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遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『プライド 警官の宿命』  濱 嘉之  講談社文庫

2023-04-04 18:05:32 | 濱嘉之
 文庫書き下ろしの作品である。新たな「プライド」シリーズの始まりか・・・・。
 本書は、2022年9月に刊行された。

 著者のこれまでの各種シリーズを思い浮かべると、基本的フレームワークがこれまでとは一味異なっている。これが始まりならば、警察組織におけるちょっと今までとは異なった連係プレイが生み出されるストーリーが楽しめそうである。なぜそう思うのか?

 本作「警官の宿命」の主な登場人物の設定のしかたが新機軸であるからだ。
 主な登場人物は3人。高杉隆一、本城清四郎、大石和彦。この3人には共通点がある。それは、それぞれが田園調布警察署管内で長年駐在所勤務をする警察官の息子であり、幼馴染みであるということ。そして、それぞれが異なる経緯を経て、警察の道に進んだということ。これがストーリーのベースになる。
 3人が広義の警察という土俵に上がった。つまり、彼ら3人が「下克上」のある警察組織の独特な昇進システムの中に組み込まれることを意味する。さらに、事件・事案を解決して実績を積むことで評価される仕組みの中に身を投入したことになる。勿論、実績の評価は、個人の視点と警察組織の視点が絡み合って行く。

 異なる点は何か。警察の道への進み方が三者三様で全く異なる経路を辿る点である。それがまさに「警官の宿命」に絡んでいく。
 この警察物語の始まりは、まず3人がどのように異なる経路を経て、警察の道に入り、どのような形で警察組織の中で再会するかを扱っている。
 本書は「プロローグ」「第一章 高杉隆一」「第二章 本城清四郎」
    「第三章 大石和彦」「第四章 幼馴染」「第五章 再会」「エピローグ」
という構成である。まず、最初に3人がそれぞれ警察への道を選択する過程にスポットライトが当てられていく。
 最初の三章は、いわば短編連作の趣がある。半ば独立したストーリーとしても楽しめる。具体的な内容は読む楽しみにしていただくとして、ここでは3人のプロフィールの要所をご紹介しよう。

 高杉隆一:多摩川台駐在所・高杉健造の息子。高校卒業後、自らの選択として警察官になる。警視庁へ入庁。警視庁警察学校に入校し警察官人生をスタートさせる。プロローグと第一章は高杉が警察官として成長する物語を紡いでいく。
 初任科時代に上原智章という世話係が高杉を担当した。高杉は良い先輩に恵まれた。上原は、高杉の警察官人生にとり将来重要な関わりができる伏線ではないかという印象を受けた。高杉は併せて夜間大学に進学する。24歳の夏に巡査部長で玉川警察署に昇任配置。夜間大学を卒業して3年後、警部補試験に合格し、26歳の夏に築地警察署に昇任配置。警ら第二係に従事した後、刑事課知能犯捜査係第二係長として異動する。さらに「警察庁刑事局捜査第二課出向を命ずる」の辞令を受けるに至る。
 ここに至るまでの、高杉隆一の警察官人生を読者はまず楽しめる。
 3人の中ではこの高杉を中核に据えてストーリーが進展していると感じる。

 本城清四郎:中谷駐在所・本城誠三郎の息子。日大附属高校に進学し、高校ではそれまでの剣道をやめてゴルフ部に入る。大学に進学後、ゴルフと遊びに専念。大学卒業を控え、就職の内定を得られない本城は警察官への道を選択する。三次試験も合格し、私大を卒業後、警察学校に入校。警察官人生が始まる。本城はまず三鷹警察署に配属され、交番勤務からスタート。巡回連絡での人間関係で本城のゴルフ歴が役立つというところがちょっとおもしろい。清四郎は卒配から3年目の夏に、警視庁刑事部の巡査刑事専科を終了していた。刑事課の空きができた時点で、本城は三鷹署刑事課暴力団担当刑事に任命され、巡査長に昇格する。
 第二章では、本城清四郎の少し型破りな警察官人生が描き出される。一歩誤れば脱落する要素もある経緯がおもしろい。
 この章は清四郎が警察官人生初の衝撃を受ける時点で終わる。「幼馴染の高杉隆一が三鷹署の刑事課長代理として赴任してきたのだった」(p198)隆一は警部になっていた。

