本書は朝日新聞に掲載された池澤夏樹へのインタビュー記事を読み、著者が絵本を出していると知り、読むきっかけとなった。読後の第一印象は、絵本であって絵本ではない。そんな異彩を放つ絵本ということ。本書は、2023年6月に刊行されている。
本書を読み終え、最後に奥書を読んだ時点で、著者にとっては、イラストレーターの黒田征太郎との共著として、本書が絵本第二弾であることを知った。
第1作の絵本は知らないので、本書だけでの読後印象である。
この絵本の主軸は「ダイアログ」という冠語を付けた「ヤギと少年、洞窟の中へ」というお話にある。洞窟内での少年の体験がストーリーとなっている。冒頭の表紙が表すように、洞窟の闇、黒が基調になる。だが、読後印象として、「黒」には別の意味合いが幾重にも重ねられていると感じる。イラストが黒を基調とするのは頷ける。
少年と彼がビンキと名付けたヤギが主人公。繋がれていた綱から抜け出たビンキを少年が追いかけ、ヤギが入って行った岩の間の穴に少年も導かれるようにして入る。入ってすとんと落ちたところからヤギを追いかけ、そこが大きなガマ(洞窟)であるとわかる。少年はガマで女の人に出会うという不思議な体験をする。「わたしは三年前の戦争の時にこのガマで死んだの。・・・・」とその女性が語り始める。
ガマ(洞窟)・・・そう、場所は沖縄である。少しファンタジィックな要素を加えてあるが、洞窟での少年の体験をフィクションという形で描き出していく。どのページも黒が基調のイラストなので、白抜きの文字で語られている。女性が少年に語る話は、実に重い。 最後の見開きのページは、ビンキに導かれて少年がガマから出るシーン。「外は眩しかった」で終わる。黒から白・黄色への転換。一瞬ほっとした。
だが、ガマの闇の中の話。具体的には知らなかった。詳しくは知らされていなかった。いや、ごく表層的に知っていた側面はある。だが、その先へ更に踏み出す思考が欠落していたことに気づいた。
本書が異彩を放つと冒頭に記した理由を説明しよう。
1.上掲の絵本としてのお話は、凡そ本書のページ数の半分ほどである。
読後にページの表記がないのに気づく。ページ数を数える気がしないので正確には語れない。
2.絵本の後に「用語解説」が付いている。これはこの絵本を子供に伝えるための大人へのガイドという形になっている。いや、実はこの絵本、大人のための大人に読んでほしいという意図を持つ絵本ではないか。
用語解説の見出し語は、「ガマ」「沖縄戦」「ひめゆり学徒隊」「アブチラガマ(糸数壕)」「遺骨収集」である。この用語解説、ぜひ、内地(本土)の大人には読んでほしい。読んで、己への情報とし、さらに子供に伝えるために。
3.「さらに書いておくべきこと」という見出しで、著者の思いが3ページにまとめられている。ここで、著者自身が「ダイアログ」の絵解きを少し記している。「アブチラガマ(糸数壕)」を参照例の一つにしたが、「『ダイアログ』について、これがフィクションであって史実とは異なることをお断りしておく」と。いくつもの事例をフィルターにかけて、そのエッセンスをフィクションという形でお話に統合したものと述べている。
4.「戦争で死んだ少女たち」が最後のセクションとして載っている。
ここには、「沖縄戦で亡くなった沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等学校の生徒たちの名簿」総計211名の氏名と死亡の場所が死亡の日付順に記録されている。
著者は記す。「小さいながら紙碑のつもりだ。一人一人に黒田征太郎さんが花を捧げられる」と。名前と死亡の場所が明記され、次の行には花のイラストが描かれて行く。
著者は断ずる。彼女たちの死は「難死」(小田実の造語)に当たるものだ。要するに彼女たちは軍によって死の世界へ放逐されたのだ、と。
史実としての「沖縄戦」は終わった。だが、「沖縄戦」の結果は終わってはいない。現在もその結果・影響が継続している。遺骨収集調査の手が入っていないガマが未だたくさんあるという。知らなかった事実の一端を本書で知った。「最近になって、遺骨を含む沖縄本島南部の土砂を辺野古の埋め立てに使うという政府案が浮上した。・・・・ひとまずは撤回されたらしい」と言う記述がある。沖縄戦は過去の歴史ではない、結果は未だ現在進行形なのだ。
