鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第59話(その1)緑月事変

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ


 
いばらは誓いました。
この身が傷つくことで、傷つかなくて済むものがいるのなら
私は喜んで踏みつぶされ、食いちぎられましょう。
踏みつぶしたもの、食いちぎったものに
この棘の痛みを与え、恐れを刻み、
もう二度と同じことを繰り返させないために。
 
(ミルファーン王国の伝説より)
 

1.王都急襲


 
 新陽暦302年に起こった《緑月(りょくづき)事変》――それは、まだ記憶に新しい昨年のことであると同時に、イリュシオーネの歴史を揺るがせたタロスの大革命から数えて、13年目の出来事でもある。かつて、いわゆる《六王国》の勢力均衡のもと(*1)、少なくとも表面的には平和が保たれていたイリュシオーネの世界情勢は、旧タロス王国の革命をきっかけに、各地で玉突きのように次々と不安定化していった。タロスという大国の混乱に乗じて、新たな利権や領土を掠め取ろうと暗闘する諸国、タロス革命に刺激されてそれに続こうとする各国の反体制派、王権と革命勢力の争いのもとで漁夫の利を得ようとする狡猾な貴族たち、こうした混沌きわまる政治的・軍事的な状況が続く中、次第に覇権を握っていったのが、かつてのエスカリア王国とラナンシア王国、つまりは両国の統一によって生まれた現・エスカリア帝国に他ならない。
 そしてついに302年の緑月(*2)、エスカリア帝国軍とガノリス連合軍との全面的な衝突が始まろうとする直前、この大乱を誘引する導火線さながらに、最初の戦いの火の手はエスカリア・ガノリス国境とは異なるところで燃え上がった。帝国軍にも連合軍にも付かず、曖昧な態度で様子見を決め込むミルファーン王国に対し、これを力ずくで連合側に引き入れようと、連合の盟主ガノリス王国はミルファーンの王都ケンゲリックハヴンを急襲するという暴挙に出たのである。
 
注:
 
(*1)六王国とは、オーリウム、ミルファーン、ガノリス、タロス、エスカリアおよびラナンシアの諸王国を指す。ちなみに現在、エスカリアとラナンシアはエスカリア帝国へと統一、ガノリス王国は帝国軍に敗戦・占領され、事実上崩壊、革命後のタロスは王国ではなく共和国となっている。六王国当時から国情がほぼ変化していないのは、オーリウムとミルファーンの両王国のみである。ちなみに両者とも、「王国」といっても王権の力が比較的弱く、各地の諸侯や都市に大幅な自治権が認められた分権的な国となっている。
 
