれると、なぜかそのように確信したのです。おにいさんからみたら、一方的すぎますよね。迷惑ですよね。たとえ御子としての宿命があったにしても」
 《不完全な御子》としての秘密と、一人の女性としての胸の内とを、ひとときに伝えようとしているエレオノーア。その目は、いま、正面からルキアンを見つめていて、限りなく透徹していて、噓が無く、しかし微かに哀しそうな光も宿している。
「ただ、あなたに、おにいさんに会いたい。そう思って私は《僧院(あそこ)》から逃げ出しました。たとえ殺されてもよかった。おにいさんに一目会えるのなら。幸い、レオーネ先生に助けられて……。あの人のもとにいれば、簡単には手出しできません。それに何故か、逃げた私に対し、《僧院》からの動きが何もありません。もう長い間、時々忘れそうになるくらいに」
 つい先ほどまで鮮明に聞こえていた、谷川に水の流れる響きや、風の音、揺れ動く草や木々の葉のざわめきや、すべてがもはや二人には聞こえていない。しかしエレオノーアの声だけが、ルキアンをとらえて離さなかった。
「おにいさんのこと、ずっと想ってたんです。おかしいですよね。どんな人かも分からなかったはずなのに。だけど、なんとなく分かるんですよ。分かっていたのです。朝起きて、まず思うのはあなたのこと。それで気が付けば、お昼になっていて、今日みたいにお魚を獲りに行っても、ずっとあなたのことばかり。夕方になっても。そうやって毎日。日が暮れると、もっと寂しくなってきて。おにいさんのことが、どうしようもなく気になって、静かに本を読んでも落ち着かなくて、すぐに夜が更けて、仕方なくベッドに入っても眠れなくて、とてもとても切なくなって、おにいさんのことを想うと体が熱くなって、そして……そして私は……」
 思わず喋り過ぎたと気づき、エレオノーアは顔中から首まで真っ赤に染めて、慌てて視線をルキアンから背けた。
 
「せつないです。おにいさん……」
 
 ルキアン自身もエレオノーアの語りに気持ちが入り込み過ぎて、己の奥底から湧き出る耐え難い力に動かされ、彼女を安心させたい、やみくもながらも抱きしめたいと思わずにいられなかったのだが――彼の身体はそのようには動かず、何度も腕や指先を震わせ、仕方なくエレオノーアの頭を優しく撫でようと、手を伸ばした。
 
 
 ――はぁい。そこまで。
 
 そのとき、ヌーラス・ゼロツーは心の中で嘲笑した。ゼロツーの操るアルマ・ヴィオが再び上空からルキアンたちを監視している。
 ――そうだ、僕も《おにいちゃん》って呼んじゃおうかな。だって僕は、そんな《廃棄物ちゃん》よりもずっとずっと前から、あんたのことを見張り続けて、いや、見つめているんだよ……おにいちゃん。
 そのうえで、ルキアンとエレオノーアが気づいていなかった周囲の変化に対し、ゼロツーが意地悪く語る。勿論、それは独り言でしかないのだが。
 ――あれれ、どうしよう、おにいちゃん。二人で楽しくやってるところ申し訳ないんだけど、悪いおじさんたちが来たみたいだよ。
 
「釣れましたか。貴族のお坊ちゃん方。いや、そちらは、お嬢様でございますか……。ははははは!!」
 頬に傷、髪をすべて剃り上げた頭、片目に黒い眼帯をした、絵に描いたようなならず者の頭目が、似合わない丁重な表現でぎこちなく喋った後、大声で笑った。
 その声に合わせ、自分たちも下卑た笑いを垂れ流しながら、背後の森の中から男たちが次々現れる。皆、手に剣や斧、ナイフなどを持ち、茶色や緑色の薄汚れたマントを羽織っている。その風体からして山賊や追剥ぎのようだ。
「《せつないです、おにいさん》? そんなに人肌恋しいのだったら、俺たちが温めてやるよ」
 頭目が、これまた似合わない紳士然とした口調で、しかし品の無い言葉を投げかけた。取り巻く手下たちはわざとらしく失笑している。
 口角が下がり、淡い紅色の唇を震わせたエレオノーアに、怒りの表情が浮かんだのをルキアンは初めて見た。彼女は悪漢たちを恐れるのではなく、激しい憎悪に満ちた目で、しかし冷静に周囲を確認している。ずっと心の内に、悶えながらも大切に秘めていた想いを、意を決してルキアンに打ち明けたとき、その尊い瞬間を下世話な山賊たちに覗かれていたのかと思うと、温厚なエレオノーアも、怒りと恥ずかしさとで体中の血が沸騰しそうなのだろう。
 