 大石和彦:小池駐在所・大石栄の息子。大石もまた剣道をしていたが、アメリカン・フットボールをやりたいという理由で都立青山高校に進み、一浪の後、東大文科一類に合格。法学部に進学し、大学三年で司法試験に合格。国家Ⅰ種試験に上位で合格し、大学卒業後、警察庁に入庁する。警察庁警部補を拝命して警察大学校初任幹部科に入校し、大石はキャリアの道を歩み始める。
 第三章では、大石和彦をいわばモデルとして、警察のキャリア組がどのような職務遍歴をどれくらいの期間で積み上げて行くかという状況が描き込まれていく。この第三章でちょっとおもしろいのは、目黒警察署長になった大石が、アメフト部の後輩の案内を得て、東大駒場寮の実態把握を内密で行う場面が織り込まれる点である。大石のキャラクターを知る上でも興味深い。

 「第四章 幼馴染」は、大石和彦の母の葬儀の折に3人が出会う場面となる。既に彼らは32歳、警察の道を歩む3人には警官の宿命として階級の上でも格差が生まれていた。
 大石和彦は警視庁警務部教養課長で警視。高杉隆一は三鷹署刑事課長代理で警部。本城清四郎は三鷹署刑事課暴力団担当刑事。明記はないが文脈から判断すると巡査部長か。
 葬儀で3人が出会った後は、再び3人それぞれの警察官人生を歩み出す。その経緯がなかなか興味深い設定になっていておもしろい。それぞれの経験の違いが後に効果を発揮し出すのだから。

 第四章後半から第五章かけてがこの警察物語の大きな山場となっていく。
 FBIに1年間研修に派遣された高杉隆一は、帰国後警視庁刑事部捜査第二課の第二知能犯捜査情報担当係長に就任する。一方、本城清四郎は巡査部長のまま八王字署のマル暴担当に異動していた。高杉と本城が連携して、巨大宗教団体に絡む霊園の土地に絡んだ大がかりな詐欺事件を扱う形になる。
 また、3年間、在ロシア日本大使館に参事官として赴任していた大石和彦が帰国すると、大石は警察庁警備局警備企画課の第二理事官”チヨダの校長”になる。大石の友人でバンド仲間・北野からの相談事がきっかけになり、高杉・本城・大石は、ペドフィリアに絡んだ事案を扱う形に進展する。逮捕者が53人に及び、霞が関を大騒ぎにさせる事件となる。
 彼ら3人の友情と絆が、重要な事件の解決への連携プレイとして結実する。それぞれの警察組織内における立場と能力、持ち味の違いが事件解決への相互補完にもなり、相乗効果を発揮していく。「大石の幼馴染軍団」というネーミングが生まれるに至る。

 このストーリー、3人がそれぞれ30代後半に入り、ほぼ同時期に人生の伴侶を見出すという側面も織り込まれていくので、ちょっと和める要素も盛り込まれていて楽しめる。
 
 今後、おもしろい状況が生まれてきそうな予感がする。シリーズとして第2弾を期待したい。

補遺
特集 警察学校 警察官への第一歩  :「警察庁 都道府県警察官採用案内」
警察大学校 Webサイト
昇任制度(キャリアステップ)    :「警察庁 都道府県警察官採用案内」
小児性愛障害  :「MSDマニュアル」
子どもへの性加害は「平均週2~3回」小児性犯罪者のすさまじい実態:「文春オンライン」
「小児性愛」という病――大型ショッピングモールのトイレなど死角が性被害の犯行現場に。無抵抗な男児も狙われる現実  :「ダ・ヴィンチ」
ペドフィリア  :ウィキペディア