(*2)緑月とは、おおむね私たちの世界の5~6月頃に相当すると思われる。
 
 ◇
 
 穏やかに更けゆく夜を、出し抜けに揺るがした幾つもの爆発音と、これに少し遅れて騒然と外に駆け出した人々の姿、飛び交う喚き声。目の前に落ちた炎系の魔法弾に照らされ、煉瓦造りの赤茶けた家々が浮かび上がる。その光景を鏡のように映し出すほど滑らかに擦り減った、そして丁寧に磨かれてもいる石畳の街路。そのあちこちに、家具などを積み上げた乱雑なバリケードが築かれている。即席の防御陣地の陰で、銃を構える赤と黒の軍服の兵士たちと、彼らと共に自らも武器を取った市民たち。
「あと少し、援軍が到着するまで持ちこたえるんだ! ミルファーンの民の粘り強さを見せてやれ」
 士官の一人が叫んだ。彼らの衣装、すなわち鮮やかな深紅の生地を主体とし、肩章の周囲やボタンの並ぶ部分に白をあしらい、黒いズボンと、金色のいささか古めかしい兜を被った姿は、ミルファーン王都の防衛にあたる王室警護隊のものだ。彼のところに同じく王室警護隊の兵が駆け寄ってくる。
「伝令、伝令! 敵はガノリス王国軍と判明。精霊迷彩で隠形化した飛空艦が、現在把握されているところでは、強襲降下艦を中心に少なくとも6隻。《十聖剣(デツァクロン)》を含む敵機装騎士団によって、すでに王宮は制圧されました」
「デツァクロン、だと?」
 士官の表情にこれまで以上の緊張が走った。軍事大国ガノリスの擁する数多くの機装騎士の中でも段違いの実力を誇る、選ばれた十人、デツァクロン。彼らがアルマ・ヴィオに搭乗した際の実力たるや、たとえ単騎であったとしても、並みの機装騎士団の一つや二つ、容易に壊滅させ得るといわれる。この最精鋭をガノリスはミルファーン王都急襲のために投入してきたのだ。各地から主力部隊が駆けつけるまでの間、比較的少数の王室警護隊だけで王都ケンゲリックハヴンを守り切れるのだろうか。事情を詳しく知らない市民たちが、それゆえのある種の蛮勇をもってガノリス軍に立ち向かおうと気勢を上げる一方、職業軍人としてデツァクロンの強さを十分に知っている王室警護隊の者たちは、絶望に打ちひしがれそうな表情を市民たちに見せまいと、何とか平静を装っている。
 だが続く報告は、その場にいた面々の表情を逆に和らげ、安堵させるものだった。
「幸い、国王陛下とユーギン殿下、フレイナ殿下は、近衛隊の警護のもと城外に脱出されました」
 市民たちから喝采があがる。だが、その一瞬の高揚をかき消すように、バリケードの前の視界が何かに遮られた。突然だった。魔法金属の装甲に覆われた巨躯が、その重厚な外見に矛盾するほど羽根のように軽く、降ってわいたかのごとく二体、姿を現す。その動き自体からすでに分かる。乗り手は只者ではないのだと。
 これに対し王室警護隊のアルマ・ヴィオも、山さながらの黒い影を立ち上げて、バリケードの向こうから前に進み出た。一方は、熊のように逞しく、ただし多少ずんぐりとした姿、砲身の長い長射程型の《マギオ・スクロープ(呪文砲)》二門を背中に装備し、四つ脚で機動する獣型・陸戦型のアルマ・ヴィオだ。他方は、ミルファーンの王室警護隊や近衛機装騎士団で広く使われている人型、つまり汎用型のアルマ・ヴィオだった。オーリウム王国の《ペゾン》などと同様、甲冑をまとった騎士をそのまま全高10数メートルの巨人にしたような、各国の機装騎士団においてごく一般的にみられる類の機体である。
 敵味方の鋼の巨体が静かに対峙する。悠然と距離を詰めるガノリス側のアルマ・ヴィオ。額から頭頂、さらに背後に向かって伸びる角のような飾りと、甲虫の羽を思わせる、堅牢かつ流麗に外側に向けて大きく伸びた両の肩当て。これらの特徴が印象的な汎用型の機体である。藍色を中心に、要所要所に黒と銀の色合いを取り入れた精悍なその姿を目にして、王室警護隊の者たちの間から低く呻くようなざわめきが生じた。
「あれは《ガリュウ四式》……デツァクロンの」
 その言葉が終わらないうちに、立ちはだかった味方側のアルマ・ヴィオが一刀のもとに切り捨てられ、二体とも呆気なく崩れ落ちるのが見えた。
 ガリュウ四式の一方に乗っているガノリスの機装騎士、デツァクロンの一人が呆れた様子で呟く。
