国会が一時休戦のゴールデンウイークを利用して、
生まれ故郷の岩手を訪れた。岩手を訪れるのは昨年の8月以来
のことだ。
初めて訪れた大船渡では、大阪の梅村聡参議院議員ご家族と
合流し、大船渡出身の藤原良信参議院議員にまちを案内して
頂いた。一見、年齢や経歴も異なる奇妙な取り合わせのようだが、
3人とも昨年夏の参院選で初当選した同期組なのだ。
親戚のいる金ヶ崎町では、私の総支部のサポーターの皆さんに
ご挨拶をさせて頂いた。昨年の選挙の際も、遠い岩手から
応援をしてくださった方々だ。
私の生れ故郷の遠野では、私が産まれた遠野病院に入院中の
叔父をお見舞いした後、子供の頃、毎年夏休みを過ごした
鶯崎町を訪ねた。花巻と釜石を結ぶ釜石線と国道と早瀬川が
並行して町を横断する小さな町は、30年前からあまり変わって
いない。釜石にある鉄採掘の会社で働き、
労働組合の執行委員長を務めていたこともある叔父は、
毎晩、働くことの大変さ、尊さについて語ってくれた。
そんな叔父の話が今でも胸に刻み込まれている。
遠野のまちは私が子供の頃よりも、いきいきとしている
印象を受けた。もともと遠野は柳田国男の遠野物語の舞台など、
観光の見どころも多く、素朴でいてかつ、しっとりとした
佇まいの町なのだが、おそらく市と市民のみなさんの創意工夫に
よって町が前よりも魅力を発揮しているのではないだろうか。
遠野の皆さんの不断の努力によって、私が産まれた町が
このように守り続けられるだけでなく、外に向けても
光を発していることが大変嬉しかった。
生まれ故郷の岩手を訪れた。岩手を訪れるのは昨年の8月以来
のことだ。
初めて訪れた大船渡では、大阪の梅村聡参議院議員ご家族と
合流し、大船渡出身の藤原良信参議院議員にまちを案内して
頂いた。一見、年齢や経歴も異なる奇妙な取り合わせのようだが、
3人とも昨年夏の参院選で初当選した同期組なのだ。
親戚のいる金ヶ崎町では、私の総支部のサポーターの皆さんに
ご挨拶をさせて頂いた。昨年の選挙の際も、遠い岩手から
応援をしてくださった方々だ。
私の生れ故郷の遠野では、私が産まれた遠野病院に入院中の
叔父をお見舞いした後、子供の頃、毎年夏休みを過ごした
鶯崎町を訪ねた。花巻と釜石を結ぶ釜石線と国道と早瀬川が
並行して町を横断する小さな町は、30年前からあまり変わって
いない。釜石にある鉄採掘の会社で働き、
労働組合の執行委員長を務めていたこともある叔父は、
毎晩、働くことの大変さ、尊さについて語ってくれた。
そんな叔父の話が今でも胸に刻み込まれている。
遠野のまちは私が子供の頃よりも、いきいきとしている
印象を受けた。もともと遠野は柳田国男の遠野物語の舞台など、
観光の見どころも多く、素朴でいてかつ、しっとりとした
佇まいの町なのだが、おそらく市と市民のみなさんの創意工夫に
よって町が前よりも魅力を発揮しているのではないだろうか。
遠野の皆さんの不断の努力によって、私が産まれた町が
このように守り続けられるだけでなく、外に向けても
光を発していることが大変嬉しかった。