 ――あの山賊たち、ちょうどよいところに居たからね。でも、本気で相手にしてくれないし、身の程をわきまえず僕に手を出そうとしたから……10人くらいまとめて殺っちゃったら、素直に言うことを聞くようになったよ。馬鹿だね、自分たちにとっても、御褒美にしかならない美味しい話なのに。
 エレオノーアに焦点を合わせ、機体の魔法眼に映る眺めを拡大すると、ゼロツーは徹底して冷淡な口調で告げる。
 ――気に入らないその女を、やっと会えた愛しい《おにいさん》の目の前で、ぼろ雑巾のようになるまで辱めてやってよ。
 容赦のない酷薄さを溢れ返らせ、《美しき悪意の子》は唇を歪める。
 ――おにいちゃん、怒るかな。だったら、大事な大事なエレオノーアちゃんの純潔を守りたいなら、山賊の虫けらどもなんて、いっそ消しちゃったらどう? 実は、おにいちゃんも、血を見るのが楽しいんでしょ、その力を存分に使って。僕、じっくり観察してたんだよ。アルフェリオンが逆同調して、敵も味方も見境なくブレスで焼き尽くしたときのことを。ナッソスの戦姫の機体を、鋼の剣の山で容赦なく刺し貫き、牙で食いちぎったときのことを……。あんた、最高だよ! 本物の闇の御子、僕のおにいちゃんは。だから、認めたらどうだい。
 ヌーラス・ゼロツーは、自らも悦び極まった寒気を感じながら、小悪魔のように誘うのだった。
 
 ――本当は好きなくせに。気持ちいいよね、闇は。
 
「おにいさんは逃げてください。私が道を切り開きます。そして、早く助けを呼んできて」
「でも、そんなことをしたら君が……」
 エレオノーアが告げた決死の提案に、かつ、それが混乱や無謀によるものではなく、彼女自身が一定の勝算を信じた表情をしていることに、ルキアンは驚きを隠せない。それ以前に、彼女だけを置いて逃げることなどできるはずがなかった。
 ――それでも僕は、まだ同じことを繰り返すのか。
 あのとき、内戦で無法地帯となったナッソス領において、ならず者たちに凌辱されたシャノンの姿が、ルキアンの脳裏に何度も浮かび上がって消えようとしない。もし同じように、エレオノーアが山賊たちの手で嬲り者にされたとしたら。そう思っただけで、ルキアンは身も心も余すところなく絶望に囚われた。
「駄目だよ。ぼ、僕が守るから。エレオノーアが逃げて」
 そう言いながらも、ルキアンは剣すら抜いていない。抜いたところで、それを生身の人間に突き立てることなど、彼にできるのだろうか。
「ありがとう、おにいさん。守ろうとしてくれて、本当に嬉しい」
 前に出ようとするルキアンを押しとどめ、エレオノーアは目に涙を溜めながら、精一杯のきれいな笑顔を作った。
「でも、もし、おにいさんに何かあったら、私は生きていられません……。それに、言ったばかりじゃないですか。私は、これでも結構強いんですよ」
 エレオノーアが、考えてもみなかったほど強気の姿勢を見せたため、山賊たちは呆気に取られた。その場の空気を変えようと、彼らの頭はできるだけ尊大な態度を装う。
「ほぉ、勇敢なことだな。だが、そういう強い女は大好きだ」
 それと同時に、おそらく目や表情で合図があったのか、近くの茂みから数人の男が剣を振りかざし、前触れもなくエレオノーアに襲いかかった。
「傷つけるんじゃないぞ、絶対に殺すな!」
 油断してそう言った山賊の頭は、次の瞬間、眼前で何が起こったのか分からなかった。小柄な銀髪の少女に飛び掛かったはずの、彼女より遥かに大柄で屈強な男たちが、うめき声を上げてばたばたと地に伏していったのだ。
 エレオノーアの呼吸が一変し、足の運びも獣のように隙の無いものとなった。
 いま起こったことは何かの間違いにすぎないと、別の一団が、今度は本気で害意を込めてエレオノーアに斬りかかる。
 だが彼女は、緩急自在に円を描くような動きで山賊たちの攻撃をかわし、敢えて敵の懐に入ると、密接して武器を振りにくい間合いから急所に一撃を叩き込んだかと思えば、相手の脚を乱して動きを崩し、敵同士がぶつかり、危うく同士討ちになりそうな動きを誘っている。
 
 ――灰式・隠密武闘術、弐群。
 
 エレオノーアの青い瞳が、その師・レオーネを受け継いだような、《灰の旅団》の戦人(いくさびと)の眼差しへと変わった。
 
 ――邪魔をしないで。私は、もう決めたんです。この美しい谷に、光翠の川面に別れを告げて、私自身のもって生まれてきた宿命も越えて、一緒について行きます、おにいさん!
 
【第54話に続く】
 
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