こうだ邦子 活動日記 

参議院議員としての
日々の活動をご報告します。

今年最後の朝の駅頭は北浦和駅西口

2011年12月28日 22時43分49秒 | Weblog
今朝は北浦和駅西口にて今年最後の朝の駅頭を行った。
昨日は大宮駅東口にて、25日は今年最後の週末街宣を大宮駅西口
にて行ったが、この時期の駅頭活動はホントに寒い。

30分程経つと足が寒くてつってくる。45分経つと手が動かなくなる。
特に朝の駅頭の後、体が元の体温に戻るまでに1時間はかかる(気がする)。
1回の駅頭でのダメージはかなりのものなのだが、それでも続ける動機が
ある。
政治色のないいろいろな会合や行事などに伺うと、必ずどなたからか
「駅で会った!」「大宮駅にいたよね」「熊谷駅で暗いうちからビラ配って
たよね。」などと言われる。
私自身、会社員の頃、K駅で衆議院候補者が駅頭を行っている姿を見かけたことを
鮮明に覚えている。S駅では別の衆議院議員が駅頭を終えたばかりで片づけている
所を通りすぎたことも覚えている。会社員時代に、国政に携わる政治家との接点は
駅頭で見かけることくらいだった。決して国政に関心がないわけではなく、
むしろ関心は高かったのだが、朝は満員電車に揺られ、夜遅くまで働く
会社員の生活では、地域の政治家と会う機会などはなかなかない。
自分自身の経験からも、どんなに寒くてもやはり駅頭は続けようと、
暖をとりながら一人うなずいた。

今年もあとわずか。
こうして駅を行き来する皆さんにとっても、来年が少しでもより良い
1年となるよう、私の役割を全うしていきたい。






小松崎邦雄展(サトエ記念21世紀美術館)

2011年12月21日 23時03分50秒 | Weblog
先週17日(土)、加須での国政報告会の後、
加須市内にあるサトエ記念21世紀美術館に立ち寄った。
故人の小松崎邦雄画伯展を年末まで開催しているとの
ご連絡をタイミングよくご子息から頂いたので
さっそく訪れることにしたのだ。

17時の閉館前に伺ったのだが、館長がていねいに
ひとつひとつの作品について説明して下さったので、
一回りした後はすっかり小松崎邦雄通になった気分。
ありがとうございました。
既に陽が落ちているため敷地内の日本庭園や彫刻は
見ることはできなかったので、次回は日中に伺いたい。

小松崎邦雄氏は浦和高校卒業後後、芸大にて油絵を専攻する。
学生の頃のデッサンを見ても、高い技術が感じられる。
初期の頃はピカソなどのキュビズムの影響を受けた試行的な
作品も見受けられる。所帯を持ってからは浦和の別所沼に
住んでいたことがあり、今の別所沼からは想像しがたいが
当時近隣で乳搾り用に牛が飼われていたらしく、牛を描いた
作品も多く残されていて、そこには小松崎一家も描かれている。
その後、渡欧してからは西欧人形を描くようになる。
後期には、舞妓の絵をしきりに描くようになり、キャンバスの
片隅に小松崎氏自身も描かれていたりする。

帰宅して夫に自慢げにうんちくをたれようと思い、
「小松崎邦雄を知っているか」と訪ねると、しばらくして
NHK趣味講座の油絵入門というかなり黄ばんだ本を
書斎から持ってきた。
昭和60年の出版されたその本は、小松崎邦雄氏が講師を
務めるNHKの油絵講座の書籍版だった。
なぜか夫は小松崎作品をよく記憶しており、私のうんちくの
出番がなくなる気配だったので、別所沼に住んでいたとか
祇園の舞妓しか描かなかったなどなど、館長から教わったばかりの
話を披露して、1日が終わった。

加須、東松山で国政報告会

2011年12月19日 22時29分26秒 | Weblog
先週末の17日(土)は加須、18日(日)は東松山にて
国政報告会を開催しました。
初当選以来続けている活動のひとつは駅頭街宣活動、もうひとつは
県内各地での国政報告会。
東松山での国政報告会で18回目となりました。
多くの皆様にお越しいただきましたことに感謝申し上げます。

東日本大震災からの復興、社会保障と税の一体改革、TPP等、
臨時国会の重要テーマを中心に説明をさせて頂き、今回は
私自身の取り組みというより客観的な視点で国会での議論の
経過をご報告いたしました。

恒例のゲストとのトークショーは、加須は本多平直衆議院議員と、
東松山は松崎哲久衆議院議員と、ゲストによってテーマやトーンが
変わり、私自身も楽しませて頂いています。

師走のご多忙の中、お越しいただきました皆様に重ねて御礼
申し上げます。

行政改革調査会

2011年12月14日 22時50分39秒 | Weblog
本日民主党の「行政改革調査会」が設立され、第1回目の総会
を開催しました。
「国民の皆様にご負担をお願いするのであれば、その前に
なすべきことがあるのではないか。」
こうした思いのもと、決算行政監視部門会を発展的に解散し、
格上げする形で行政改革調査会は立ちあげられました。
会長は岡田克也前幹事長、事務局長は階猛衆議院議員(部門会の
座長)が務め、私は部門会の事務局長を務めていたことから
筆頭事務局次長となりました。