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『列島融解』 濱 嘉之  講談社文庫

2023-02-20 12:49:00 | 濱嘉之
 2011年3月11日に東日本大震災が発生し、さらに福島第一原子力発電所事故が起こった。本書は2012年3月に単行本が刊行された後、加筆、修正され2013年3月に文庫化されている。たぶん原発事故直後に構想され創作されたのだろう。政治家を主人公にエネルギー政策問題を中核に据えながら、中国への震災後の危うい企業進出問題を絡めた同時代情報小説という印象を抱いた。インテリジェンスという側面も含むが、主体はエネルギー資源情報そのものに焦点があたるという印象である。

 プロローグは、震災から1年半が過ぎた時点から始まる形で設定されている。中心となるのは、三度目の当選を果たした衆議院議員の小川正人である。彼は「東日本電力」の出身で、日本自由党に所属するが、派閥には参加せずフリーランスの立場で活動する姿勢を堅持する。小川が目指すのは、日本が直面するエネルギー問題に真摯に取り組み、国家のエネルギー政策を確立するための提言をすることである。
 メイン・ストーリーは、小川が衆議院議員中から厳選した議員に呼びかけて勉強会を主導し、エネルギー政策を提言するまでのプロセスを描き出す。そこに政界の舞台裏が見え隠れしていく。小川は安い電力供給を目指すためには、エネルギー問題を希望だけでは語れないと冷徹に判断する。現状での原子力依存を容認しつつ、電源ミックスを目指す。

 主要な登場人物の一人に小川の一期先輩の藤原兼重がいる。元経産省のキャリア官僚出身の衆議院議員。彼は日本自由党が与党に復帰した段階で、己の意図を持ち外務副大臣に就任する。彼は中国の情勢に特に関心を抱いている。藤原は、原発事故を国の責任と考えている立場に立つ。藤原は3回生の時に「勉強会」と称して40人を超える政策集団を運営している。将来の総理候補とみなされている一人である。小川は己の政治信念を国政に反映させるために、距離を置きつつ藤原との連携を維持する。

 さらに、主要な登場人物として、太田正治という企業経営者がいる。福島で自動車会社の第4次下請け工場を経営していたが、震災で家族を失う。工場が原発事故による汚染区域にあるため、移転を余儀なくされる。避難所生活の一方で自ら工場再建地を探索し、候補地をほぼ決めようとした頃に、「東洋商事」日本支社長の野田剛が現れる。太田は野田からアジア進出を持ちかけられてアジア各国の視察旅行をする。その結果、野田のシナリオどおりに中国への企業進出を決断する。そこから太田の中国での工場立ち上げが始まって行く。だがそこには予期せぬトラップがあった。

 もう一人、主要な登場人物に日比野孝之がいる。彼は内閣情報調査室事務官で、省庁派遣者ではなくプロパーの事務官である。国内部の政党担当班長で与野党を問わず、政党そのものや主な国会議員に関する情報を収集する任務を担っている。エネルギー政策に精通していて、小川・藤原の活動に注目し、関わりを持っていく。

 小川は、東日本電力時代に6年間政策秘書をして活動する時期を経験していた。そこで衆議院議員に初当選した後、政策秘書は自ら厳選した。後藤和也である。彼は警視庁公安部のノンキャリア警察官だが、内閣官房内閣情報調査室出向中に政策担当秘書の国家試験に合格した変わり種である。公安部人脈を維持していた。また、電力会社出身の優秀な人材、佐久間健を政策スタッフに加える。

 この小説をエネルギー資源情報小説と私が称したのは、小川が後藤と佐久間との間で、エネルギー政策を考えるための論議をする場面が要所要所に描き込まれていくことによる。この小説の比重の置き所は、この論議のプロセスを核にするところだと思う。論議の俎上にのるエネルギー資源情報は現在のリアルタイムな情報であり具体的である。この点は読者にとって再生可能エネルギーについての見方を広げるいい思考材料となる。
 その一方で、政策論議の基盤になる現実的で詳細な事実情報の収集と認識に関して、政党や国会議員の間での情報収集と状況認識がどれだけ頼りなく、無駄な論議が罷り通っているかが併せてアイロニカルに書き込まれている。フィクションという形であるが政界の裏側の一側面を暴いていると感じる。
 また、フィクションの話材の中に、リアルな事実とリンクしそうなストーリー部分も推察され、実に興味深いところもある。