アブチラガマ(糸数壕)は沖縄県南城市に所在する。読谷村(ヨミタンソン)には、チビチリガマとシムクガマという対照的な歴史を辿ったガマが存在することを知った。
本書の最後に載る「紙碑」を著者の助言通り、一人また一人と読み上げて行った。亡くなった場所が「伊原第三外科壕」が38人、「伊原第一外科」が7人、「摩文仁村伊原付近消息不明」が11人、という人数の多さ・まとまりが特に目に止まる。伊原という地名は糸満市にある。伊原第三外科壕跡は「ひめゆりの塔」が建立されている場所だと知った。
本書によって、今まで沖縄について無知なままでいた側面を自覚させられることになった。まず本書は、私にとって「大人の絵本」の役割を果たしてくれた。
本書で『旅のネコと神社のクスノキ』という第1作を知った。近々読んでみようと思っている。
ご一読ありがとうございます。
補遺
糸数アブチラガマ案内センター :「らしいね南城市」
ひめゆりの塔 ひめゆり平和祈念資料館 ホームページ
ひめゆりの塔 :「沖縄観光チャンネル」
沖縄本島(糸満・ひめゆりエリア)-伊原第三外科壕跡- :「OKINAWATRIP」
魂魄の塔 :「県営平和祈念公園」
平和の礎(いしじ) :「県営平和祈念公園」
戦没者遺骨収集情報センター :「県営平和祈念公園」
沖縄での戦没者遺骨収集について :「PEAK+AID ピーク・エイド」
遺骨収集ボランティア・ガマフヤー代表、具志堅隆松さんインタビュー YouTube
沖縄・辺野古埋め立て計画から、戦没者の遺骨を守る物語【ドキュメンタリー】遺骨~声なき声をきくガマフヤー~(2021年・沖縄テレビ) YouTube
遺骨収集ボランティア 子どもや年寄りの遺骨 遺族のもとへ(沖縄テレビ)2022/2/24
YouTube
沖縄県の10地域で収容された戦没者遺骨のDNA鑑定の申請受付について
:「厚生労働省」
戦没者遺骨のDNA鑑定の実施について(令和3年10月1日から受付開始) :「沖縄県」
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本書を読み終え、最後に奥書を読んだ時点で、著者にとっては、イラストレーターの黒田征太郎との共著として、本書が絵本第二弾であることを知った。
第1作の絵本は知らないので、本書だけでの読後印象である。
この絵本の主軸は「ダイアログ」という冠語を付けた「ヤギと少年、洞窟の中へ」というお話にある。洞窟内での少年の体験がストーリーとなっている。冒頭の表紙が表すように、洞窟の闇、黒が基調になる。だが、読後印象として、「黒」には別の意味合いが幾重にも重ねられていると感じる。イラストが黒を基調とするのは頷ける。
少年と彼がビンキと名付けたヤギが主人公。繋がれていた綱から抜け出たビンキを少年が追いかけ、ヤギが入って行った岩の間の穴に少年も導かれるようにして入る。入ってすとんと落ちたところからヤギを追いかけ、そこが大きなガマ(洞窟)であるとわかる。少年はガマで女の人に出会うという不思議な体験をする。「わたしは三年前の戦争の時にこのガマで死んだの。・・・・」とその女性が語り始める。
ガマ(洞窟)・・・そう、場所は沖縄である。少しファンタジィックな要素を加えてあるが、洞窟での少年の体験をフィクションという形で描き出していく。どのページも黒が基調のイラストなので、白抜きの文字で語られている。女性が少年に語る話は、実に重い。 最後の見開きのページは、ビンキに導かれて少年がガマから出るシーン。「外は眩しかった」で終わる。黒から白・黄色への転換。一瞬ほっとした。
だが、ガマの闇の中の話。具体的には知らなかった。詳しくは知らされていなかった。いや、ごく表層的に知っていた側面はある。だが、その先へ更に踏み出す思考が欠落していたことに気づいた。
本書が異彩を放つと冒頭に記した理由を説明しよう。
1.上掲の絵本としてのお話は、凡そ本書のページ数の半分ほどである。
読後にページの表記がないのに気づく。ページ数を数える気がしないので正確には語れない。