調査会には、テーマごとに6つのワーキングチームを設け
来年1月中をめどに次の内容についてとりまとめを行う日程で動きます。

●独立行政法人の組織・制度の見直し
●特別会計の統廃合、透明化
●土地・建物、株式など国有資産管理、売却
●家公務員の人件費削減につながる定員管理の見直し、
●天下り問題や無駄な業務など指摘されている公益法人の改革
●国会による行政監視機能の強化
●政府の情報システムの効率化

行政改革は本来地味な作業であり、不断の改革です。
民間においても、活力ある企業は恒常的に組織改革を行い続けて
います。行政においても、何か事が起きた時に集中的に行うような
ものではなく、定期点検的に行われるべきものと思います。
当調査会において、行政改革のゴールセッティングをしっかり
と行ったうえで、具体性のある改革案を示していかなければなりません。


復興特別委員会にて再び質問

2011年12月09日 14時56分00秒 | Weblog
昨日12月8日、先週に続き東日本大震災復興特別委員会にて
質問を行った。今回は「復興庁設置法案」審議で野田総理が出席し、
NHKの生中継が入っての質問となった。
審議の映像はこちらから↓
12月8日 東日本大震災復興特別委員会 行田邦子 で検索

昨年10月の予算委員会においてNHKの中継入りで質問を
行った時は(当時は菅総理)、2週間ほど前に日程が伝えられた
のだが、今回は3日前の午後とかなり直前だったため、
12月6日・7日の2日間と、短期集中で質問の準備を行った。

大震災からの復興を加速化させるために国(中央政府)として
行うべき3大案件は①予算を付けること、②制度を整えること、
③体制を整えること。
①については12兆円規模の第3次補正予算などで手当てが行われた。
②については先週成立した「復興特区」制度などの特例措置が設けられた。
③については、被災地の復興に関する国の窓口一本化のための「復興庁」
がそのひとつである。

総理大臣が答弁に立ったりNHKの中継が入るような委員会での質疑は
審議案件そのものだけではなく、関連するテーマや、人によっては
非常に関連の薄い質問なども慣例的に許容されているようだが、
復興庁設置という復興フェーズの節目ともなる法案審議であるため、
私は被災地の復興において復興庁がどのように役割を果たしていくのか、
組織や制度について集中して質問を行った。
それゆえ大変地味な45分間の構成となった。

唯一、関連事項として質問したのは「液状化対策」について。
埼玉県久喜市の南栗橋地域では170戸の家屋が液状化による
被害を受けたため、復興特区を申請できる対象地域となった。
液状化は主に関東都市部で被害が起きたが、これほど大規模な
被害は初めてのこと。再発抑制のためには市町村だけでなく
むしろ国としても発生メカニズムの解明や技術開発など、
再発抑制のために取り組むべきと考えている。

道路などの公共インフラが整備され、仕事や生活のために建物が
建設されることは、被災地の皆さんに希望を与えることになるだろう。
復興が目に見えることは大切なことである。
けれども本来は、被災地の人々が地域に根を張って、生計を立て、
生活をし、仕事をしている姿が見てとれて初めて復興と言えると
思う。補正予算、復興特区、復興庁という復興に関して国が
行う3大案件はこれで一区切りがついたが、国が行うべきことは
まだまだたくさんあり、長く続く復興への道のりである。











復興特別委員会「復興特区」について質問

2011年12月02日 19時06分04秒 | Weblog
昨日12月1日、東日本大震災復興特別委員会にて質問を行った。
議題は「復興特別区域設置法案」の審議。
質疑の映像はこちらから↓
「2011年12月1日東日本大震災復興特別委員会 行田邦子」で検索

東日本大震災からの復興においては、通常の法律や規制や手続きに
則っていては一向に進まない。大震災からの復興には非常時体制で
臨まなければいけないため、復興特区制度を設けて、特区においては
税制の特例措置や復興まちづくりのために土地利用などの特例措置を
設けることとした。

5月から6月にかけて私が主査を務めた民主党の「復興ビジョンチーム
第2グループ」において、復興まちづくりのための土地利用について
提言を行ったが、その内容が本法案に盛り込まれているため、
今回は復興まちづくりの土地利用関係の質問を中心に行った。
復興構想会議の提言にも示された「高台への移転」など、津波が
来ないより安全な土地への集落ごとの移転が各地で計画されるが、
その際、「より安全な高台」とされている土地が農地であれば
農地転用、保安林が含まれていれば保安林解除等々、縦割り行政の中、
かつ、煩雑な事前協議や事務手続きが求められる。
今回の復興特区制度においては、こうした土地利用再編手続きの
窓口ワンストップ化や簡素化を実現させる画期的なこと。
土地利用関連制度は地味な領域ではあるが、関係省庁の適切な
判断が、しっかりと被災地の復興につながるようこれからもフォロー
していきたい。