 太田正治の中国への企業進出の経緯ストーリーは、知的所有権という概念が稀薄な中国の現状を背景としての問題事象として描き出されている。フィンションとして描かれているのだが、読み進めて行くとそこにはリアル感が漂ってくる。著者は思いきった状況設定をしているようにも思うが、事実は小説より奇なり、ともいう。現実はどうなのか・・・・・。絵空事とは思えないところにシリアスさを感じる。
 現地での工場運営の過程で、太田は徐々に状況を把握していき、彼の聡明さがリスクマネジメントとしての対策を講じていく。彼のとった対応策がおもしろい。

 このストーリーでは、衆議院議員の小川と藤原を、彼らの出身母体が民間企業とキャリア官僚という対比の形に設定されている。この背景の違いが議員活動とどのように関係する側面があるかも、描き込まれている。それは政界の舞台裏を垣間見せているように思えて、興味深い。

 最後の「第七章 この国の形を描き直す」では、小川の原子力政策とエネルギー政策が、ブリーフィング資料として開示される。この内容、現在の日本のリアルな政策状況と対比させて眺めてみるのも読者にとっては考える材料になり、おもしろい。

 エピローグでは、小川と日比野のそれぞれが交際している女性に関して、ちょっとしたオチがつくエンディングになるところがおもしろく、楽しめる。

 警察小説を主体にする著者にしては、ちょっと異色なアプローチが試みられた小説だと思う。

 ご一読ありがとうございます。

補遺 リアルな事実情報を少し検索してみた。
特集 東日本大震災  :「防災情報のページ みんなで減災」:「内閣府」
福島第一原子力発電所事故 :ウィキペディア
福島第一原子力発電所事故の経過と教訓 :「TEPCO」(東京電力ホールディングス)
再生可能エネルギー   :「資源エネルギー庁」
再生可能エネルギー  :「ENEOS」
シェールガス  :ウィキペディア
知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~メタンハイドレートとは?:「資源エネルギー庁」
液化天然ガス  :ウィキペディア
液化石油ガス  :ウィキペディア
地熱発電  :ウィキペディア
日本風力発電協会  ホームページ
太陽光発電のメリット・デメリット :「EVDAYS」東京電力エナジーパートナー
ソフトバンクグループの自然エネルギー事業の歴史(前編):「みるみるわかるEnergy」
日本にメガソーラーを誕生させた、参考人・孫正義氏による国会でのプレゼン「電田プロジェクト」【全文】  :「logmiBiz」
ソフトバンクグループ 太陽光発電の子会社株式 大半を売却へ   :「NHK」
再エネ特措法って何?令和4年の改正点とは?わかりやすく解説!:「アスエネメディア」
再生可能エネルギー固定価格買取制度について  :「電気事業連合会」
再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法 :「eーGOV法令検索」
再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法 :「eーGOV法令検索」

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『群狼の海域 警視庁公安部・片野坂彰』  濱嘉之  文春文庫

2023-01-19 22:22:29 | 濱嘉之
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第4弾! 書き下ろし作品で、2022年4月に文庫本が刊行された。このシリーズでは直近の作品である。1年に1作ペースだとすると、数ヶ月後に次作が登場するかもしれいない。

 この第4作はタイトルに出てくる通り、海域が舞台となる。結論を言えば、片野坂を含め公安部長付特別捜査班の4人のチームが引き起こす日本海海戦ストーリーである。
 さて、このストーリー、プロローグは、片野坂彰が日本海沿岸を視察する旅から始まる。冒頭は能登半島北海岸の中央地点で「日本の原風景」と称される「白米千枚田」から海を眺める場面である。石川県警公安課の渡邉上席管理官が片野坂を案内する。海を遠望しつつ、渡邉の質問に対し、片野坂は西から順に並べて、猿山岬灯台、旧海軍望楼跡、竜ヶ崎灯台、禄剛埼灯台を確認したい、それは「警察的というよりも、防衛的観点なんですね・・・」という。片野坂は日本海海戦の虞を念頭においていた。