2.絵本の後に「用語解説」が付いている。これはこの絵本を子供に伝えるための大人へのガイドという形になっている。いや、実はこの絵本、大人のための大人に読んでほしいという意図を持つ絵本ではないか。
用語解説の見出し語は、「ガマ」「沖縄戦」「ひめゆり学徒隊」「アブチラガマ(糸数壕)」「遺骨収集」である。この用語解説、ぜひ、内地(本土)の大人には読んでほしい。読んで、己への情報とし、さらに子供に伝えるために。
3.「さらに書いておくべきこと」という見出しで、著者の思いが3ページにまとめられている。ここで、著者自身が「ダイアログ」の絵解きを少し記している。「アブチラガマ(糸数壕)」を参照例の一つにしたが、「『ダイアログ』について、これがフィクションであって史実とは異なることをお断りしておく」と。いくつもの事例をフィルターにかけて、そのエッセンスをフィクションという形でお話に統合したものと述べている。
4.「戦争で死んだ少女たち」が最後のセクションとして載っている。
ここには、「沖縄戦で亡くなった沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等学校の生徒たちの名簿」総計211名の氏名と死亡の場所が死亡の日付順に記録されている。
著者は記す。「小さいながら紙碑のつもりだ。一人一人に黒田征太郎さんが花を捧げられる」と。名前と死亡の場所が明記され、次の行には花のイラストが描かれて行く。
著者は断ずる。彼女たちの死は「難死」(小田実の造語)に当たるものだ。要するに彼女たちは軍によって死の世界へ放逐されたのだ、と。
史実としての「沖縄戦」は終わった。だが、「沖縄戦」の結果は終わってはいない。現在もその結果・影響が継続している。遺骨収集調査の手が入っていないガマが未だたくさんあるという。知らなかった事実の一端を本書で知った。「最近になって、遺骨を含む沖縄本島南部の土砂を辺野古の埋め立てに使うという政府案が浮上した。・・・・ひとまずは撤回されたらしい」と言う記述がある。沖縄戦は過去の歴史ではない、結果は未だ現在進行形なのだ。
アブチラガマ(糸数壕)は沖縄県南城市に所在する。読谷村(ヨミタンソン)には、チビチリガマとシムクガマという対照的な歴史を辿ったガマが存在することを知った。
本書の最後に載る「紙碑」を著者の助言通り、一人また一人と読み上げて行った。亡くなった場所が「伊原第三外科壕」が38人、「伊原第一外科」が7人、「摩文仁村伊原付近消息不明」が11人、という人数の多さ・まとまりが特に目に止まる。伊原という地名は糸満市にある。伊原第三外科壕跡は「ひめゆりの塔」が建立されている場所だと知った。
本書によって、今まで沖縄について無知なままでいた側面を自覚させられることになった。まず本書は、私にとって「大人の絵本」の役割を果たしてくれた。
本書で『旅のネコと神社のクスノキ』という第1作を知った。近々読んでみようと思っている。
ご一読ありがとうございます。
補遺
糸数アブチラガマ案内センター :「らしいね南城市」
ひめゆりの塔 ひめゆり平和祈念資料館 ホームページ
ひめゆりの塔 :「沖縄観光チャンネル」
沖縄本島(糸満・ひめゆりエリア)-伊原第三外科壕跡- :「OKINAWATRIP」
魂魄の塔 :「県営平和祈念公園」
平和の礎(いしじ) :「県営平和祈念公園」
戦没者遺骨収集情報センター :「県営平和祈念公園」
沖縄での戦没者遺骨収集について :「PEAK+AID ピーク・エイド」
遺骨収集ボランティア・ガマフヤー代表、具志堅隆松さんインタビュー YouTube
沖縄・辺野古埋め立て計画から、戦没者の遺骨を守る物語【ドキュメンタリー】遺骨~声なき声をきくガマフヤー~(2021年・沖縄テレビ) YouTube
遺骨収集ボランティア 子どもや年寄りの遺骨 遺族のもとへ(沖縄テレビ)2022/2/24
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沖縄県の10地域で収容された戦没者遺骨のDNA鑑定の申請受付について
:「厚生労働省」
戦没者遺骨のDNA鑑定の実施について(令和3年10月1日から受付開始) :「沖縄県」
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