 ――つまんねぇな。歯応え無さすぎ。どうやら外れくじを引いちまったみたいだが。やっぱり、王宮攻めの方に回りたかったぜ。なぁ、アーレンさんよ。
 《念信》に浮かんだ彼の心の声から推測する限りでは、この機装騎士は20代後半から30代くらいの男性だろう。刃と刃を交える戦いの中でもあまり深刻さの感じられない、適当あるいは不真面目とさえいえるような態度だった。それが強者ゆえの余裕とでもいうのだろうか。
 ――そうですね、ドレイク。ミルファーンの誇る《灰の旅団》はどうしたのでしょうか。この機会にぜひ一戦交えてみたかったものです。
 落ち着き払った姿勢や丁寧な口調が、先ほどの彼とは対照的である。アーレンと呼ばれたもう一人のデツァクロンが答えた。こちらの方が幾分年上のように思われる。
 デツァクロンの《閃刃(せんじん)》ことアーレン・ヴァン・デルガイツ、同じく《炎剣(えんけん)》ことドレイク・ヴァン・イグナーツ、ガノリス最強の機装騎士のうち二名までもがここにいる。もはやこれまでかと覚悟を決めたミルファーン側と、勝ち誇るデツァクロン。そのとき、雷光同然の速さで何かが天空から投げ落とされ、地響きと共に両軍の間に突き刺さった。
 ――な、何なんだ、これは……。
 自機の魔法眼を介してドレイクが目にしたものは、周囲の家々の高さを超えるガリュウ四式と同程度に大きい《車輪》、いや、ノコギリのように多数の刃が縁に並んだ円形の武器のようにも思われる。
 ――こんなでかいものが、どこから飛んできたのか分からなかったぞ。だが、相手として不足はない。
 若干の困惑と共にむしろ高揚感すら覚え、武者震いするドレイクに、各国共通の汎用的な帯域を使った念信が届く。
 ――やぁ、こんばんは。今宵のお楽しみが待っていたところなのに……。邪魔をするとはけしからん。お仕置きだな。
 ――女? ミルファーンの機装騎士か。で、何だ、その言いぐさは。舐めてんのか。
 謎の相手からの念信。薄笑いを浮かべているような、ふざけた声。そして話の中身も珍妙だ。しかしドレイクが焦っているのは、いまの念信をすぐ近くで発しているであろう敵の機体の位置を、まったく把握できないからだった。それについてはアーレンも同様である。
 ――ドレイク、気を付けてください。敵は相当の手練れ。
 デツァクロンが二人も揃って相手の姿を発見できず、夜の闇に囲まれて戸惑う。次の瞬間、アーレンが思わず心の声を上げた。
 ――目の前だと!?
 彼らの真正面にめり込んでいる巨大な輪の上に、いつの間にか片腕一本で逆立ちしているアルマ・ヴィオの姿があった。暗闇の中で時おり輝く白と金の機体自体は、全体として比較的華奢であり、鎧をまとった女性の形状をしている。顔の上半分を仮面のような兜で覆い、兜の左右に二本の大きな角が生えている。そして波打つ青い髪、いや、豊かな髪のような形をした何か。菩薩の像を想起させる幽遠さと威厳とを兼ね備えた優美な姿の奥に、底知れない狂気を秘めた異様なアルマ・ヴィオ。
 ――知っています。この機体は。
 アーレンの念信の声がいつになく真剣になったのを、ドレイクははっきりと感じた。そのうえ、常に冷静なアーレンの口調が微妙に揺らいでいる。彼は一言一言、噛みしめるように告げた。
 ――《N・フォルトゥーナ》。これを操っているのは、灰の旅団随一、《鏡のシェフィーア》。
 ――シェフィーアって、あの《ミルファーンの狂戦姫(きょうせんき)》か……。
 ドレイクの口振りにも、彼ほどの戦士であるにもかかわらず、明らかに動揺が混じっている。
 ――私はもう《姫》ではないし、《狂戦士》というのも誤解だな。まぁ、貴君らのいう《逆同調》、つまりは機体の荒れ狂う本性を、必要ならわざと暴走させることも確かにあるが……。
 シェフィーアが微笑とともにそう言ったとき、彼女のN・フォルトゥーナは二体のガリュウ四式の間に立っていた。
 ――私自身は常に冷静だ。
 速さすらも感じさせることのない、時間も空間も超越したかのような動きで、いや、そもそも最初からそこに居たのかと思わせるほど、いとも簡単にシェフィーアはデツァクロンの二人の懐に踏み込んでいた。
 ――彼女にとっては、間合いという、ものすら……。