 第一章は場面が一転する。特別捜査班班長香川潔が、法曹会館のグリルで警察学校時代の同期生で静岡県警の公安課補佐から相談を受ける場面から始まる。ロシアや旧東欧諸国さらに中国からの外国人女性を紹介する地域密着型の結婚相談所が絡む問題だという。妙な連鎖反応を起こして、温泉繋がりの都市に広がっているという。協力者情報では、ある市職員が自称ベラルーシ出身で結婚を急ぐ相手に押し切られる形で結婚したという。結婚相談所と役所を結ぶ国際結婚、この件に香川は危うさを感じ、他府県への波及も調べる必要を意識し始める。どこかのシンジケートが対日有害活動を目的にしているのではないかと。望月が基礎的な国際結婚データ収集を担当し、そのデータをもとに欧州に居る白澤が詳細な解析を始める連携プレーが始まっていく。
 連携プレーによるデータ収集と分析から、全体像が浮上してくる。けっこう興味深い論議点が出てくる。だが、これがどう発展するのかと思いきや、彼ら特別捜査班にとっては、副次的事案となっていく。まずこのことがおもしろい。特別捜査班にとっては問題事象の洗い出しが中心になるのだ。

 今回のストーリーの興味深いところは、彼らの殆どの活動舞台が海外になることである。
 片野坂の戦略に基づいて、それぞれが密かな任務を持ち、3週間前後の日程で個別のルートによりシベリア鉄道経由にてドイツに入る。そこで白澤を含め4人が合流する計画である。このストーリーはそれぞれの個別な経路とそこでの行動を描写していく。
 では、各人がどんなルートを辿ることになるのか。行動ルートを簡単にご紹介しておこう。今回のストーリー展開のスケールがおわかりになり、ちょっと惹きつけられる力が強まるのではないかと思う。

 片野坂:北京⇒ ワシントンDC⇒ ベルリン

 香川:ウラジオストク⇒ 空港・軍港の視察⇒ シベリア鉄道⇒ ウラン・ウデ⇒
    イルクーツク⇒ ノヴォシビルスク⇒ モスクワ⇒ ベルリン

 望月:北京⇒ 曲阜市⇒ 大連(葫芦島市)⇒ 青島⇒ 北京⇒ 
    内モンゴル自治区経由モンゴル縦貫鉄道⇒ ウランバートル⇒ ウラン・ウデ⇒
    シベリア鉄道⇒ イルクーツク⇒ ノヴォシビルスク⇒ エカテリンブルグ⇒
    モスクワ⇒ チューリッヒ⇒ ベルリン

勿論、片野坂の指示によるミッションは、原子力潜水艦や軍事関連施設、軍事関連製造工場施設・・・の視察である。この辺り、その実現可能性が現実にどこまであるかはまったく私には想像もできない。インテリジェンス小説・フィクションとしては、興味深くてかつおもしろい。そういう施設設備等の所在地自体は多分リアルな情報を踏まえてフィクション化されているのだろうと推測する。

 このストーリーで興味深いのは、望月に中国から尾行者がつきまとうことである。そしてベルリンで命を狙われる可能性が高まるという窮地に立ち到る。
 ベルリンでの4人の合流は、片野坂が急遽スイスのツェルマットでの合流に切り替える。片野坂と香川にとって、ベルリンは望月を窮地から脱出させる場に転換する。どのようにして? それは読んでのお楽しみである。