 アーレンが気づいたときには、白く優美な機体が隣を通り過ぎてゆくのが見えた。その動きは、何故か妙にゆっくりと感じられる。N・フォルトゥーナが両手を合わせ、合掌を思わせる動作を取った。それに呼応するように、アーレンのガリュウ四式の右の肩当てが粉々に飛び散り、同じ側の腕も大地に落ちた。
 刹那の間に何が起こったのか、ほぼ把握できなかったにしても、半ば反射的に剣を抜いてシェフィーアに切りつけようとしたドレイク。だが、N・フォルトゥーナは武器さえ使うことなく、剣を抜きかけた敵のガリュウ四式の手を、互いの指を絡めるようにして捕らえている。
 ――手を軽く握られただけなのに、何だこの力は……う、動けねぇ。
 ガリュウの手は、背中に負った剣の柄を握ったまま、刀身を鞘から途中まで引き出した状態で固まっている。シェフィーアは若干の感嘆を込めて言った。
 ――その剣、単なる時代錯誤や予算不足のためではないようだな。魔力によって形成された《マギオ・テルマー》の光の刃ではなく、敢えて実体を持つ鋼の刀を装備するとは、デツァクロン、なかなか良い趣味をしている。実体剣に霊気を流し込むことのできる者ならではの選択か。だが、死んでしまっては元も子もあるまい。
 シェフィーアは、背後にそびえる旧市街の城壁の上に立つ、月明かりに光るひとつの影を見据えた。
 ――あそこの機体が咄嗟に牽制していなかったら、貴君たち二人は、もはやこの世の者ではなかっただろう。
 そして彼女の口から出たのは、ガノリス王国はもちろん、イリュシオーネ大陸全土にその名を轟かせる機装騎士の名。
 ――久しいな。デツァクロンの真の剣聖、レオン・ヴァン・ロスクルス。
 辺りの空気が凍り付いたような、張り詰めた時間、永遠にも感じられたわずか数秒の時の歩み。沈黙を破ったのはシェフィーアの方だった。
 ――やれやれ。大事には、それに相応しい時と場というものがあるのだよ。なぁ、ロスクルス卿、ここは引いてもらえないか。私はともかく……レイシアが殺気立って仕方がないのだ。貴君も無駄な犠牲は好まないだろう。
 敵に対して不可解な笑みを浮かべたシェフィーアに、凍れる月の光のような美をたたえ、ロスクルスが初めて口を開いた。
 ――承知。今宵は我もそのような気分ではない。帝国の無粋な輩が、今夜の舞台を台無しにしてくれたようだ。
 ――何? レオン、ここで引くのか。王宮を落とし、あと少しで王都も制圧できるものを。
 ドレイクが疑問をぶつけるも、ロスクルスの言葉は一貫して撤退を主張し譲らなかった。
 ――つい先ほど本国より、至急帰還するよう命令があった。我らが留守のいまを狙い、帝国軍が国境を越えて全面侵攻してきたのだ。だが、もしここで鏡のシェフィーアと戦ったら、正直、我らのうち何人が王国に帰れるか分からない。
 ――だがよ、ここでシェフィーアを倒せば。
 ――顧みるがいい、ドレイク。いかに獰猛な獅子であっても、己が満身創痍になってまで獲物を狩ることは、避けるという。目先の勝負にかろうじて勝ったとしても、次の戦にまともに臨めないような有様になっては意味がない。
 ――デツァクロンが三人もいるんだぞ……。しかもレオンがいて。一体どういう化け物だ、狂戦姫というのは。
 言葉の背後からひしひしと感じられるロスクルスの圧力に、ドレイクも黙って頷くしかなかった。敢えて悪戯っぽい調子でシェフィーアが割って入る。
 ――ほぅ。この隙を帝国軍に突かれたのだな。おそらく、機密を知りうる重要な立場に、内通者がいたか……。困ったことだ。ガノリスの打った悪手のせいで、時代(とき)が大きく動くぞ。これで当分は、我らは剣を交えるというよりも、望むか望まぬかにはかかわらず、結果的に帝国に対して共闘ということになりそうだ。ロスクルス卿、その命、いましばらく預けておこうか。行け。貴君は、この世界でも希少な御馳走だ。万が一にも、私以外の者に倒されたら、許さんからな。
 ――その気持ちは有難く受け取った。姫よ、借りは必ず返す。
 ――だから、私はもう姫ではないと……。
 
 ◆ ◆
 
 それから約一年。物語の舞台は、再びケンゲリックハヴンに戻る。
 
【続く】
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