 「第八章 日本海海戦」は最終ステージとなる。だがわずか10ページ。実にその発想がおもしろい。フィクションならではのおもしろさといえる。

 さて、この作品は登場人物たちが日本に絡んだ世界各国の情勢分析、日本国内の諸事象の情報分析について頻繁に会話するという特徴がある。勿論、公安的視座からの情報提示であり、情報分析である。今回は特に軍事面での現状分析の比重が高くなっていく。
 ここに提示される情報は、ほぼリアルタイムの同時代性をもつ。基本的な情報は事実を踏まえていることと思う。そこにフィクションがどれだけ入っているのかは判断のしようがない。ほとんどの提示情報は実で、ストーリーは虚であると言えるのかもしれない。
 このフィクションを楽しむ一方で、読者にとってこの情報分析が副次的に現在の状況を認識するための思考材料となる。私はこれらの会話を特に興味深く読んでいる。
 著者は過去の歴史を踏まえた上でリアルタイムな情勢分析を提示したいために、フィクションとしてこの小説を書いているのではないか、とすら感じる。それくらい、情勢分析・情報分析に関わる会話がストーリーの中で大きな比率を占めている。
 もう一つの特徴は、飲と食にまつわる蘊蓄話が各所に盛り込まれてくことにある。ヒューミントを重視する片野坂のプロフィールと関係しているのかもしれない。特別捜査班の3人もまた食通の側面を持つキャラクターに設定されていて、おもしろい。初めて知る食通話には興味津々となる。飲と食の領域は奥が深そう・・・・・。

 最後に、印象深い箇所を引用しておこう。
*最低賃金は低く算定され、生活保護基準は高く算定されるように仕組まれているからだ。  p65
*情実人事は人を不幸にして、組織も弱体化させるものなんだよ。 p85
*・・・・・話が飛んだり横道に逸れたりするのではなくて、話を展開しているんだ。現状が逼迫している時にはそうはならないが、話題の展開は高所、大所から事案を考える時に、相関図を作るのと一緒で、どこかで繋がりが出てくることがあるから面白いんだ。 p97
*例えば、今の日本の道路事情は完全に中国に把握されています。特にタクシーの配車に関するデータは全国百パーセント管理されていると言っても過言ではありません。 p114
*そもそも「戦狼(Wolf of war)」とは、人民解放軍特殊部隊出身の主人公が、反政府側のテロリストを退治する・・・・という、ハリウッド映画「ランボー」をパクって、中国国内では売れた、中国映画のタイトルである。これはハリウッド映画の戦争モノ同様に、国家の意向を汲んだプロパガンダ映画の意味合いがあった。  p293
*日本人らしさというのは、確かにいい面も多いのですが、自分で自分のことを決断する主体が欠けているところが最大の問題だと思います。その点で言えば、スイス人は違います。1920年に国際連盟に原加盟国して加盟し、その連盟本部がジュネーヴに設置されたにもかかわらず、UNに加盟したのは2002年ですからね。永世中立国をUN、つまり連合国に否定されていたことに対する強い信念を持っていたのです。 p365

 インテリジェンス小説として興味深くおもしろい。

 ご一読ありがとうございます。
 
補遺 関心の波紋を広げた情報。このストーリーには直結しない情報も含む。
大野伴睦  :ウィキペディア
中川一郎  :ウィキペディア
秋元議員に懲役4年実刑判決 IR汚職事件 東京地裁 :「NHK」
IR汚職「資金提供業者」と2ショット入手! 宮崎政久法務政務官の説明に疑義
                          :「文春オンライン」
「8050問題」の本当の原因とは? 親子共倒れの悲劇を生まないためにできること
                   :「tayorini」
高齢化で「8050」から「9060」問題へ  :「産経新聞」
ロシア対外情報庁  :ウィキペディア
ロシア及び中国による対日有害活動等  :「警察庁」
北朝鮮による対日有害活動       :「警察庁」
「在日特権」の虚構 弁護士会の読書  :「福岡弁護士会」
アンビルトの女王、ザハ・ハディドってどんな人?  :「GIZMODO」
時代が追いついた「アンビルトの女王」ザハ・ハディドの美学|東京建築物語(第6回)
                    :「JBpress オートグラフ」
ゴルフ型潜水艦  :ウィキペディア
北朝鮮 SLBMの発射準備か 米研究グループ分析  :「NHK」
潜水艦発射弾道ミサイル    :ウィキペディア
KSS-III submarine  From Wikipedia, the free encyclopedia
島山安昌浩級潜水艦   :ウィキペディア
APT10とは   :「SOMPO CYBER SECURITY」
中国を拠点とするAPT10といわれるグループによるサイバー攻撃について
           (外務報道官談話) :「外務省」
恒大集団  :ウィキペディア
戦狼外交  :ウィキペディア

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